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=4= -(1)

※=4=:性行為と暴力の描写が含まれます※



 「こんな生活、いつまでも続くもんじゃないよ」

 やかましい、バカ。

 哀れんだ口調で云いやがる客に、狸寝入りを決め込み、シールは枕を掴んで殊更に寝息を吐いた。

 客に云われて、こう腹が立つことはない。大抵、腹の出たオッサンが云うんだよな、と胸の中で思う。若い男だと、俺をバカにすることはあっても、哀れんだりはしない。

 女の客の場合だと…、どっちかと云うと、「ヒモになれ」という云い方をする。

 私と一緒に暮らさない? そうしたらこんな商売はしなくてすむわよ。(そういうことを云う女客に出会ったらば、河岸を変えることにはしている)

 君はまだ若いんだからこんなことで人生を棒に振らずにまともな職に就こうとは思わないのかい。

 そういう云い方をするのは、まともな職に就いていてそこそこ金も持っていて、多分、家に帰れば自分と同じくらいの齢の子供が居たりするのだろう、…おっさんだ。

 こういうのに限って、ケチだったりするんだ。その上、こっちのサービスをやけに期待しやがる。

 ろくに金は出さないくせして、変なもの飲ませようとして吐き出せば文句云うオヤジも居るんだよ…。

 それに比べれば、こいつはそれなりに楽だったし、こっちも楽しめたから良かったようなものの。

 余計なお世話だ。文句があるなら、買うなよ、てめえ。こっちは押し売りしてんじゃねぇ…。

 胸の中で呟き、シールはごろりと寝返りを打つ。

 そして、今起きたのだ、という顔をして、客を薄目でチラリと見た。

 やれやれ、と息を吐き、男はカードを出しながら

「朝まで、部屋の料金は精算しておくから、ゆっくり寝てるといいよ」

 恩着せがましい。

「楽しませてもらったので、チップ弾んでおいたからね…」

 説教かましておいて「楽しませて」もないものだ。

 ふん、とシールは声には出さずに枕の中で哂った。

 カードは、ベッド脇のチェストに置かれた。のんびり手を伸ばしてそれを取り、額面を見て、「成る程、交渉した金額より上乗せされている」と思う。

 しかし、弾んだというには慎ましやかじゃないか?とも思う。

「じゃあね…」

 男がドアに近づこうとしている。

「ドウモアリガトウゴザイマシタ」

 これが商売だとするなら、その言葉が必要なのだろうと、シールは、素っ気無い声で呟いた。聞こえているかどうかは分かりやしないが。

 ドアの閉まる音が聞こえてから100数え、ベッドから起き上がる。

 それからバスルームに向かった。

 汗ばんだ肌を流し、髪を洗う。手早く。ホテル備え付けのソープはいけない。常備している無香料のものを使う。

 そして、さっきの男の名残を全部取り除く。

 長々とシャワーを使うことは、好ましくない。清める作業は、丁寧にすばやくするべきだ。

 時間をかけるのは、髪を乾かす方にしなくてはならない。

 ドライヤを使って、丁寧に念入りに、髪を乾かす。

 黒髪の湿気は完全に取り除かれ、さらさらとなびいた。

 ただし、こう整っているのもよろしくない。

 シールは、バスルームを出て、部屋の椅子に座ると、ジェルをほんの少し使って、髪に馴染ませた。

 服を着て、部屋の空調を切ってから、煙草をふかす。

 換気が滞り、部屋の中が煙る。

 そんな中に何分か座って、ミラーを覗いた。

「よし…」

 呟きながら頷き、首筋と頬を撫で、くん、とジャケットを嗅いだ。

 もう一度、よし、と呟き、立ち上がる。

 ポケットに小切手を突っ込んで、部屋を出るべくドアに向かう。

 朝まで寝てろというのは、客が云ったのだ。別にそれをバカ正直に守る必要は無い。それは実費なのだ。

 今日はこれで店じまい、と思うほど、疲れる客ではなかった。

 だから、もう一人くらいは取れる。

 そう思い、シールは手ぶらで部屋を出た。

 「家」が出来てから、全財産の詰まったバッグを持ち歩いて仕事をすることはない。

 それは大層、「安心」できることだった。


 二人目の客に、既に一人取ったあとだと思われることは好ましくないので、丁寧に身を清めることを覚えた。

 だが、湯上りであるという顔をしていてはいけないので、素早く済ませる。

 当然、体内に何かヘンなものを残してもいけないし、匂いも残していてはいけない。

 顔は赤くない。

 服についているのは、自分が吸っているタバコのにおいだけだ。

 髪は、乾いているけれども洗ったばかりのようにさらさらしている訳じゃない…。

 もう一回、立てる。

 そういう仕事の仕方を、シールは覚えた。


 そうして、色んな「要領」を覚えていくうちに、段々、客に対して腹を立てることも覚えた。

 今までは、特別何か考えることもなく、感情を覚えることもなく、やっていたことだったのだが。


 二人目の客で、店じまいする気になった。

 若い男だったのだが、これがまた、人を大変にバカにするタイプだったので…。

「…くわえて金貰って、いい商売だよナァ、このエロガキ」

「……」

「全部飲めや、え、コラ」

 げほげほげほ…ッ。

「何だ、その目ェ…、こんなことしか、能ねぇんだろうが、クソガキ」

「……けふッ」

「おらぁ、尻ふれよ、淫乱がぁ」

 いてぇ…。このヘタクソ…。

「かふッ、けふッ…」

 喉から、ずっと、咳のような音が聞こえた。

 …まあ、殴ったりなんだりする趣味は無いようだったので、それは良かったが、ストレスは感じた。

 3人目は取る気がしなかった。

 だが、家に帰るのも何だか気持ち悪かったので、幸い、1人目の客が朝までの料金を払っていたから、その部屋に向かった。外出だと思ってもらえていたらしい、エントランスドアはちゃんと開き、フロントで止められることもなかった。

 ああいうオヤジとああいうチンピラのどっちがいいかと云ったら…、チンピラの方がまだマシかな、とシールは思う。

 女の客と比べてみれば、…男相手で受身の方がマシだとも思う。

 女の客は、ねちっこくて疲れるが、男の客は、我慢すればすぐに終わるから。

 多分、一晩に複数の客を取る時に、前の分の名残を消すことを覚えたのも、女を相手にすることを踏まえてのことだ。

 そんなふうに、シールは、「仕事」を覚えている。

 そして、どこかで、イライラすることを覚えている。

 「仕事」を辞めるつもりは無いのだけども。



 次の日に取った客は最悪だった。「常連」と云える、知った顔の男だったのだが…、それがまずかった。まさか、こんなことがあるなんてな、と呆れる感情が何処かにあった。

 気をつけていたのに…。

 一人目で店じまいする気になった。とはいえ、その一人目に朝まで拘束されてしまったから、二人目を取ることが出来なかったのだが。

 眠ることも出来ず、ベッドに転がっていた。

 朝方に少しだけ、眠るというより、ちょっと気を失っていたのだろう。

 目の辺りがじんじんと痛む、それで覚醒し、気づいたら客が居なかった。

 …金は一応、置いてある。

 しばらく動きたくなかったけれども、そうやって転がっているのも何だか、「負けた」気になって悔しいので、何とか起き上がって服を着て、家に戻った。

 出来るだけ人目につかないようにビルに入り、動いていないエレベータにすぐに入る。

 正面玄関に出るエレベータだったので、玄関は表だ。

「やべ…」

 エレベータの中で呟く。

 ルーディが、リビングとかに居たら、顔を合わせることになるな、と思いついたら、「やばい」と思った。

 ポケットから、ハンケチを取り出して、口の中に溜まったものをペっと吐き出すと、顎と舌を動かした。唾液をわざわざ出して、もぐもぐと口の中をゆすぐように頬を動かし、また吐き出す。口の中に残る血を。

 鼻血も出ていた筈だ、と鼻もよく拭いた。

 そのハンケチを小さく丸めてポケットに突っ込み、顔半分を覆った。

 しかし、こんなことしても、ルーディが気づかない筈はなかろう。

 やれやれ…、とシールは息を吐いた。

 エレベータが最上階につき、玄関の前で一瞬躊躇する。

 躊躇したまま、キーを取り出して、のろのろと鍵を開ける。

 中に入り…、リビングが見える。

 ああ、ルーディ、起きてるな、と思う。

 困った。

「お帰り…」

 ルーディが、気配に気づき、振り返って云った。

 微かな笑みが、スっと消える。

 そして、眉を寄せた。

 シールは、顔を背けるようにして、「ただいま」と云った。

「どうしました」

 頬が赤く腫れて、口の端が切れている。

 眦は、内出血しているのか、青黒くなっていた。

「ケンカですか?」

 ルーディが立ち上がって尋ねる。シールは、いいや、と首を振った。

「あんたが気にし…」

 気にしなくていい、と云いかけたら、口の中からまた血が溢れた。

 ルーディから目を反らすために、俯き加減になっていたので、1滴落ちてしまった。

 あッ、と声を上げそうになったが、それより先に手で口を覆う。

 やけに、その雫の軌跡はゆっくりに見えた。

 ルーディもそれを目で追った。

 ぱた。

 リビングの床で、赤い水滴が小さな平面になった。

 思わず、シールは膝をつき、ざ、と手のひらで撫でる。

 つ、と床の上で、赤が縞模様になった。

 反対方向にもう一度手の甲で撫で、赤が消える。

 うろたえた顔をしていたシールは、立ち上がり、反射的にルーディの顔を見た。

 ルーディもシールの顔を見る。

「…悪い」

 手で口元を覆っている。

 シールの声は、篭って、ルーディに届いた。

 ルーディは首を振り、「別に」と云った。

「何をしてきたんです」

 ルーディは、言葉を変えて云う。

 シールはやはり顔を背け、

「仕事」

と素っ気無い声で云った。

 ルーディが、溜息をつきながら首を振る。

「服」

「…え?」

 ルーディは、すぐにはそれ以上訊かず、手を出した。

「服も血がついてますよ。洗濯」

「…いい」

「血は早く洗濯しないと落ちないんです」

「……」

 シールは、戸惑った顔をしている。

 ルーディが、「分かりました」と頷いて云い方を変えた。

「先に、すぐ着替えてきなさい。それで、今着ている服を持ってくる。…それだったら、構わないんでしょう」

 シールは、その言葉に頷いた。

 ルーディはどうも、…見越しているらしい。

 体にも、傷がある。

 シールは、部屋に向かう。その後ろ姿に、「ああ」と何か思い出したような声を出してルーディが声をかけた。

「待ちなさい」

「……?」

 振り返ったシールに、ルーディが渋い顔をして云う。

「着替えに血をつけても意味が無いんだから。別に、君が恥ずかしいなら無理は云わないけども、洗濯物を増やさないためには、出来たら、着替えを持って裸で出てきなさい。治療してから着替えられる方が、余程私は有難いです」

 その言葉に、シールは苦笑を返した。

 ルーディにばれているなら、それが正解だと思ったので、小さく頷いて部屋に入る。



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