立ち上がった先に立ち込める暗雲!
ルナはそれから何日かを自分の進路を探す事に費やした。
魔法使いには今はなれないかもしれないが勉強そのものはできる。実技試験の追試の案内も届いていたがルナはそれを鞄にしまい込んで見ないようにしていた。
「勉強だけでも大丈夫だよね、魔法陣を書く仕事だってあるし」
魔法が使えない人でもなれる仕事を探し、それからその為に何を勉強すればいいのかを探し続ける。それが一段落して、ルナは両親にその事を相談しようとした時だった。
『謹慎だなんて、なにをなさったんです?』
母親の言葉にルナはドアに伸ばした手を止めた。耳を済ませて部屋の中から聞こえてくる会話に集中してみると父が職場から謹慎を言い渡されたと聞いたからだ。
なぜ?疑問がうかぶ。父がそんな処分を受けるような大それたことをするとは思えない。そう思ってルナは再び会話を聞く事に集中することにした。
「はぁ・・・ワシとしたことが迂闊だったとは思う」
エルドは職場で起こった出来事を思い出しながらため息をついた。
「・・・ふぅっ」
それはルナが魔力欠乏症で倒れてから1日過ぎた時のことだった。娘が心配で堪らなくなり早退した際に周囲に掛けた心配と迷惑のため自身が属する部署に頭を下げて回って一息、ルナの父であるエルドは魔法局での仕事に取り掛かるところだった。
「ルナに一体何があったのだろうか...あの子が倒れるほど無茶をするとは思えないが」
魔力欠乏症、そう校医の先生に診断されたと娘は言っていたがエルドはまさかルナが魔力欠乏症になるほど魔力が少ないとは思っていなかった。
「平均以上だと、聞いていたが」
念の為に魔法局の中で過去に魔法使い志望の子供が受ける健康診断の記録も閲覧したものの娘の魔力量には全く不足はなかった。
そのはずなのだが・・・。
「おや、何かお困りごとですかな?」
心配が尽きないエルドに聞きたくない声が届いた。
「ガスタン、何か用か?」
「何かとはご挨拶ですな」
大袈裟な身ぶりで答えた男はどこか神経質そうな表情を笑みで歪めながらエルドに話しかけてきた。
この男、実直に仕事をこなすエルドと違い出世意欲とエリート意識に燃える男である。人柄や仕事ぶりで人望を集めるエルドの事を出世の障害と目の敵にしていることでも有名だった。
「なんでも娘さんが倒れたと聞いてお見舞いに」
「それは結構なことだな、またぞろ出世の話でも舞い込んできたか?」
何かと信頼やら人望やらでエルドと比べられてきた男である。付け届けやら告げ口に躊躇がないことでエルドとも対照的な彼はその実績からなにかと出世の候補に上がってはそれが立ち消えになっていた。
「ふ、そのような事は・・・まあ、あるかもな」
「?」
一瞬顔をヒクつかせたガスタンをエルドは訝しんだがその次の一言でエルドは全てを察した。
「何せ娘の為に魔力量の虚偽申告をした者がいるかもしれんのだからな」
「なんだと?」
エルドがジロリとガスタンを睨んだ。痩せ型のガスタンと違いエルドは体格が大きく、戦士職も舌を巻くほどの筋肉質である。
「心当たりがあるのか?それとも・・・」
「・・・」
「卑怯な嘘つきは娘のほうだったかな?」
「黙れ!ガスタン!」
立ち上がったエルドはガスタンの胸ぐらを掴んだ。身長も体格もガスタンより大きいエルドが凄むとガスタンの足はみるみる床から離れていく。
「ぐっ、なんどでも言うさ!娘可愛さに魔力量を誤魔化した、魔法局職員の風上にも置けない奴だ」
「まだ言うか!ならば待っていろ!直ぐに証拠を見せてやる!」
ガスタンを投げ捨ててエルドは直ぐに魔法局にある文書保管庫に向かった。
「すまない!突然だが文書の閲覧はできるか!」
頭から湯気が出そうなほど殺気だったエルドに保管庫の職員は驚いたが、エルドは彼らの言葉にさらに驚くことになる。
「娘の健康診断の紙はどうなっている?」
「それが・・・文書の大規模な整理があって何枚かの文書が誤って破棄されたらしく、」
「なんだと?」
本来子供達の健康診断の紙は別に保管されるのだが魔法使いになる可能性のある子供の資料は魔法局の文書保管庫に保管されていたのである。それが何故か処分されてしまったというのだ。
「ちょっと」
エルドが頭から湯気を立てていると文書保管庫の職員がこちらに手招きしている。呼ばれるままに移動するとそこは彼等が休憩室によく使う倉庫だった。
「エルド、お前さんガスタンとまた揉めたのか?」
「あっちが勝手に絡んでくるんだ!」
倉庫で待っていたのは老齢を職員、アルムンド。何かとエルドを助けてくれる親切な男である。
「突然他所の部署の連中がやってきて手伝うから文書の整理をしろと言うから嫌々やってたんだが」
「それで?」
「お前さんの娘に対する書類を抜き出して破棄してた、何かあったんだろ?今からでも頭を冷やせ、冷静に対処できなきゃ不味いことになる」
「もうなってる、俺が娘可愛さに娘の魔力量を誤魔化したとな」
エルドが頭をガシガシと搔きながら息を吐くと事情を説明した。アルムンドはやっぱりかとため息をついた。
「ガスタンの野郎もお前さんと同じ年頃の息子がいるからな、情報を知ってお前さんを陥れようとしているんだろう」
アルムンドの予想は正しかった。ガスタンは医者に連絡を回してルナの病状について親よりも詳しく把握していたのである。
魔力欠乏症とされるこの状態は実は難病指定される非常に珍しいタイプの病気、『体内魔力量乖離症』と後に判明する「魔力はあるけどなぜか魔法が使えない」人達の症状ではないかと突き止めていたのである。
そしてその情報を伏せたままエルド達に濡れ衣を着せようと画策したのだ。
「むむむ・・・」
「控えがないか調べてみる、それまで滅多な事するんじゃないぞ」
エルドとて馬鹿ではない。しかしながらそう言ったやり取りをするには潔癖過ぎるところもある。アルムンドはそこが心配だった。ガスタンは狡猾な男である。
自分の席に戻っていくエルドをアルムンドはじっと見つめていた。
「む、まだいたのかガスタン」
戻ってみたところエルドの席の近くで未だにガスタンが立っていた。そして周囲にはエルドの同僚が立っていたがエルドを見るとすぐに駆け寄ってきた。
「どうした?」
「気にするな、ガスタンは俺たちが追い返しておくからもう少し待て」
いつになく焦った様子の同僚とこちらを嫌らしい笑みを浮かべながら見つめるガスタンの姿。エルドはため息をついて頭をかいた
。
「迷惑ばかりかけるな、すまん」
「俺たちは構わんさ」
そう言った同僚の声を遮るようにガスタンは叫んだ。
「先程お前の同僚にお前の娘の心配していたところだ!」
ぐわっ、と肩と腕の筋肉が怒張した。同僚も厳しい表情でガスタンを見たが本人は何処吹く風で有り得ない発言をした。
「お前の才能を全く継いでいない娘が産まれたんだから、もしかして奥方が違う種を貰ったんじゃないかとな!」
「ガスタぁぁぁぁン!!!」
エルドの顔が一瞬で真っ赤になった。同僚達もあまりに酷すぎる発言に対処が遅れたほどだった。
「貴様と言うやつはぁ!」
対処が遅れた同僚達を押し退け、エルドはガスタンの胸ぐらを掴み、拳を振り上げた。