いざ魔界へ!
翌朝、ルナはいつも通りに目が覚めた。ベッドから起き上がって髪型を整えているともう慣れてしまったペンダントが揺れ、朝日を受けて煌めいた。特殊な力がこもっているのだろうか、
太陽の光を受けるとペンダントはいつもキラキラしている。金属光沢というには柔らかく、春の日差しのような光だ。おかげで反射した光が目に入っても不快には感じない。
ちょっと尖ったところは痛いが。
「朝に来るって言ってたっけ・・・」
鞄に一応の着替えなどを詰めていつもの服装に着替える。命名式を終えれば自分は悪魔としての力を本当の意味で手に入れることになり、前回のような騒ぎもなくなる・・・と思う。
形を持っていない不安定な存在という言葉をルルイエに言われていたルナはせっかく手に入れた魔力ながらそれを実技試験以降に使うことがなかった。
自分の存在が不安定でまだこの世界に確定していないなどと脅かされているせいか好奇心よりも恐怖心が勝っているのだ。
「おはよー」
「おはよう、ルナ」
「おはよう、ご飯出来てるわよ」
「うん、いただきます」
リビングに降りて食卓のテーブルについて、用意してくれた朝食を食べる。父親も相変わらず元気だ。ここのところ自分の巻き込まれた事件のせいで忙しそうにしていたがそれももうじき一段落だという。
「今日だったわね?ルナ、頑張ってね」
「うん」
アリシアの応援を受けてルナはなんとなく勇気をもらえた気がして笑顔になった。
ついこの間まで普通の生活を送っていた今までではありえないようなことばかりが起こっていた。
そして今日また、自分は非現実的な経験をしにいくのだ。そんな自分が帰ってこれる場所。
(ルルイエ先生が言っていた・・・)
悪魔、エトナ―とルルイエの言葉の端々にそう言った単語が出ていた気がする。それは本来なら聖職者や熟練した魔法使いでなければ対処が困難な存在だ。中級ですらほとんどの人が対処できないと言われている中で自分がそれになるという、荒唐無稽ともとれる体験を今日体験するという。今のままでもすでに自分の体内に魔力がみなぎっているのがわかる。まるで時化の海のように体内で荒れ狂っているような気さえするそれが体を突き破ってあふれ出しそうになる。それが自分に魔法を使う事を恐れさせている。
「うーん・・・でも、やってみるしかないよね」
「どうした?」
「ううん、なんでも」
独り言を父親に聞かれて慌てて朝食を口にして誤魔化した。しかしそんな父親はルナの考えをわかっているのかいないのか口一杯に食事を詰め込んで咀嚼している。その姿がなんだか可笑しくてルナは再び笑顔になった。
その後、食事を終えて少し。不意にルナの体にだけわかる違和感が襲った。
ざわつくような、それでいてどこか懐かしささえ覚えるような。そんな感覚にルナは思わず玄関の方に目を向けた。
立っている。ドア越しでもわかる存在。おそらく、あの時のような。普段の彼女とは違うその姿と雰囲気がありありと見える。
「ルルイエ先生・・・」
周囲がまるで凍り付くように静止していく。それが魔力、魔法の影響なのかわからなかったがルナは立ち上がって玄関へ向かう。
『お迎えに来たわ、さあ行きましょう』
普段の簡素なローブ姿ではなく、まるで神官のような豪奢な金糸で模様が描かれ、顔はベールで見えない。
しかし声と雰囲気に覚えがあり、彼女であると認識できた。
「わかりました」
立ち上がってルルイエの前にやってくるとルルイエはくすくすと笑い、ルナの手を取った。
「!」
景色がぐるりと回転するような変化を見せ、即座に空間が切り替わった。相変わらずの馬鹿げた精度と距離を誇る彼女の転移術にルナは目を丸くする。
実際ルナはまだ知らないが本来転移術は術者以外にかなりの負担がかかる代物であり、浮遊感や目まぐるしく変わる景色などで特に聴覚と視覚にゴリゴリ負担がかかる。簡単に言うとかなりの確率で酔う。
大抵の術者は自分一人を転移させるのが精一杯で他人と一緒になどという事自体がぶっ飛んでいることも。
「ここは・・・」
『魔界、悪魔たちのホームグラウンド。これからルナちゃんが命名式を受ける場所よ』
ルルイエの言葉を受けてルナは周囲を見渡してみた。黒い太陽、赤い空。黒い地面。
周囲には瘴気のような霧が立ち込めていてとてもじゃないが人間が暮らせそうな雰囲気ではない。
そんな世界にも関わらずルナの体調には微塵も変化は無く、それどころかどこか開放的な気分になる。
『そろそろお迎えがくると思うわ』
「お迎えですか?」
『ええ、あのお城が私達の目的地だから』
遠くに見える巨大な建造物にルナは驚いた。それはなにも大きさだけではない。
「遠くないですか?」
『だからこそのお迎えよ、特別な乗り物で来てくれるはずよ』
とてもじゃないが歩いていける距離ではない。それもルルイエの言葉を借りるなら一日かそこらで命名式をおわらせるのだからさらに時間はかけられないはず。それを可能にする乗り物とはなんだろうか?
ルナはちょっとわくわくしながらくるはずのお迎えを待つことにした。




