保護者はつらいよ
ある麗らかな昼下がり。アダムは穏やかな休日を過ごしていた。
「たまにはこんな日も良いもんだ」
授業の無い日、アダムは自分に割り当てられた無人の職員室で一人のんびりと採点や次の教科のために準備をして行く。
完全な休日ではないがそれでも普段のドタバタから考えればとても穏やかだ。
午後からは旧館の掃除なんかするのもいいかもしれない。そう思っていた時、ふとノックの音が響いた。
「はいはい、誰だ?」
ドアノブを捻ると目の前にエトナーがいた。
満面の笑顔である。こんな時、アダムはいつも面倒な事に巻き込まれる。
「おっす、悪いんだけd」
即座にドアを閉めるとゴミ箱から丸めた紙を拾い上げて広げるとそこに糊を塗り始めた。
そして糊がねっとりとし始めるのを見計らってドアを開けると
「おい、閉めんなブッ!」
「どっせい」
エトナーの顔に貼り付け、廊下の窓を開けてそこからエトナーを放り出した。紙が張り付いているため、エトナー呻き声一つ上げずに窓から落ちて行った。流れるような洗練された動作であった。
「さて、出かけるか」
『どこに?』
アダムは振り返って即座に粉薬をルルイエの顔に吹きかけた。
『め、目がーっ!は、はにゃが!』
グズグズと涙を流しながらのたうち回るルルイエを他所に窓へとアダムは走った。
そして
「ディーン先生!お話しーまーしょー」
蜘蛛の形態になったルナがカサカサと窓の外を這い廻っている。ホラーな状態だったので素直にビビったがアダムは窓を開けて虫除けの燻煙剤を出す。
「ミ゛ーッ!」
「虫除けで追い払われていいのかお前」
ルナが逃げていくのが見える。マヌケにも風下に逃げたので延々と遠ざかっていくのが見えた。それを見計らってアダムは窓から逃げる。窓から飛んで木のてっぺんに立つとすぐさま次の追手が。
「こんにちは、破獄のディーン」
まるで魔法の絨毯に乗るように布の上に立ったシュトリクがアダムの前に立ちはだかった。
他の組織の人間ながら二人に良いように使われているであろうシュトリクにアダムは老婆心から忠告する。
「お前、この調子であの二人に関わってると命がいくつあっても足らんぞ」
「それはわかってますが!」
まるで重さをなくしたかのように木々のてっぺんを踏んで移動するアダムを追いながらシュトリクは布を操ってアダムを捕獲しようと試みた。
「ふむ、移動と転移、それに高度な操作か。戦闘向きに使うには工夫が居るだろうが・・・一流といって差し支えないな」
アダムはその布を体を捻って最小限の動きで躱すとその内の布がシュトリクの手元に戻るのを利用して罠を仕掛けた。
「だが圧倒的に戦闘は素人か」
「なにを・・・きゃっ!」
手元に戻った布から小さな爆発が起こった。それは粉塵を巻き上げてシュトリクの視界と呼吸を奪う。
「げほごほ!」
「下手に動くなよ、落ちると大けがだぞ」
追い掛けたかったが集中力が乱れた状態で足元の布を操作しながら他の布を操作するのは難しかった。
その間にアダムの声は小さくなっていく。
「うう、げほごほ!」
視界がクリアになっていき、咳がおさまるころにはどこを見渡してもアダムの姿はなかった。
逃げられたと思ったシュトリクはがっかりとした様子で遠くで燻煙剤に巻かれてばたばたしているルナを追いかけた。
「ミ”ーッ!」
「ルナちゃん、どうして風下に・・・」
布を操作して燻煙罪を吹き飛ばすとルナは目をしぱしぱさせながらシュトリクを見た。
「先生は・・・?」
「逃げられました・・・」
「うう、本気になるとホントに捕まらないんだからぁ・・・」
アダムは潜入調査や諜報、暗殺のスペシャリスト。それらの技能の中でも追跡と逃走に関しては他の追随を許さない。魔法使いですら彼を捕捉するのは至難の業である。なにせまるで息を止めるように気配と魔力を消してしまう。
ルルイエですらその瞬間のアダムを捉えることは難しい。
「これじゃあ協力なんて得られないんじゃ・・・」
「うーん、でも根気よく続けるしかないよ。銀の黄昏を真っ当な組織にするためだもん」
シュトリクが不安そうにする中、ルナはまだあきらめていないようだ。
二人はあーでもないこーでもないと話しながら学校の方へと歩いていく。
「あの女とつるんどるとはな、それにしても組織の健全化か・・・また騒ぎを起こすつもりかあの子は」
アダムは二人が歩き去ったのを確認すると物陰から姿を現した。逃げたと見せかけて隠れていたのである。
そして二人がしていた会話を拾ってルナ達の目的を凡そ把握した。
銀の黄昏、魔法使いが集まる秘密結社。最近は素行の悪いものの集まりが多く、教会から敵視されているという組織だが・・・。アダムはその組織に蔓延る問題について心当たりがいくつかあった。
一つ、総帥は優れた魔法使いだが、優れた魔法使いでしかないといういこと。
二つ、それを支える幹部もまた、優れた魔法使いでしかないといこと。
三つ、それをいいことに組織力を私物化しているヤツがいるということ。
「これは大変な問題だぞ、専門家がいるだろう」
アダムはそのためのあの二人か、と規格外の怪物二人を思い出していた。




