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「俺、…あんたと、一緒に暮らしてていいのかなって、ずっと思ってるよ」
「……余計なことを云ったかな」
ルーディが、それを聞いて、軽く首を振る。
シールは、「え」と首を傾げた。
「昨日、やっぱり、要らないことを云ってしまったかな。…それは、あれですか、私が、連邦政府の…」
云いかけたルーディに、シールは慌てて首を振った。
「いや、違う」
「……」
「あの、それは…、云わないでくれ。云われると、また考えてしまうから。…俺、それを考えて、その上であんたに、ざっくばらんに、とは出来ないんだ。だから、…考えさせないで欲しい」
「…そうですか」
それを聞いて、ルーディは頷き、続けるのをやめた。
「そうじゃなくて、ずっと…、俺が、男娼で、あんたはこんな金持ちで、そんなことだけで、俺は…、一緒に暮らしてて、いいのかなって、思ってたから…」
「私が、そんなことは関係ないと云っても、君には通じないのでしょうね。…私は自分の家に住まわせていて、結局君は他人の家に住まわせてもらっていると思っているのですから」
「そうだよ」
「……それが卑屈な態度に見えるんだけどなぁ、私は。しょうがないのかな、結局家主と居候だから」
「……俺はそう思うよ」
「あああ」
「だけど、あのな、そんなこと、思うのは」
ルーディが、不愉快そうな、…どことなくふて腐れたような声で云うのを、シールは苦笑して聞き、そして顔を上げて、たどたどしいながら、正直に、云った。
ルーディは、首を傾げた後、じっとシールを見つめた。
「…それは、そんなこと、思ってしまうのは、……俺が、ここに居たいから、だと、思うんだよ」
「……」
「俺、…あんたと暮らしてて、時々、…辛くなることも、あるんだけど」
「それは、私に迷惑をかけるとか、私と君との立場が違うからとか、そういうこと以外で?」
ルーディが、静かに尋ねる。シールは頷いた。
そして、ルーディも、「そうですか」と頷く。
自分に迷惑をかけることが心苦しいとか、住む世界が違うとか、それを云うようだと、だからそんなことは考えなくていいのに、と堂々巡りの議論になるだけだ。
それ以外で、何か辛くなることがあるというなら、それはそれで受け入れられる。
その理由を訊きたい気持ちはあるけれども、シールが云いたくないのなら、ルーディは聞かない。
互いのプライベートには立ち入らないことが、同居のルールだ。…相手の「感情」もプライベートだから、それに立ち入るつもりは、ルーディには無い。
「だけど、…俺、出て行きたいとは、思わなくて…、そりゃ、寝床と飯が無くなるってのも困るけど、そういうことじゃなくて、…ここに、居たいと思ってるから、だから…」
「……」
「あんたと一緒に暮らしてていいのかなって、いつも思う…。思って、出来るだけ、忘れようと、してるんだ、多分」
シールは、上手く云えないという口調でたどたどしく、でも、出来る限りのことを、ルーディに伝えようとしていた。
「だから、その…、もし、俺が前より卑屈になってるように見えるっていうなら」
「なら?」
「……あんたの、機嫌損ねて、出て行けって云われることが、怖くて、…そうなってるんじゃねーかな…」
「……」
「俺、なんか、そう思う」
ぽつぽつと呟く声に、ルーディは黙っている。
シールは、一つ息を吐いて続けた。
「外に出りゃ、…前よりずっと、俺、…傲慢になったと思うよ。今まで、何にも考えてなかったのに、心の中だけでも、…ヤな客の悪口、云ってたりするし、…昨日の、アイツだってさ、今までは、はいはいって、何でも云われたことやってたし…。……だから、突然、変わっちゃって、こんなに殴られる羽目になったんだろうけど」
苦笑して、殴られた頬に触れた。
ルーディが微かに笑う。
「まだ、ここに居たいんだ、俺」
……時々、仕事したくないと思うのも、多分、だから。
こんな俺が、ここに暮らしてていいのかと…。
手にしていたグラスを傾けて飲み干す。
ふーと息を吐いたシールに、ルーディが、うん、と頷いて云った。
「何でそんなこと改めて云うの?」
「……」
ルーディは苦笑を浮かべていた。
「…出て行けなんて、云いませんよ」
「ルーディ」
「そんな要素がどこにあるの? 君は、ここに住むためのルールを守ってる。ケンカしたり、殴られて医者を呼ぶ羽目になったり…、君が、男娼をしていたり」
「……」
「そんなことは、私が出て行けという要素には、これっぽっちもならないです」
ルーディはあっさりした声で云って微笑し、手を差し出した。
シールが、「え」と首を傾げた後、「ああ…」とグラスを渡した。
トレイに乗せて、ルーディは立ち上がり、キッチンにそれを下げた。
シールがその様子を目で追いかける。
…やっぱり、音が聞こえない、などと思う。
ルーディは手ぶらですぐに戻ってきて、同じ場所に座った。
「君は」
「ん?」
「…それも、私は自分の家に君を住まわせているから、なのかな…、私が思うほどには、やっぱり、うち解けてはいなかったんですね」
聞いたシールは、少し後ろめたくなるが、しょうがないことだから「そうだろうな」と呟いた。
ルーディも、別にシールを責めるつもりはない。
「改めて、これからはもっとうち解けてくださいと云うのも、ヘンな話だしね」
「……」
「うん、…君が、何を考えているのか、分かりました」
ルーディは、「全てとは云わないけど」と続けた。
「ただ、…私はね? 君が思うほどには、君を、居候だとは思っていないことは、…分かってもらえてるかな?」
「……うん」
シールは頷く。
「そんなに気を遣わなくても、いいんです。最初に云ったルールだけは、守ってくれれば…、君は守っているんだから」
「……」
「もっと、図々しくなったって。……ああ、でも」
ルーディが苦笑しながら云ったので、「でも?」とシールが首を傾げた。
「君の性格的にね、『私がそう云ったのだから敢えてそうしなくちゃいけない』と思うなら、それは不要です。…遠慮しなきゃ君の気が済まないなら、君の思うようにすればいい」
「……うん、まあ、そりゃあ…」
わざわざ無礼講に振る舞わなくてはいけない、なんてことは、シールも思わない。
「…うん…、ひとまずはね、…やっぱり、君は、それほど卑屈になっている訳じゃないみたいだから、それは、それでいいです」
そう云って、ルーディは頷いた。
そして、シールの目を見て微笑む。
「君は、卑屈で私の機嫌を窺ってたんじゃなくて、不安だったんですね」
「……」
そうなのだろうか。
自分ではよく分からない、とシールは思う。
「だったら、改めて云いますよ、安心なさい」
「…ルーディ?」
「出て行けと云わなくてはいけないようなことは、君はしていませんから。…逆に、卑屈に私のご機嫌を窺うような真似をされる方が、私は不愉快ですからね」
おどけた声でルーディが云う。
シールは、戸惑った顔をしつつも、「うん…」と頷いた。
「私が君に不愉快な目を見せることがあったら、それも云ってくれていいんです」
「……」
「一緒に暮らしているんだから。…あのね、シール」
「え?」
ルーディが、少し身を乗り出して、膝の上に置いていたシールの手を、ポンと軽く叩いた。
「君が、宿と食事に困らなくなったために、それを失うことを考えると不安になるのと同様に」
「……う、うん…?」
「私もね、…父が死んでから、一人暮らしをしていた訳ですが、君と一緒に暮らし始めて、…何というのか、それなりに、寂しくなくなったとは思ってるんですよ」
…照れくさそう、なのだろうか。ルーディが苦笑混じりに云った。
シールは、ぽかん、と口を開く。
「敢えて友達や恋人をつくったり、結婚をしたりなんてことを考えるほどには、寂しがりじゃないですけどね。…成り行きで君と暮らし始めてから、それなりに、私も楽しい生活を送っているんです」
「……」
「だから、君が、一緒に暮らす資格が無いと思ったり、殊更に居候だと思って私のご機嫌を窺ったり…なんてことは、してほしくないんですよ。それなりに、私を寂しくないようにさせてくれているというだけで、君には、ここに居る資格があるんです」
「ルー…」
「大体、真面目に家賃だって入れてくれているのに、何故追い出す必要があるんです。…君の方が、家賃だって出してるんだから、堂々と好き放題したっていい、と思っていいのに」
くす、とルーディが笑い、「そういう性格なんでしょうね」と続けた。
シールは、どこかふて腐れた顔をして頭を掻いた。
それは、照れ隠しだったのかもしれない。
「だから…、私だって、君に居て欲しいと思っている部分があるんですよ。…私と君の意志は、重なっているでしょう?」
「……」
「だから、安心して。…私が、君を追い出すようなこと無いから。…ルールを守っている以上」
「…うん」
シールが、こく、と頷く。
…そのまま、俯いていたシールの表情は、ルーディには見えない。
だけど…、
何か、まだ、ひっかかる。
ここに居たいと俺は云った。ルーディも、いいよ、と云った。
何か、そこに間違いがある気がする。
「…ところで、どうでした?」
ルーディが何か尋ねてきたので、考え事をしていたシールは、はっと顔を上げた。
「え、何、ごめん、聞いてなかった」
「トイレに行ったんでしょ?」
ルーディが首を傾げて問う言葉に、シールが、「え?」と眉を寄せた。
「…どうって?」
「大丈夫だった? おしっこ」
シールは、一瞬顔を赤らめた。
「だ、大丈夫だったよ、平気」
昨夜、医者が「血の小便が出るかもしれん」などと云っていた、それを尋ねられたのだ。
「…嘘ついても分かりますよ、正直に云いなさい」
「ちょっと待て、なんで、そんな嘘ついたのが分かるっていうんだ」
ぶすっとした声でシールが云うと、ルーディはあっさり答える。
「簡易検査用のキットを取り付けてるもの、我が家のトイレ」
「……」
シールは、呆れた顔をしてハアと息を吐いた。
「あ、そう…」
「糖とタンパクと血液の反応が出るようになってますからね」
「だったら、俺に聞かなくてもいいじゃないか」
相変わらず、ふて腐れた声でシールが云う。
「少なくとも、見ただけじゃ分かんなかったよ! 嘘じゃねぇ」
「そうですか」
「セックス嫌いなくせに、そんなシモの話は平気で出来るんだからな、ヘンなヤツ!」
シールは口をとがらせてルーディに云う。
ルーディが、くすくすと笑って平然と答える。
「だって、健康上で必要なことだもの」
「……ふん、年寄りって、そうだよな」
体にいいとか悪いとか、そんなことを殊更考えたがる。
ルーディは相変わらず、くくくと笑った。
「若い頃から考えてましたよ、私は。…若い頃の体力を過信してると、絶対年取ってからしわ寄せが来ると思って」
「じゃあ、若い頃から年寄り臭かったんだ」
そしてシールは相変わらずふて腐れた声で返す。
そうかもしれませんね、とやっぱり、ルーディは気を悪くした様子が無かった。
ふん…、と鼻を鳴らした後、シールは喉に手を当て、「こほ」と小さく咳き込んだ。
ルーディがその様子を見て、「あ」と呟く。
立ち上がり、シールの肩に手を乗せた。
「ごめんね、随分喋らせた。…喉が痛い?」
「え、いや、平気…」
「せっかく、喉にいいものを飲んでもらったのに。ごめん、そういえば、タバコまで吸っちゃった」
苦笑しながら、やんわりと肩を押して、シールに横たわるよう促す。
戸惑った顔をしつつ、シールは従う。自分でも、ちょっと疲れた、と思ったので。
シールが膝に乗せていた毛布を、ルーディが改めて胸まで掛けた。
「休んでなさい。…私のことは気にしないで」
「……」
ルーディに改めて云われて、…それが、シールには少し辛かった。
それは、ルーディに、気を遣わせたことだと思ったから…、自分が遠慮していることで、ルーディが何か、自分に煩うのは、嫌だな、とそう感じた。




