第5話「I save you」2
第5話「I save you」2
数日後のことだった。
「次回の『スポーツの秋 兜山市のスポーツジム』特集については、以上となっております。続いて通常の連載ですが、まず『ぶらり見てある記』第五回目は吉田キーチロー先生、タイトルは未定。鈴木出羽守正信先生の寄稿『メガネカスベの独語』は次号で二十回となり――」
私は『兜山TOWN』の企画プレゼンテーションを行っていた。目の前には江藤マサト出版部長をはじめ、杉山社長、安村副社長、松井専務取締役、他部門の主任など、わが社の上層部の人間が並んでいる。
この会議で企画や編集方針についてプレゼンし、上司たちの承認を得て、初めて仕事を進めることができるようになる。もちろん、企画案についてダメ出しを受け、やり直しを指示されることもある。『兜山TOWN』の編集長として、最も重要、かつ最も緊張を強いられる会議だった。
(ヒロシさん、ヒロシさん! 大変なことになったニュ!)
順調にプレゼンを進めていた矢先、突然、頭の中にポンニュの声が響いた。驚きのあまり、私は言いかけていた言葉を度忘れし、手元の資料を意味もなくガサガサとかき回した。
「……松嶋? どうかしたのか?」
江藤部長が怪訝な顔で尋ねた。酒の席ではセクハラ三昧のエロ親父だが、仕事に関しては極めてシビアで、少しでも資料にずさんな点があれば、即座に追及してくる。会議の席では、一番、相手にしたくない上司だった。
(黙ってしばらく待ってろ!)
頭の中のポンニュの声に向かって、最大級の怒鳴り声のイメージをぶつける。
テレパシー(?)の会話は初めてだったので、こちらの声がポンニュに通じるかどうか、確証はなかった。もし、この音声がポンニュからの一方通行で、こちらからの呼びかけが通じないのであれば、頭の中でポンニュの声を聞きながら、社長以下、重役たちの話を聞き、答えねばならない。十人の話を同時に聞き分けた聖徳太子ならまだしも、常人の私には、ポンニュと脳内で会話しながらプレゼンを進めることなど、到底不可能だった。
頭の中の声がピタリと止まった。幸い、私の声はポンニュに届いていたようだ。
「……いえ、ちょっと資料を見失いまして。失礼しました。で、『メガネカスベの独語』は次回で二十回、もうすぐ連載二年になりますので、記念に拡大版を執筆していただこうかと考えております――」
できるだけ、何事もなかったフリをしてプレゼンを再開する。しかし、その一瞬だけで、私の額から背中、わきの下に至るまで、どっと冷や汗が噴き出していた。
ハンカチを取り出し、額を拭う。説明を続けることに夢中で、私は、江藤部長が自分を鋭い目つきでジッと見つめていたことに気づかなかった。
約二十分後、無事に会議が終わった。
(江藤部長のツッコミが少なかったおかげで、今月は奇跡的に早く済んだな……。長い時は三、四時間かかったこともあるし……)
そんなことを考えながら私は手元の資料をまとめ、そそくさと会議室を出ようとした。
「おい、松嶋、お前さっき――」
後ろから、江藤部長に呼び止められそうになったが、
「スミマセン、部長! ちょっと催してまして、お話の前にトイレ行かせてください!」
そう言って、私は近くのトイレに飛び込んだ。
(待たせてすまなかったな、ポンニュ。で、大変って、何が起きたんだ? ……というか、こんなふうにテレパシーが使えるのなら、最初から使ってたら、ミサや嫁に話し声を聞かれる心配もなかったのに――)
人気のないトイレの個室にこもり、脳内でポンニュに呼びかけた。
ポン、と軽い音を立てて目の前にポンニュが現れる。しかし、その軽い効果音に対して、ポンニュの様子は悲痛だった。体は泥で汚れ、両目に大粒の涙を浮かべている。
「ヒロシさんッッ! ハイブが出てきたニュ! ラディシティアたちが戦ってるけど、三人では、とてもじゃないけど歯が立たないニュ! もう手遅れかもしれないニュ!」
その声は、もはやほとんど悲鳴だった。
「馬鹿野郎! それを早く言えっ!」
思わず個室の中で叫んでいた。
急いでズボンのポケットからベジーティア・パスを取り出す。
「『黙って待ってろ!』って言ったの、ヒロシさんだニュ!」
「そうだったな、スマン。とにかく――」
「分かってるニュ。マジックゲート・オープン!」
ゲートにパスをかざし、私は光の中に飛び込んだ。
光が消えるのと同時に、バサッ、と音を立てて、個室の床に資料の束が散らばった。
少し、時間をさかのぼる。
赤坂ほのかは、体育館の前にいた。
今日は新体操の大会の日。ベジーティアの仲間たちに見送られ、これから大会に出場するところだった。
「ほのかちゃん、頑張って!」
「ボクたちは、客席で応援してるからね」
「試合が終わったら、ゴーヤモロヘイヤせんべいを食べに行くですぅ!」
「ありがとう! でもさやかちゃん、ゴーヤとモロヘイヤの組み合わせはちょっと個性が強すぎると思うよ……」
「え? だって、駅前のジューススタンドでもゴーヤとモロヘイヤのジュース売ってるですよ。せんべいになったって、何も不思議はないのです♪」
「さやか、それぐらいにしとこうよ。せんべいのことで頭がいっぱいになって、ほのかがうまく演技できなかったらダメだしね」
緑川さやかが、白井若菜にたしなめられる。
「むぅ……」と頬をふくらませながらも、さやかはそれ以上、緑せんべいについて話題にするのをやめた。
「じゃあ、ほのかちゃん、また後でね」
ヒラヒラと手を振る萌黄明日香に、ほのかは手を振り返し、ガッツポーズを極めると、
「よっし! じゃ、みんなにイイトコ見せちゃいますか!」
フンス! と鼻息も高く、気合を入れるのだった。
抽選の結果、ほのかの出番は、かなり後ろのほうと決まった。
体を冷やさないよう、レオタードの上からジャージを着て出番を待つ。
(ほかの学校の人たちの演技をしっかり観察するのも、大事なことだからね)
体育館の各所で他校の生徒たちが繰り広げる演技を、ほのかはじっくりと観察していた。
ようやく、ほのかの出番が来た。まずは、得意のクラブを使った演技から。
スゥ、と軽く息を吸い込み、精神を集中する。音楽に合わせ、タタタ、とステップを踏み演技を始めた瞬間だった。
ドンッッッ!!!
突然、体育館の外で爆音が上がった。
「爆発!? 事故!?」
「警備員はどうしたっ」
「警察を呼んで――」
「大会は中止したほうが……」
大会の運営委員たちが慌ただしく館内を出入りし、ヒソヒソと話しているのが、ほのかの耳にも聞こえてきた。
しかし、聞こえてきたのは、それだけではなかった。
「どうした、ここにいるんだろう、ベジーティア! 出てこいよ!」
(この声は……ハイブ!)
動揺する。クラブを落としそうになる。だけど、まだ競技中止のサインは出ていない。それなら、私はまだ演じなきゃいけない。
「ほのか! ハイブはボクたちで何とかするから! キミは試合に集中するんだ!」
若菜の声が聞こえる。ほのかは演技を続けながら若菜のほうに顔を向け、かすかにうなずいて見せた。
体育館の外には、まだ爆発に伴う粉塵が濃厚に漂っていた。その中心に、ハイブラッド・グルコースの姿がある。
若菜、さやか、明日香の三人が体育館から飛び出してきたのを見て、ハイブは明らかに落胆した表情を見せた。
「……おい。あと一人はどうした」
「ほのかは今、取り込み中なんだ。ボクたちがお相手するよ」
「チッ……。お前たちじゃ話になんねーよ。ザコどもには、これで十分だ」
ハイブは体育館の近くに出ていた、たこ焼きの屋台に向けて光線を放つ。
「カリカリモチモチーッ!」
独特の雄たけびを上げて、手足を生やした巨大なたこ焼きが屋台から飛び出してきた。手には巨大なたこ焼きピックを持っている。
若菜を中心に、三人が変身アイテムを構えた。
「ザコかどうか、試してみればいいさ! 変身、ベジーティア!」
たこ焼きメタミートとの戦いは、決して順調ではなかった。
胴体から発射されるたこ焼きの弾丸は、一つひとつの攻撃力こそ決して高くないものの、炸裂するたび、中から猛烈に熱い粘液状の生地が飛散した。危うくかわしたと思った瞬間、予想外の方向から高熱の飛沫を浴びる。接近すれば巨大なピックで突き刺してくる。近づくことも、距離を取ることもままならず、三人は苦戦を強いられた。
しかし、パンプティアの「冷凍爆風」が命中したことで、戦局は一転した。氷点下の爆風を浴び、凍り付いたたこ焼きメタミートは、たこ焼き弾を撃ち出すこともままならず、また、撃った弾丸も、熱を奪われてしまっては、ただベタベタした生地をぶちまける効果しか残らなかった。最後にラディシティアがハンマーの一撃でメタミートを叩き潰し、バトルを締めくくった。
「……で、ボクたちのどこがザコだって?」
バトルを終えたラディシティアが、ハイブにハンマーを突きつけて言った。
ハイブは心の底から面倒といった顔をすると、ガリガリと頭を掻きむしった。
「あーもう、メンドくせえ! お前ら、メタミートを倒したぐらいで調子に乗ってると……」
殺気をたたえた両目が、ギラリと光る。
「……死ぬぞ?」
「ボクたちは、負けないっ!」
威圧するように放つハイブの殺気に若干ひるみつつも、若菜はハンマーを構えた。
「二人とも、援護よろしくっ!」
「はいっ!」
「りょーかいですっ!」
ハイブ相手に、三人は善戦していた。スピードで圧倒しようとするハイブの動きをパンプティアの爆弾が抑え、飛び出そうとするところをスピナティアの弓が牽制する。そこにラディシティアが肉薄し、容赦のない打撃を繰り返した。
「ふーん……。三人がかりっていうのもあるけど、それなりにやるじゃねえの」
息つく間もないハンマーの連撃を紙一重でかわしながら、ハイブは感心したようにつぶやく。
「そんな余裕を見せていられるのも、今のうちだけだ!」
「でもな……」
ハンマーの風圧に前髪をなびかせながら、ハイブは滑らかな動きでラディシティアの側面に回り込む。
「ザコが、いつまでも調子乗ってんじゃねえっ!」
怒号とともに、容赦のない回し蹴りをラディシティアに叩き込んだ。脇腹に強烈な打撃を受け、ラディシティアが吹き飛ばされる。
蹴り足を戻し、体勢を整え直したハイブが右手首をかざした。赤い宝石の入ったブレスレットが、太陽の光を反射してキラリと輝く。
「キャロティアが相手ならともかく、お前らみたいなザコに使うのはもったいないんだが……。ミートジェム、解放!」
ブレスレットから鮮血色のオーラが噴き出し、ハイブの全身を包んだ。
「覚悟しろよ、お前ら! もう手加減はできねーからなっ!」




