命名式!
二か所の円形の足場からごぼごぼと音を立てて水があふれ出し、そこからバエルに負けない大きさの上半身が飛び出した。片方は女性、もう片方は男性である。
「お待たせしちゃったかしら」
「なに、今始めたところだ」
女性は艶やかな肢体を薄い布で隠しただけの際どい恰好をしており、それと対照的にもう片方の男性はルルイエと同じような怪しげな魔法使いといった出で立ち。ただその二人に共通しているのはどちらも海を思わせる意匠であること。女性は円形の足場に描かれた魔法陣から姿を現しているが僅かに覗く腰から下の下半身には魚のような鱗が。おそらく下半身全体は魚のようなひれを備えているのだろう。
対する男性は服に海藻やフジツボなどがくっついておりまるで水死体のような恰好だ。それらが彼の怪しさに磨きをかけている。
「ゴボボ・・・」
「ラハブ、ちゃんと話してあげたら?」
『ラハブは私と同系統だからルナちゃんを気遣ってるのよ、ウェパル。彼の声は狂気の入り口、まだ安定してないこの子じゃ荷が勝ちすぎる』
水の中で声を出したような声でしゃべるラハブ。ウェパルが少し眉をひそめたがルルイエがそれを宥めた。
海の狂気を司る彼はルルイエと付き合いがあるようだ。
正面にバエル、その対角線上にウェパルとラハブが並ぶとその時点で三人の巨人に囲まれることになるので凄まじい圧迫感である。しかし
「ほえー」
ルルイエの魔法で躁状態のルナは目を瞬かせながらラハブとウェパルを見ている。元より本でしか知り得ない悪魔の世界である。好奇心の強い状態の彼女にはまるでアイドルに囲まれているような気持ちだろう。
「私達を見ても怯えないのは凄いわ」
「それは・・・そうですね」
ウェパルも普段人間が自分に向けるような畏れや恐怖、果ては野望や欲望といった感情ではなくまるで有名人にでも会ったような好奇心と憧れのような感情で目を輝かせているルナを見てその新鮮さから嬉しそうにしている。
真実を知っているアモンだけはまたもや苦い顔。
「それでは、儀式を始める。イポス。来ているのは知っているぞ」
バエルがそう言うと最後に空いた足場に魔法陣が浮かび、ペストマスクを被った人物が出てきた。
「賑やかだ、こういうのは・・・苦手だ」
革製のロングコートを羽織り、羽根飾りのついた帽子をかぶったイポスはアモンと目線を合わせると会釈をして中央のルナを見据えた。
「これより命名式を始める」
バエルの号令で全員がルナを見据えた。先ほどまでの和気藹々とした雰囲気が霧散し、悪魔の中でも最高峰の水準が揃った緊張感と威圧感が辺りを包んでいく。
『それじゃあ、ルナちゃん。その首飾りを外して頂戴』
ルルイエがそう言うと銀色のトレイを持ったゴーストがルナの前に来ると袱紗を敷いたそれを捧げるように差し出した。
「わかりました」
ルナはペンダントを外してそれをトレイに乗せた。ゴーストはそれを抱えて中央の舞台から引き下がっていく。
「それでは始める・・・魔よ、正体を現せ」
ゴーストが十分に離れたことを確認するとバエルは杖を掲げた。それと同時にイポス・ルルイエ・アモンが魔法陣を展開して足元にたたきつける。
「?・・・おごっ!?」
ルナがバエルの掲げた杖を見上げた刹那、体が不規則に歪み始めた。そして手足から順番に形を失い、彼女を構成する魔力や使い魔たちにばらけていく。
『封じる!一滴も逃がさないで!』
「言われずとも!」
三柱が展開した結界は霧散した魔力や使い魔をその範囲に押し留める。そして巨体を誇るバエル・ウェパル・ラハブがその結界を膂力で変形させ、彼女を型に押し込めていく。
強度を維持したまま外の圧力で結界を変形させる技術は悪魔の魔力と膂力を持ってはじめて成立する奥義に等しい荒業。さらにそれを封じ込めている相手が未熟も未熟とはいえ同じ悪魔なのである。
「おぐ、おGUOOOOOO!!!!」
ばらけていた体が無理矢理一つに纏められ、中にいるルナは悲鳴とも怒号ともつかない声を上げた。
「見た目によらず、なんてじゃじゃ馬だ・・・」
「時化の海のようね!」
イポスとウェパルが微かに汗を浮かべながら対応する。そしてまるでガラス細工にとじこめられたように小さくまとめられたルナを安定させた六柱は命名式の第二段階へと移行する。
「焼き入れを行う、枷を」
バエルの言葉に六柱はそれぞれが鎖を空間にできた裂け目から取り出した。鎖の先には枷があり、それで対象を捉えることができるのだ。命名式の第二段階、それは真名を与えこの世界に存在を固定するための「名の焼き入れ」である。
全員が枷を振り回し、その勢いでルナ目掛けて投擲する。枷がまるで獣の牙のようにルナの手足に食らいつき、ガチリと填まる。
「GAOO!?」
押し込められた状態で枷が填まったことで呻くものの結界の強度はすさまじく、舞台が重量と衝撃で揺れてもビクともしない。




