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ぴぴぴぴ…、と何処からか音が聞こえる。
アラームのようだ。
セットした覚えなんか無いが…。
意地の悪い。客は、生活があるので先に早々と帰らなくてはならないが、俺はいくらでも寝てていい筈…。それを、いつまでも寝かせておくのは悔しいとでも思ったのか…。
……?
ふと、自分の置かれた状況を思い出して、シールは、がば、と飛び起きた。
昨日は、客が取れなかったじゃないか。
「シール、起きてますか?」
アラームが聞こえていた方向から、淡々としているのだが、寝起きの頭にうるさくない、控えめな声が聞こえた。
そうか…、と思う。
聞こえた声は、ルードゥルフィーア・セイレイシィの声だった。
そういえば、朝の11時までに起きていなかったら、インタフォンで起こす、と云われていたことを思い出す。
そして、つまり朝の11時まで寝ていた訳か、と思う。
「ごめん、今起きた」
「別に謝ることはない。今起きたのなら、今出てくればいいだけの話」
くすくす笑っているような声で、インタフォンの向こうのルーディが云い、ピ、と小さな音が聞こえた。
シールは、ふぅ、と息を吐いてベッドを下りた。
全財産が詰まっているバッグを開けて、下着を替え、ルーディに借りたパジャマのままで寝室を出た。
ルーディに宛がわれた「客間」は、ホテルの1室と云って良かった。
「洗面所」「シャワー室」が、そんなに広くは無いが、ある。
だが、ベッドがある部屋には、テーブルと椅子が一組と、オーディオ機器・クローゼットまである。
これは客間では無いんじゃなかろうかと、思う。
それで豪華な部屋かと云えば、そんなことは無い。飾り気は全くなかった。
白い壁と、無地の遮光カーテン。
昨日、入れられた店は、随分と色んなものが飾られていたように思うが…、公私を完全に分けてしまうタイプなのだろうか、シールは、そんなことをぼんやり考えた。
ルーディにしてみれば、「客間」にあるじの趣味を取り入れるのが嫌いということなのだが。
「洗顔」を済ませて、シールは、その「客間」をパジャマのままで出た。
服は、昨日も着ていた1着しか無い。ルーディが、洗濯をしておいてやると云ったので預けておいたのだ。
「おはよう」
「……おはよう」
ルーディが、やはり「リビング」の長椅子に座って、ホログラフニュースを見ていた。
振り返り、シールに朝の挨拶をする。
シールは戸惑い、一度口ごもってから、挨拶を返した。
「おはよう」の挨拶をするには、時刻が遅いのではないかというのではなく、そういう言葉を交わしたことが無いから、戸惑ったのだ。
「よく眠れた?」
「おかげさんで…」
「それは良かった。さて、食事はどうします? 朝食というには遅く、昼食には少々早いかな」
長椅子から微笑を浮かべたルーディが立ち、シールに云った。
シールの脇をすりぬけ、恐らくキッチンの方に向かおうとした。
シールが慌てた声で呼び止める。
「それよりさ」
「何?」
ん?という顔をして、ルーディが振り向く。
「俺の服は?」
「洗濯しました」
「だから、それで、どこに?」
「別に、そんなに急かなくてもいいじゃないですか」
「…何か、居心地が悪いんだ」
「他人に借りた服が? …不愉快?」
ルーディが苦笑すると、シールは戸惑った顔のまま、首を横に振った。
「服が、っていうより、他人に借りてるってことが」
「ああ、そう…」
ルーディはやはり苦笑して、頷いた。
「じゃあ、あげるよ、それ」
「……」
「君、あの服しか持ってないんでしょう。だから、あげる」
「……そんな、困る」
「私が困るから云ってるんです」
「何が困るの」
「じゃ、君はそのパジャマ私に返して、これからは裸で寝るんですか? それとも、いつも同じ服を着て、外出もすれば寝もするんです? それは私が困ります、ベッドや部屋も汚れやすくなるし」
ルーディは、あっさりした声で云って、「だから、それはあげる」と云った。
「当座困らないよう、他にも普段着をあと何着かあげよう」
「…あんた」
シールが、呆れたような声で云った。
「家賃払えとか、客取るならもっと高く売れとか云って、…ケチなのか、それとも太っ腹なのか判んねえ」
「自分が着ない服をしまいこんでるよりは、着られる人間が着た方が勿体無くないだけです」
ルーディがやはりサラリと云う。
「私の、亡くなった父の服がある。着られなくはないが、私が着ると大きくてだらしなく見える。私は着ないから、君が着なさい、と云ってるだけ」
「……」
「故人が着ていた服はいやですか?」
「そんな贅沢は云ってられない」
「そうです」
ルーディは頷き、さてと、と首をかしげた。
「だから、食事はどうするんですか」
「何か…食わせてもらえるなら、何でもいい」
「分かりました」
頷いて、ルーディはキッチンに向かった。
…さて、自分はどうすればいいんだろう、と…シールはしばし立ちすくむ。
「何してるんですか?」
声のした方向に目を向けると、カウンタになっている。
そこからルーディが顔を出して首を傾げていた。
「座るなり何なりすれば?」
「何処に?」
「何処にでも?」
ルーディが苦笑する。
「目の前にはソファがある。君がこっちを向いているということは、此処にも」
ルーディが手を伸ばして、カウンタを指した。
「椅子があるでしょう」
「……」
「ダイニングも見えてるでしょう?」
シールは、溜息をついた後、そのダイニングテーブルに向かうことにした。
広々とした家だ、とつくづく思う。
だけど、やっぱり…、そんなに飾り気は無いな、とシールは考えた。
シンプル、という形容が似合う。
でも、質素ではない。調度品から何から、趣味がいい。高そうだ、とも思う。部屋という枠の中にあるものが、全部バランスが取れている。
自分の身体があって、それが存在する「場所」にも神経を使うことが出来るというのは、やっぱり、ルーディは、「食うに困らない」人間なのだろうと、シールは思った。
ダイニングチェアに座り、頬杖ついて、さて何が出てくるのだろう、と待っていた。
キッチンの方をぼんやり見ていると、ルーディが立ち回っているのが見える。
…何をしているんだろう。あんまり、「厨房」というものは見たことがないが、あんなにうろうろしなくたっていいんじゃないんだろうか、と思う。
昔見たことがある、料理している母親は、食材をどこかに入れて、ボタンをいくつか押していただけだった気がする。
最後に、皿に盛り付ける、それだけだったような?
「シール、君、飲み物は何が欲しい?」
「……何があるんだ」
「何でもあるよ。水、お湯、コーヒー、紅茶、緑茶、…朝っぱらからイケる口なら、アルコールも」
「……何でもいい」
「あ、そう」
ルーディはあっさりした声で云って、じゃあ、私と同じでいいか、と独り言を云ったようだった。
「どうぞ」
一旦カウンタに置いていた盆を持って、ルーディがテーブルに皿を置いた。
湯気が立っている…。
「何だ、これ」
「チーズとトマトのリゾット」
「……」
「食材は合成だけど、突然慣れないもの食べてお腹こわしちゃいけないからね。消化がいいものにした」
「どういう意味…」
ルーディはシールの向かいに座った。
…ルーディの前にも、同じ皿がある。
「あんたも食うんだろ?」
「食べるよ。早めの昼食ということにする」
「同じもの食うんだから、腹壊すも何も…」
「私はこういうもの食べ慣れてるもの」
「だから、どういう意味?」
「調理方法がね」
ルーディは、微かに笑顔を浮かべて云った。
そして、スプーンを取ると、一旦話をやめた。
「食べて。冷めちゃいけない」
「……」
シールは戸惑った顔のままでスプーンを取り、皿につけた。とろとろとしたものを掬い、口に運ぶ。
「味は?」ルーディが訊く。
「いい」シールが答える。
「それは良かった。チーズは好き?」
「そんなこと考えたことないから分からない」
「あ、そう」
「それで、どういう意味」
「何が?」
「俺が腹壊すって?」
「ああ、うん」
ルーディも、スプーンを口に運んでから、続けた。
「君、こういうものを食べ慣れてる?」
「……」
「固形物とか、口から食べ慣れてる?」
「……そりゃ…、客が取れた時は、飯を食わせてもらってた」
「客が取れない時は?」
「……」
シールは、そういうことか、と苦笑した。
「…ブドウ糖の点滴、総合タブレット、…そんな調子なんじゃないの」
さらっとした口調で、ルーディが云う。シールは、「まあな」と素直に頷いた。
それが最も、手軽で安い「食事」であるので。
「しかもね、私はこういう、前時代の調理ばかりなので…、君は全く慣れていないだろうと思って」
「そうだな…。食ったことが無い」
「でしょう」
「でも、腹壊すとは、思わねーよ。…美味いし」
「それは良かった」
「まあ、…戸惑ってはいる。あったかい飯は、ほんとに、めったに食ったこと無い」
「私が作るものは、こういうものばかりですから、慣れてください」
「うん…」
ルーディの言葉に、シールは躊躇いがちに頷いた。
「…って、あんたが、作ってくれるのか?」
「君、料理出来るの」
「…そりゃまぁ、簡単なものなら…。…俺が使えるキッチンじゃない訳か?」
「いえ、多分大丈夫でしょうけど。…自分で作る方がいい?」
ルーディが首を傾げた。シールは、やっぱり戸惑った顔で続ける。
「そうじゃなくてさ。てめえが食うもんはてめえで用意しろ、とは云わないの」
「云わないよ」
「……」
シールは、ルーディのあっさりした口調に、次が続かない。
どうも、調子が狂うというか…。まるで、こっちの方が、妙なことを云っているような気がしてくる。
「うーん。…じゃあ、そういう話題になったことだし、食べながら話そうか」
「何を?」
独り言のようなルーディの言葉に、シールが首を傾げた。
「生活上のルールというか」
「…あ、ああ…」
シールは少し緊張する。居候はこちらである。対等の共同生活をする訳ではない。
「まず、第一に…、お互いのプライバシーを守る」
「…うん」
「具体的には、プライベートな空間には立ち入らない。イコール…、私の私室。そして、君の部屋。君に貸した客間は、君の部屋ということにするから」
「……?」
シールが、不思議そうな顔をしたので、ルーディが「どうしたの」と訊いた。
「…いや、あの…。『お互いの』って。あの客間を俺の部屋ということにして、それでプライベートに立ち入らない?」
「そう」
「…あんたの家じゃないか」
「そうだけど、君に貸した。君のプライバシーは、あの1室で守れ、と云ってるんですが」
「……」




