番外編『ちくわぶとの邂逅(かいこう)』
――ワタシ、チクワブト出会ッタ日、忘レマセン。
化世ヒカリは、地球に来るよりもはるか前、ルミナス=エデンという星に生まれた。
知識と論理がすべてを支配するその世界で、彼女は“文化観測士”という役割に就いていた。
銀河各地の文明を観察・記録し、ときに「地球人類文化発展シミュレーション」などもしていた。
彼女の任務の一つが、地球文明の**“B級文化”**の調査だった。
高尚でも伝統でもない、しかし“根強く存在する”という奇妙なカテゴリ。
そして、ある日。
化世ヒカリは“日本”という地域の、スーパーの惣菜コーナーで――それに出会った。
その物体は、他のどんな食品とも違った。
筒状、茶色、表面にシワ、謎の吸水力。
「……コレハ、“何”デスカ?」
レジ横に立っていた謎のおばあちゃんに訊くと、彼女は微笑んで言った。
「ちくわぶさ。おでんに入れると、よく味がしみて、うまいのよ」
化世は思った。
――“しみる”? 味ガ、具材ニ“染ミ込ム”?
――エモーションノ概念的浸透???
とりあえず買った。
研究所に持ち帰り、分子構造を解析。
結果:**「よくわからないが、味がしみてうまい」**という未知の結論に達した。
翌日から、化世のちくわぶ研究が始まった。
・煮る
・焼く
・冷やす
・宇宙空間に晒す
・重力波を照射する
→どれもわりとおいしい。
さらに調査を進めるうち、あることに気づく。
「チクワブ、“一人デハ成立シナイ”食材……?」
主役になることはない。
カレーに入れても微妙、おかずとしては地味、単品では売れない。
だが、他者と一緒にいれば最高に“調和”する。
これは、文化的にも哲学的にも、極めて稀有な存在だった。
それはまるで――
「誰かの一部になるために生まれた存在」。
ヒカリの心に、初めて“あたたかい”という感覚が芽生えた。
そこからの化世は変わった。
あらゆる調査報告書に、ちくわぶを盛り込む。
星間文化会議で、突然おでんの話を始める。
ルミナス中央議会では“ちくわぶは文化兵器になりうる”と警告された。
そしてついに――
地球への研修派遣メンバーとして、ヒカリは選ばれた。
選考理由:
「地球文化に異常な愛着を持つため、現地適応力が高い」
初めて地球の空気を吸ったとき、ヒカリは思った。
「ココデ、“チクワブ”ヲ通ジテ、学ビタイ。
地球文化ト向キ合イ、“感情”ヲ知リタイ」
だから彼女は教師になった。
だから彼女は、授業にちくわぶをねじ込んだ。
給食、調理実習、宇宙倫理の教材、果ては武器や芸術にまで応用。
生徒に笑われても、校長に怒られても、ちくわぶを貫いた理由は――
**“誰かの一部になれる喜び”**を、みんなに伝えたかったから。
「……チクワブハ、変デス。スグ煮崩レル、主役ニナレナイ、忘レラレ易イ」
「……デモ、誰カト一緒ナラ、最高ノ一品ニナル」
「ソレハ、ワタシ達モ同ジ。未完成デモ、共ニアル限リ、価値ハ在ル」
生徒にそう言ったとき、教室がしんとなった。
ちくわぶは、不器用で、地味で、でも“誰かの中で生きる”存在。
化世ヒカリがちくわぶを愛したのは、
それが彼女の“願い”と、重なっていたからかもしれない。
今も、彼女の自宅冷蔵庫には常に5本のちくわぶが入っている。
そのうち1本は――
「共に生きた証」として、密封保存されているとか、いないとか。
(完)




