名づけはいつだって大荒れ?
バエルは全員の枷が填まったことを確認すると鎖に自らの手を傷つけて血を垂らした。
枷はもちろん、鎖もすべてが魔法銀で出来ておりこの命名式の為に拵えた至宝であり彼らの本気度合いが伺える。
「名を!」
残りの五柱も同様に手を傷つけてその血を鎖に垂らした。血はまるで生き物のように一目散に枷を目掛けて流れ、枷に届いた時に熱を持ち枷が赤熱化する。
「GYAOOO!」
肉が焼ける音と匂い、煙が立ち上ってルナが悲鳴を上げた。六柱が手を離すと鎖はルナに巻き付いたのちに彼女を支えるようにその場に固定する。
「ふぅっ、なんとも末恐ろしい」
バエルはまるで突風のような一息をついてそう呟いた。巻き付いた鎖の中で形を変えていたルナはやがて悪魔としての姿を成していく。
「人が悪魔になったにしては・・・キメラとは珍しい」
メキメキと足がムカデの形を成し、腕が四対に分かれ、多関節のそれに被膜が張って翼になる。そして額に新たに六つの目が開き、ぱちぱちと瞬き始める。
「・・・わ、わたしは・・・?」
「おめでとう、ルナちゃん。これからは我らの同胞としてよろしくね」
鎖に縛られたまま目を覚ましたルナにウェパルはくすくすと笑うと彼女の頭を撫でた。
「それではこれから正式な名づけの為に話し合うので少し待っていてくれ」
「わかりました」
バエルがそう言うと六柱は揃って別室へと転移した。
「さて、それでは名づけの案だが・・・ワシは頭文字だよね?」
「あ、ズルい。Bとか使いやすい文字だからって」
『私が師匠なんだから私が頭文字でしょ」
「アンタは黙っててくれないか」
『なんでよー!』
「頭文字じゃないと最悪発音されない時あるから嫌なんじゃが」
「・・・それはそう」
「ルルイエは最後でいい」
「「「「「異議なし」」」」」
『えーーーー!!やだやだやだやだやだ!!!』
「多数決、あきらめろ」
『いーやーだー!一生ものなんだから!頭文字!頭文字!』
こんな感じだったので時間は滅茶苦茶かかった。
「まだかなー」
ルナは鎖に縛られたまま待っていたが命名式は心身に負担がかかっており、またルルイエの魔法で躁状態にもなっていたためさらに負荷が強まっていたため、緊張が途切れると疲労がどんどんと強まっていく。
そして・・・
「だめだ、眠い・・・先生、まだ・・・?」
「あう・・・もう、ねむい・・・むり・・・」
「Zzzz・・・・」
八つの目をしぱしぱさせていたルナはやがて鎖にしばられたまま寝落ちした。
「名前はBRIVAL!ブリヴァルで決まりじゃ!」
『やだー!頭文字ぃー!』
「だまれ!もう決定!」
全員がボロボロの状態でとうとう決着した。名づけによって途中から実力行使が始まり、駄々をこねるルルイエを全員でリンチして名前が決定した。大悪魔が全力で暴れた結果別室は戦争が起きたような状態になっており結界を幾重にも重ねてようやく原型を保っているといった有様だった。
ルルイエは最後まで不満顔だったがなにかに気付いたのか大人しくなり、にやにやしだした。
「さて、待たせてしまったな・・・おや」
「Zzzz・・・・」
「寝てる」
「かなり時間かかったもんね」
「誰かが駄々をこねなければ・・・」
『うるさいわね、それより名づけを済ませてあげましょうよ。でないと風邪を引いちゃうわ」
全員がルルイエを見る。そんなことはお構いなしにルルイエはバエルに名づけを完遂するように促した。
「貴様に主導されるのは気に入らんが・・・確かにここで寝かせるのは忍びない」
バエルは寝ているルナの方に杖の先を乗せるとまるで騎士の誓いのように彼女に語り掛ける。
「汝、名を『ブリヴァル』と名乗れ。魔界に、世界にその名がある限りそなたは万物と共にある。神も魔も人も、汝を否定すること能わず。名を持ち、魂を持ち、体を持つそなたはこの世界に在るべきもの」
ブリヴァルの名前が体に焼き付いた枷から飛び出した文字によって描かれ、それがルナの体に吸い込まれていく。
魂に刻まれたそれは彼女の存在そのものをこの世界で保証するものだ。
「これにて命名式を終える。みなご苦労であった」
バエルが杖で床を叩くと仕事を終えた鎖はそのまま開いた空間の裂け目にするするとほどけて戻って行く。
自由になったルナの体をウェパルとラハブが支え、ゆっくりと降ろす。
やってきた時は小さな体だった彼女も今は上半身だけでも三メートルを超える巨体になり、下半身はさらに長く伸びて長い部屋の端でくるくると帯のようにまるまっている。
「それじゃあ私はこの子を家に送っていくわ」
ルルイエはそう言うと封魔のペンダントをゴーストから受け取って彼女の首につけてあげる。
すると体が光って粒子のようになり、光が収まると再び人型になったルナがルルイエの腕の中で眠っていた。
「ふむ、若い子だものな。親が待っている以上そう長くは引き留められんか」
バエルは残念そうにしていたが命名式で思ったよりも体力を使ったのか肩を回すと杖をついてその場を後にしていった。他の悪魔達もルルイエがその場から消えるのを見て各々、魔法陣を通って帰還した。
「ふふふ、これであなたは悪魔としての自己を確立したわ。あとはあなた自身がどう育っていくか・・・」
ルルイエはルナを連れてルナの自宅へと戻るとそのまま空間を歪めてルナの自室へと向かう。
そして彼女をベッドに寝かせると丁寧に布団をかけて、寝息を立てる彼女の額にそっと触れた。
「楽しみにしているわ・・・これからきっと、楽しくなるもの・・・」
月明りに照らされて微笑む彼女は、美しくもどこか恐ろしい雰囲気を纏っていた。