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=6= -(3)

「請求書はお父上の方へ回させて頂きます」

「!」

 男が顔を上げて、恐ろしいものを見るような目でルーディを見た。

「な、なんだと?」

「当然でしょう? あなたのクレジットの保証人はお父上です」

「……」

 男は口をぱくぱくさせている。

「どうせなら、迎えに来て頂きましょうか? 動けないなら」

「や、やめてくれ」

「それはどういう意味でしょう。…まさか、ツケを踏み倒すおつもりでしょうか。どちらにしても、連絡は取らざるをえないんですが」

「……あ、わ…」

 ルーディは、ふん、と鼻を鳴らして、冷笑を浮かべた。

「……絶対に破らない、約束を交わせるならば、勘弁してやってもいい」

「な、なんだ…」

 男が焦った声で云う。

 ルーディは、その態度にうんざりして、侮蔑の色を瞳に浮かべた。

「この若者に、土下座をなさい」

 …シールの方が驚いて、ルーディの顔を見る。

 ルーディはシールを見ないまま、男を見下ろしていた。

「その上で、二度とこの若者に、声を掛けず、近づきもしない。ノア・カテにも近づかない。約束をしなさい」

 再び、男は口をぱくぱくさせる。

「……ル…」

 ルーディ、と言いかけて、シールは口をつぐむ。

 …知り合いであることを、示すのは良くないことだ。

「私は相当に太っ腹なことを云ってあげているんですが、なんですか、その顔は」

 男は、ルーディを、唾を吐きかけてやりたいと言いたそうな目で睨んでいる。

 ふん、とルーディは鼻で笑った。

「……冗談じゃねえ、こんなクズに、土下座」

「そうですか、ではさようなら、気をつけてお帰りください?」

 ルーディは、先ほど最後の客に対してしたように、シールの背中に手をあてて、向きを変えさせた。自分も男に背中を向ける。

 肩越しに振り返り、極めて冷たい視線を男に向けた。

「…この子がクズなら、おまえはクズにもなれないゲスだ」

 そう云って、ルーディはシールをつれて離れる。

 男が背後から、「オヤジに云ったらただじゃすまさねえぞ」とか「ふざけるな、このクソやろう」などと叫んできたが、まるでルーディは気にしない。

 シールは、戸惑った顔をしたまま、よちよちと歩くばかりだった。

 ルーディは、シールを「ブラン・カテ」エントランスの方へつれていった。


 …傷だらけのシールと、店の制服のままのルーディが、エレベータにともに乗り込み、二人とも無言である。

 箱は最上階に着き、やはり無言のまま、住居へ戻った。

 ルーディはシールの少し後ろから、その背中を小さく押している。

 そうして促されるまま、シールはリビングに入り、力尽きたようにドサリと、ソファに倒れ込んだ。

 だが、すぐに、「あっ」と小さな声を上げて身を起こす。

 しまった。

 ソファが汚れた。

「ごめ…」

「謝らなくていいです。それより、一番楽な姿勢をとっていなさい」

 すかさずルーディが遮り、シールに背中を向けて、エイド・キットを取りに向かった。

「……」

 シールは躊躇いの表情を浮かべたが、…やはり、ちゃんと座っているのは辛く、長くて柔らかいソファに身を横たえた。

 深呼吸をしているシールの目の前に、ルーディの脚が見えて、次にはその脚が曲がり、胸、顔が見える。

 ルーディは無言のまま、シールの顔をまず拭った。

「……ごめ…ん」

 シールは、気が済まないから、また謝る。

 ルーディは、それには「謝らなくていい」とは云わなかった。

 云わなくては落ち着かないシールという人物を、知っているつもりだったので…。


 涙を流すのは情けないと思うのだけども。

 別に、傷が痛い訳でもないし、特別何か哀しい訳でもない。

 だけど、シールの目頭に雫があふれて、慌てて閉じた瞼からそれは滲んだ。

 それも、ルーディは柔らかく拭う。


「ごめん…、ごめんよ、ルーディ」

「……あのね、云わなくては気が済まないなら一応聞くけども、何をそんなに謝っている訳?」

「…迷惑、かけてる、じゃないか」

「君が原因じゃない」

「……俺が、ノア・カテに、行ったからじゃないか…」

「そんなの、こじつけです」

「……行かなかったら、こんなことに、ならなかった」

「そんなこと云いだしたら、私が君に、店の中で客を捜すな、客を取るなと釘を刺しさえしなければ良かったし、君と私が出会わなかったら、君はノア・カテに来る気になることは無かったのだろうから、こんなことにはならなかったということになる」

「……」

「君が男娼をしてなけりゃ良かったことではあろうけど、それを云えば、私がノア・カテを営業してなければ良かったということも、同じことです。…一つの結果に対して、原因が何であるのか、云えることを全部云いだしたら、キリが無い。…以前話したことがあるね、いっそ、パンドラが封印を解いたからだ、とでも云ってしまおうか? どんな災難も、全部パンドラのせいで、君のせいじゃない」

「……極論だ」

「だったら、君がノア・カテに食事に来たからだ、というのは、極論じゃなくても、こじつけです。それは原因じゃなくて、偶然と云うんです。……一つだけ確かなことは、私が迷惑かけられたのは、あの***氏からであって、シール、…君からじゃない。悪いのは、***氏だ」

「…ルーディ…」

「君は、そんなことも分からないくらいバカなんですか?」


 ルーディの顔は、…無表情と云っていいくらいに冷静で、…本当は何を考えているのか、シールには分からない。

 本当に、***氏--シールは名前など初めて知ったが--が悪い、アイツだけが悪いと思っているのか。

 自分を気遣って、庇って、そう云っているのか。

「こんなことが前にもあったね」

 独り言のような口調で呟いて、ルーディは苦笑し、シールの顔を消毒していた。

 何故、「迷惑だから出て行け」と、ルーディは云わないんだろう。

 偶然は偶然だとしても、…確かに、自分に原因があることには間違いないのじゃないだろうか。

 何故、出て行けと云わない?

 ……そんなこと、望んでなんかいないのに、シールはそう思う。


「俺が、こんな商売してるから、っていうのは、そうじゃないか」

「それはそうだけど、今回のことの直接の原因では無いでしょう」

「あんたは、…何故俺に、そんなことやめろとか、云わないんだ?」

「云って欲しいんですか?」

「……」

「私が何故そんなこと云わなくちゃいけないんです? …君が選んだ職でしょう、何故、私が云わなくてはいけません?」

「…それは、そうだけど…」

「迷惑をかけられるから? 人間のクズだから? 私は思ってもいないことを口にするような無駄は嫌いです」

「……」

「…身内のようなものだから、『こんなことを引き起こすような職業』はそりゃあ、避けて欲しいのはそうだけど」

「……え…」

「私がそれを云う筋合いはあるんでしょうか」

「……俺」

「はい?」

「……あんたと一緒に暮らし始めてから、時々、仕事したくない」

「……」

「だけど、他に出来ることがなくて」

「…そうですか」

「ルーディ、俺」

「はい」

「……ノア・カテは、従業員が居ないって、云ってたじゃないか」

「ダメですよ」


 シールが何も云わないまま、ルーディは、…少し哀しそうな顔をして首を振った。

「……」

「君を雇うことは出来ません」

「何故?」

「うちの従業員は、IDを持っていなくてはいけないからです」

「……」

「君は、…私にIDを見せたことがないだけなんですか?」

「違う」

 IDカードは、以前に無くして、再発行をしていない。

「…そうか」

 シールは、横たわったままで小さく頷く。

 ルーディが、顔に湿布を貼って、今度は、シャツのボタンを外していった。


「シール、…医者を呼びますよ」

 ルーディが立ち上がって云う。

 シールは、ハっと目を見開いて、…怯えたような顔をして、ルーディを見上げた。

「…やめてくれ」

「……」

「俺は」

「大丈夫」

 やはり、ルーディはシールが何か云う前に、そう云って大きく頷いた。

「……この街は、この州に最後に残った『いかがわしい街』です。値は張るけれども、IDカードを必要としない医者は居ます。報酬以外の何も要りません」

「……」

「エイド・キットでどうにかなるような傷だけじゃないかもしれない…。…内臓に何か障害があったら大変です」

「ああ…」

 シールが、溜息のようなものを吐いてから、無理な苦笑を浮かべた。

「…いくらあんたでも、…前時代の医者の技術は、持っていないのか」

「そうです」

 ルーディも無理した苦笑を返して、身を屈め、一度シールの頭を撫でた。

「大丈夫」


 医者は、表の玄関から入ってきた。

 まず「電話」をして、ルーディは相手に

「ソナー、Xレイ、…辺りの検査キットを持ってきてもらえます?」

 そんなことを云っていた。

「そう仰らず。ええ、ええ、お願いしますよ」

 …渋る言葉でも投げられたのだろうか。

 そうして、シールは玄関の方から、ルーディと医者が会話しながら近づいてくるのが分かった。

「何だ、ぎっくり腰でもやったか、腸捻転でもやったのか」

「…そんな痛い目に遭っている顔に見えますか、これが?」

「あんたは、首を落としたって平然としてるだろう」

「首を落とされれば死ぬだけです」

 リビングに入ってきた医者は、ソファに寝ころんでいるシールを見て、目を細める。

 ルーディに云う。

「いつから燕なんて飼い始めたんだ、セイレイシィ」

「そんなもの飼ってません」

 特別気を悪くした様子もなく、ルーディは返答し、医者はシールの前に膝をつくと、ふうむ、と唸った。

 薄目を開けたシールは、横たわったままだが微かに、首を縦に動かした。…頭を下げたのか。

 医者はそれを見て、一瞬目を見開き苦笑した。

「随分礼儀正しい燕だな」

「……あんたは老眼でも始まってますか。彼が人間以外の何者に見えるんです?」

「さて、若者。どこが痛い、吐き気は?」

「……どこもかしこも」

「ふん、礼儀はあるようだが、頭は良くないらしい」

 何だかルーディと似たような医者だな。シールはそんなことを思う。

「それは質問に答えてないぞ、若造」

「しょうがねぇだろ…本当だ」

「で、吐き気はどうなんだ」

「…こんな目に遭わせたやつのこと考えりゃ、吐き気なんかはずっとしてる」

 掠れた声でシールが云うと、医者は脇に立って様子を見ていたルーディを見上げた。

「ぴんぴんしているようだが?」

「あんた、本当に医者なら、それが健康体に見える訳ないでしょう」

「分かってるさ」

 重たそうな金属の鞄の蓋を開けて、中からコードに繋がったリーダーを取り、医者はシールの腹を読む。

 鞄の蓋の内側には、モニタでもついているらしく、手を動かしながら目はそちらに向いていた。

 …時折、体を裏返されたり、ぐいぐいと何か押し付けられたり、何やら、色んな機械で色んなことを探られたらしい。

「血は吐いてないんだな」

 医者はルーディに聞く。ルーディが頷くのを見て、

「ふん、そうだろうとも。それほど重大な、臓器への傷は無いよ。もしかすると血の小便は出るかもしれんが」

 平然とした声に、ルーディが目を細めて問う。

「腎臓に何か?」

「かもしれない、と云ったぞ。出なければいいんだ」

「あてにならない医者も居たものですね」

「それを呼んだのはそっちだろう。…まあ、ちょっとな? 傷があるらしいのは本当だ。真っ赤っかな小便が出たり、何日経っても血が混じってるようなら、また呼べ」

 そう云って、医者は、「一応、注射を一本打っといてやるから」と云って、シールの腕を取った。

「おっと、マズイ薬なんかやってないだろうな?」

「やってませんよ」

 ルーディが云うと、ふん、と医者は鼻を鳴らした。

「おまえさんに尋ねた訳じゃないぞ。おい、若者、どうなのだ。正直に云わないと、ヤバイことになるぞ」

 医者は手にした筒を掲げて云う。

「……やってない」

 シールは、弱々しいながらふて腐れた声で答える。

「ふーん。…やっぱり、そんなにスレている訳では無いのかな? こんなばかげた傷を負うような生活してる割に」

 ずけずけと物を云って、医者はシールの二の腕に、ぱしゅ、と筒を押し付けた。

 一瞬だけ、ゾクリとして、シールが体を硬くする。

「他にどこか特別悪いところは?」

 ルーディが問い、医者は、「ふむ」と頷く。

「運がいいのだか何なのだか。見た目はぼろぼろだが、大したことない相手とやりあったんじゃないか? 骨は無事だ。打撲はどこもかしこもだが、湿布してりゃいい」

「そうですか」

「強いて云うなら、頭が悪いな」

「……」

 さらりと云った医者の言葉にシールは眉を寄せる。ルーディは苦笑していた。

「こんな目に遭うのは、頭が悪いからなんじゃないか? 要領が悪いんだ」

「……そうかもしれませんがね」

 ルーディも否定しない。シールは、ち、と舌を打つ。

「まあ、あんまり動き回るのはやめとけ。2,3日、安静にはしてろ。熱出したり、それこそ血の小便を漏らす羽目になるぞ」

「小便小便うるせぇよ…」

 シールは、弱々しい声で吐き捨てる。


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