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「あんたそれ、『当時の役人』も批判してることになるって、判ってて云ってるか? だとしたら、ちょっとあんたを見直すとこだけど……――俺の側から云わせて貰やぁ、『文化財保存』が、『当局指定の安全な金庫に詰め込んどくこと』になるんだったら、当時のサン・ターシュ当主は、絶ッ…対、その打診に頷いてないよ、ルーディと同じだ」
シールの顔と声は、あくまで真摯だ。
「――だから、もしあんたが、当時のサン・ターシュに来てたら、〝物品〟は文化財になってない。〝サン・ターシュ〟が、民間所有扱いで〝自邸〟で管理するからこそ『文化財指定』が叶ったんだから、――あんた、『事件』が起きた原因として、当時の役人の責任を追求してることになるぜ?」
「う……」
「……まあ、俺が『だから?』つってんのは、そういうことじゃないけど。――答えろよ、『だから何だ』。金庫に入ってるのを『赦さない』なんて云われる筋合いは無い、として? あんたが今成すべきことは、何だ?」
「――っ」
後ろめたそうに息を飲んだ後、口を噤んで瞳を揺らがせる役人に、シールは再び、訝しむように目を細めた。
「……。……あんた、もしかして、自分で気づかないうちに、やましいこと考えてないか? そのせいで袋小路に入り込んでない?」
「な、何だと? やましい? 私が不正をしてるとでも云うのか、いくら何でも、根拠のない悪態は、こちらこそ許せるものじゃないぞっ」
役人が憤った風に気色ばんだ――「図星を指されて狼狽えた」という顔ではない。じゃあ、やっぱり、無意識か、とシールが小首を傾げる。
「いや、だから『自分で気づいてない』んじゃないか、つったの。あんた自身は、後ろ暗いことしたつもりも、するつもりも無いだろうけど……」
この役人に対して、「こいつ、何も考えてないな」と呆れていたが――もしかすると、自意識の高さだけでなく、彼自身も自覚してないままの「下心」が勝手に「思考のストッパー」として働いているのではないかと、シールは思いついたのだった。
「もうさ、ある程度絞られた選択肢が、あんたの前にはあるはずなのに、それを選ぶ気配が全然無くて困ってるだけじゃん。あんたが自分でそれを選ばないから、勝手に、俺から悪口云われてる気になって『追い詰められてる』ように感じてるだけだろ」
「な、何だと――」
「何だと、じゃねえよ。もっと自分で考えろよ、だから。俺みたいなのから、まだ畳みかけられたいのか」
シールも何だか苛ついてきて、頭をガリガリと掻きながら呆れた声で云った。
――ルーディの目には、完全に冷淡な蔑みの色が湛えられている。ナーバス氏の目には、袋小路に追い詰められた「憤り」だけでなく、〝福音〟を授かることを望んでいるような――助けを求めるような色が混じっている。つまりは、今まで散々シールを見下し、シール自身が「俺みたいなのから」とまで云って発奮させようとしているのに、結局、自分で答えを出せないのである。
はあ、と息を吐いて、シールが続けた――いい加減、自分もこの役人に苛々してきた。ルーディが既に「刺してやろうか」くらいまでなっているのに、自分まで「ぶん殴りたくなる」のは避けたい。相手は今此処に居る者の中で最年長でもある、教師が生徒にするように「自分で考えて答えを出させる」導き方をしてやる義理もない――。
「あのさ。『〝シェレ〟が生きているのを確認した以上、〝国庫〟に入れっぱなしなのは、何か違う』っての、あんたも一応、考えたんじゃないの。でも、『サン・ターシュ邸の〝物品〟を〝国庫〟から出したくない』とか思ってないか?」
「――なに……」
「今になってもまだ、あんたが『〝シェレ〟のIDを復帰させる』って気になってないのは、何でなんだ? 今までずっと俺を完全に〝死人〟だと認識してたから不意を突かれたってのはあるかもしれないけど、それにしたって、だよ。――俺、ブンヤ引き合いに出した『醜聞』っていう危機感で威かしたり、『公務員』の自意識を刺激したり、結構、『答え』出すための材料出したろ」
シールが、閉じた拳から指を立てていって一つずつ丁寧に云う。
「脅された気になったからそれに『屈する』ことになるのが癪に障る? ――『再発行』ならまだしも、一度〝死亡〟扱いになったIDの『復帰』って、実は相当めんどくさい? 俺みたいなアウトローに、権利を持たせるのが釈然としない?」
今度は、開いた手から指を折った。
「――……あんた、もしかして、〝シェレのID〟を復帰させることの、メリットとデメリットなんて、考えてたりしないか? 〝シェレ〟のIDが復活したら、今『国庫』に入ってるサン・ターシュ邸の物品を、〝俺〟が相続する権利が生じる。俺には『裁判』を始める権利も出来る。――折角国庫に入った物品が、俺みたいなアウトローの手に渡る『リスク』『デメリット』、みたいなこと、考えてない?」
「っ」
「実際どうなんだかは知らないけど、もしかして『しかも、めちゃくちゃめんどくさい手続きも経た上で』、とか。――そこんとこに、『〝俺〟にIDを与えない場合』を考えたりしてないか? このまま手ぶらで帰っても、『TRC569』は、達成とは云えないけど失敗な訳でもなく終了はする。〝俺〟が『自分自身ではそれを望んでいる訳じゃない』点で、〝シェレ〟のIDを復活させるのを、少なくとも、急ぐ必要は無い――何なら、その手続きは自分以外の役人の任務になるようなら『御の字』――。しかし、このままただ放っておくと、〝俺〟が『醜聞の種』を撒くのかもしれない……」
「――」
「あんた、〝シェレのID〟を復帰させない場合のメリットとデメリットも秤に掛けてたんじゃないだろうな? 〝サン・ターシュ邸の物品〟をこのまま国庫に入れておく方策、同時に、あんた自身の役人としての名誉と自意識を守る方法は、何処かに無いか――って袋小路に、勝手に入ってたんじゃないか?」
役人は、無言で、顔色を悪くしている――シールは溜息をついた。
今は、「嘘をつけない」ことが「短所としての〝無垢〟」の形で出ている。シールだって、無意識にそんなことを考えてるんじゃないかと思っていたから、本人の表層意識にあっても無くても、ここは「そんなことは無い」と吐き捨ててしまって良い場面なのに……。
――もう、俺が「とどめを刺す」くらいのつもりになっても良いのかもしれない。
「『そっちが〝お願いします〟って云え』とか云ったせいで、それも癪に障ったか? そんなもんの方が、ただの私情だろ。生意気な若造が何云うかって鼻で笑うくらいで居ろよ。――あんた達公務員は、市民が〝ID〟を持ってることを前提に仕事してんじゃねーのか? 実際の俺は『別にどうでもいい』くらいだけど、俺が『IDなんか要らない』って突っぱねてたとしても、俺を〝市民〟っていう有象無象に戻すことを第一に考えて、『いいや、復帰させろ』って強く命令してくるくらいで『普通の公務員』なんじゃないのか? あんた達は、IDのメリットだけ想定してるのが当たり前だ、〝ID〟持ってるデメリットってのは本人が実感すりゃいいだけのことで、公務員側が考えることじゃねえよな。――まして、それを『国庫』と秤に掛けて、『〝シェレのID〟の復帰』に、あんた、迷ったのか」
「う、ぅうっ……」
「それ、俺じゃなくてあんたのお仲間から見た時『やましさ』なんじゃないか?」
役人の、唇がわなわなと、膝ががくがくと、震えている。いよいよ、足下が陥没しそうだ――。
息を吸いすぎて「いっぱいいっぱい」と云うべきか――最早どれだけこっちが「考えろ」と云っても、その余地は無いようにも見えるので、シールは落ち着くのを待つこともなく畳みかける。
「何度も云うけど、俺が、〝ID〟を取り戻したい訳じゃない。俺が望んでるのは、両親と姉がしていたように、サン・ターシュの〝物〟が守られることだ。今はそうじゃないとしても、将来的にそうなるなら、あんたがそうすることを約束してくれるんなら、それで構わない。俺のIDは要らないし、〝シール〟って名前も捨てて、出来るだけ第三者とは関わらないように生きる。〝サン・ターシュ〟って家の名前だって、別に残る必要は無い、『****年に起きた放火殺人事件の被害者家族』って警察の調書に一定期間残った後、〝書類〟が消去されるタイミングで完全に無くなる家。それで良い」
「……っ、だ、だから…」
役人は、しおらしく頭を下げるような風情で前屈みになり、両手で膝頭を掴んだ――震える膝を何とか止めてバランスを取らないと、墓穴から地獄まで落ちてしまいそうな感覚にでも襲われたのかもしれない。
身を屈めて床を見たまま、絞り出すような声を出してから、何とか背筋を伸ばし、眉間に皺を寄せた顔をシールに向ける――本人は厳しく睨んでいるつもりだろうが、シールには「今にも泣き出しそうな顔」に見えていた。
「それが、不可能だからっ、セキュリティだけは万全の場所へ『保管』しているのだ! ――君は、ご両親とお姉さんが、どんなに難解で崇高で独特な職務にあたっていたか、解っているのかッ。君以外のご家族三名が居なくなっただけで、西経五州の博物館や美術館が、平均二割機能ダウンしたのだぞ! 逃げ隠れていた者が、そんな大変な任務を簡単に云うんじゃない!」
再び、ルーディの様子が変わったのがシールにも伝わる。いよいよ役人の胸ぐらを掴みそうだ。
シールの方も、流石に此処で苦笑は出なかった。
ここに至ってシールも、ルーディと同じくらいに、この役人への「憐憫」が削がれた気がした。
ルーディが本気で「刺す」前に――シールが冷たい無表情になり、のっぺりした声で云う。
「あー、成る程。結局、あんた、俺に『おまえも死んでりゃ良かったのに』って云いたいんだ」
「っ」
「〝俺〟も火事で死んでりゃ、〝物〟は金庫に入れたままにして、こんな面倒に巻き込まれることは無かったのに、って」
「そ、そんなことは――」
「云ってんじゃん」
狼狽えた顔で何事か云いかけた役人の言葉尻を掬う。
「云ったつもりは無いってんなら、マジであんた、口のきき方知らねえよ。――良くこの街で一時間待てたな、お供が優秀なのか、それとも、交番にでも籠もってたか? あんたの物言いで〝ここら辺の人〟と接触してたら、あんた今頃身ぐるみ剥がされて、何なら命ねぇぞ、マジで」
相変わらず、のっぺりと云う。揶揄う口調でも無いから「真剣」だと伝わったのか、役人はヒクッと喉を鳴らした。
さっきと違って、真摯な表情も消え、シールがあっさり続ける。
「で? だから何だよ」
「……っ」
「だから何だ。親とマリアのやってたことが、物凄く崇高でユニークで誰にでも簡単に出来ることじゃないとして、だから?」
「っ、だ、だから、……っ」
「――そんなこと、俺も知ってんだよ。あんたよりは」
鋭利な刃物で切りつけるように、スパッとシールは云い放つ。そして、口元にだけ薄く笑みを浮かべた。
「西経五州で二割減、ね。そういう数値データなら直ぐ思い出せるんだな――そのミュージアムの人達も、あんたよりは『解ってる』みたいで安心したよ。ミュージアムの機能がダウンしたってことは、ガラスケースの中に適当なキャプション付けて置いとけば良いって思うような学芸員は居ない、『専門家』の監修無しには企画展も常設展示も出来ない。親父達が居なくなったから、『金庫』に置いておくことしか出来ない――って」
この役人が云った、「せめて、万全のセキュリティを持った金庫」とは、意味が違う。
こいつは多分、現場の学芸員のほうも〝蔵から物を出してきて置くだけで良い仕事を、故人を理由にして怠けて、入場料収入が減ることを気にもせず給与だけは取っていく〟と腹を立てながら軽蔑してたりもするのかもしれない。
こいつは、「そんなやつ」だ。




