第5話「I save you」1
第5話「I save you」1
しばらくポンニュが顔を見せていない。
私がそのことに気づいたのは、前回の呼び出しから十日以上が過ぎてからだった。
前回までは立て続けに呼び出していたというのに、何日も呼び出しがない――敵が攻めてこない――ことなど、あるのだろうか。
ユニフォームの変化やベジージェムについて、「近いうちにきちんと説明する」と言っていたことも、すっかりうやむやになっている。
「あっちの世界」のことを、決して忘れていたわけではなかった。
しかし、社会人であれば当然ながら、毎日、やらねばいけない仕事が次から次へと出てくる。もちろん、家に帰れば妻と子供の相手もしなければならない。時には妻の愚痴や相談に付き合ったり、週末ともなれば、どこかへお出かけをして家族サービスに努めるのも、父親として大切な仕事だ。
そうした日常のあれこれに追われるうち、気がつけば時間が過ぎていたのだ。
テレビのハードディスクに新しいベジーティアが録画されているのを見つけて、初めて「ああ、そういえばもう一週間が過ぎていたのか」と思い出したというわけだった。
午後十時半。風呂から出た私は、リビングルームに向かった。夕食の唐揚げとほうれん草のお浸し、漬物をテーブルに並べ、買い置きの発泡酒を冷蔵庫から取り出す。
既に妻と子供は寝静まっている。テレビに片耳用のイヤホンを差し込んで音が漏れないようにしてから、リモコンの電源ボタンを押した。唐揚げをつまみながら発泡酒をあおり、テレビの画面を眺める。
「お野菜の力で変身! 魔法少女、ベジーティアー♪」
いつものオープニングテーマに合わせて、カラフルな衣装の少女たちが映し出される。学校で、町で、繰り広げられる平穏な日常。あふれる笑顔。そして画面が暗転。四方八方から怪しいシルエットの敵が湧き、少女たちに襲い掛かる。光がきらめき、変身した少女たちが闇を切り裂いて戦う。敵が消え、明るさを取り戻した町を笑顔の少女たちが走り抜けポーズを決める。同時に歌が終わり、
「この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りしています」
と、スポンサークレジットが流れる。
(ここまでは、まあいい。いつも通りだ……)
CMが映し出された。
「新発売、ベジーティアぬりえ! みんなで楽しく、ヌリヌリしちゃおう!」
モノクロの線画で、さまざまなポーズを取るベジーティアが映し出され、デフォルメされたニンジンやカボチャなどが画面をクルクルと飛び回るたび、衣装がカラフルに彩られていく。さまざまなポーズの最後に、飛翔形態に変身したキャロティアの姿が映し出される。
「ベジージェム、フルボリューム! チェンジ・フライトモード! ベジーティアぬりえ、文具屋さんで見つけてね!」
ナレーションを聞いて、私の脳内に無数の「?」が浮かんだ。
前回のポンニュの話では、私がベジージェムを獲得し、飛翔形態に変身したことは、まったくイレギュラーな事態だったはずだ。それなのに、このCMでは既に飛翔形態を収録した塗り絵が、商品化されている。
「……飛翔形態になるのは、決まっていたことだったっていうのか?」
そもそも、第一話で私がポンニュから受け取った塗り絵は、さまざまな怪人が描かれたものだったはずだ。
「このファイルには、敵の怪人が描かれているニュ。みんなで力を合わせて、全部の怪人を倒してほしいニュ」
確かにポンニュは、そう話していた。
(メタミートの塗り絵が、ベジーティアの塗り絵に変わった。しかも、本来であれば、まだ出てこないはずの変身形態が、元から決まっていたかのように商品化されている……。いったい、どういうことなんだ?)
塗り絵の中身が変わったことについては、なんとなく想像がついた。
どんなにポップなデザインだったとしても、怪人は怪人なのだ。なかには、そういった敵キャラが好きで、たとえ負けると分かっていても敵キャラを応援する子供もいるだろう。しかし、この番組の主たる視聴者層が小学校低・中学年の女の子ならば、やはり主人公のベジーティアを扱った商品のほうが売れるのは間違いないだろう。
しかし、それだけでは飛翔形態がこんなに早く商品化されたことへの説明はつかない。
私が首をかしげているうちにCMは終わり、アニメ本編が始まった。
「ゴメンね、みんな! 大会が近づいてるから、練習、休めなくて」
学校の体育館へと続く通路で向き合う、ジャージ姿のほのかと、制服姿の若菜、明日香、さやかたち。
「放課後、四人で遊びに行こう」という若菜の提案をほのかが断るところから、話は始まった。
ほのかは新体操部に所属しており、大会に向けて、現在練習を積み重ねているらしい。
「そっか。残念だけど、仕方ないな。じゃあ、今日はボクたちだけで楽しんでくるよ。大会が終わったら、ほのかも一緒に遊びに行こうね」
「うん、また今度ねー」
三人と別れたほのかは、体育館へ戻りながらひとり言をつぶやく。
「この前は変身しないまま、夢中で魔法使って空飛んだりしちゃったけど……。ま、いっか。新体操やっててよかった。あんな無茶な動きができたのも、日ごろの練習の成果だよね。ベジージェムに続いて、ベジーティア2ndにもなれたし、結果オーライってことで♪ それよりも、あのときの動きを、うまく演技に取り入れられないかなぁ……」
そして、ほのかが他の新体操部の部員と一緒に練習を始めたところで、画面は残りの三人に切り替わった。
(えっ、ちょっと待て、まさか、この前のあの無茶苦茶な展開、この説明と『ま、いっか、結果オーライ♪』のひと言で終わらせる気か!?)
どうやら、そのまさかだった。そのまま画面は、町を歩く若菜、明日香、さやかの三人を映し続けている。
三人はもうすぐ訪れる父の日に向けて、何か新しい料理にチャレンジしようとしているようだ。書店でレシピ本を買い、ファストフード店でシェイクを飲みながら会話に花を咲かせている。
(ミサもいつか、こんなふうに父の日のプレゼントを買ったり、作ったりしてくれるようになるのかな……)
そんなことをしみじみ考えながら唐揚げをかじり、発泡酒で流し込む。
やがて、ファストフード店の前で唐突に爆発が起こった。通りかかった人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。煙の中から、ハイブが登場する。
「やあ、ベジーティアたち。きちんと勝負したいから、会いに来てやったぜ」
「ハイブ!」
「……お目当てはキャロティアかい? 残念ながら、今日はボクたち三人だけなんだ。だから、できたら悪いことをしないで、そのまま帰ってくれないかな」
若菜の言葉に、ハイブはあからさまに落胆の表情を浮かべる。
「なんだ、つまんねえ。だからといって、何もしないで帰ると、オレもヘドローン様に怒られちゃうしな」
ここでパチンと指を鳴らし、ポーズを決める。
「いけっ、メタミート!」
ハイブの右手からほとばしった光は、ベジーティアの三人がいる店の中に吸い込まれ、ハンバーガー型メタミートが現れた。
(えっ、ほのかの出番はないのか? 三人が危ないんじゃないのか!?)
血の気の引く思いで画面を食い入るように見る。左手の中で、既に中身を飲み干して、空になった発泡酒の缶がペキョ、と音を立ててへこんだ。
ハンバーガー型メタミートは、攻撃を受けそうになるとバンズやパティがバラバラに分解し、狙いを定めさせない。その合間にピクルスを乱射したり、体当たりでベジーティアを跳ね飛ばそうとしたりする。
一見すれば派手なアクションで、見ている子供たちはハラハラ、ドキドキしながらベジーティアの活躍を応援したくなるシーンだろう。特に普段、戦闘の中心となって活躍しているキャロティアがおらず、三人が苦戦を強いられているのだから。
しかし、これが本物の真剣勝負であり、一つ間違えればベジーティアの「中の人」が本当に死ぬということを知っている私にとって、三人の苦戦は見るに忍びなかった。強烈な体当たりを受けて跳ね飛ばされたラディシティアがビルの壁にぶつかり、ぐったりした瞬間など、「もしかして、やられてしまったんじゃないか!?」と全身に冷や汗が吹き出した。
最終的に、ハンバーガーはパンプキン・ボムの爆風でバランスを崩したところを、スピナティアの放った魔法「拘束の矢」で絡め取られた。そうして動きを封じられたところで、ラディシティアのハンマーに叩きつぶされた。
ベジーティアの勝利を見届けたところで、ハイブは舌打ちをし、「今日のところは、これで許しておいてやるよ」と言い残して姿を消した。
「ボクたちはこれまで、キャロティアに頼りすぎていたね。誰かがいなくても、残りのメンバーでうまく連携を取れるようにしなきゃいけない……」
ラストシーンで拳を握りしめてつぶやくラディシティアの横顔が、ひどく切なそうに見えた。
番組を見終わって、私はソファに身を沈め、深いため息をついた。まだ夕食は残っていたが、すっかり食欲は消え失せていた。
「どうして、こんな展開になってしまったんだ……」
「ヒロシさんのせいだニュ」
予期していなかった返事が耳元で聞こえ、
(ポンニュ!?)
私は飛び上がりそうなほど驚いた。
「静かに。騒いだら奥さんもミサちゃんも起きちゃうニュ」
「……まさか、お前にそれを言われるとはな。ところで、今回はどうして俺を呼ばなかったんだ?」
「さっきも言ったけど、ヒロシさんがこの前、プリン相手に無茶苦茶なことしちゃったからニュ……」
ポンニュの説明をまとめると、次のようになる。
現在、ベジーティアの四人の中で、ほのか(=キャロティア)だけが飛び抜けたパワーアップをしている。そのため、ほのか以外の三人の強さに合わせた敵が出ると、ほのかが一人でアッサリ片付けてしまうことになる。
現時点で、ほのかの強さに対抗できる敵は、ハイブやコレスといった幹部しかいない。だからといって、幹部との戦いが重なれば、ほのかはともかく、他の三人がついていけず、命を落とす危険が高くなる。
「何人かでパーティを組むロールプレイングゲームで、一人だけ飛び抜けて高いレベルのメンバーがいるようなものだな。キャロティアにとって、通常のメタミートだと相手にならない。だけど、キャロティアが強いからってどんどん先へ進んだら、ほかの三人はレベルが追いつかない。ゲームなら一人が活躍するだけでほかのメンバーも経験値を貯めることができるけど、実戦では、そういうわけにいかない。レベルアップについていけなくなれば、三人は本当に強い相手と戦うことになったとき、あっという間に倒されてしまう可能性もある」
「そういうことニュ」
「だから、少しでも三人に実戦の経験を積ませ、レベルアップを図るため、あえてオレに連絡を取らず、ほのかを戦闘から外したわけか」
「そうだニュ。そして、『ほのかが登場しない』という『結果』を成立させるため、魔法(編集・シナリオ改変)によって『新体操の大会が近い』という『理由』が作られ、今回の話が生まれたニュ。
『ベジーティアぬりえ』も、同じことニュ。『キャロティアのパワーアップ』という事実が先行した結果、辻褄を合わせるために『メタミートぬりえ』がなくなって、『ベジーティアぬりえ発売』という事態が生まれたんだニュ」
「『ベジーティアぬりえ』を作るために、通常形態だけじゃパンチが弱いから、新コスチュームを早めに導入した、ということか?」
「その通りニュ」
うなずいたポンニュは、「やれやれ……」と、丸っこい体全体を左右に振った。
「……ヒロシさんが、意図的にやったわけじゃないのは分かってるニュ。だけど、結果的に、ヒロシさんがこの前したことは、『世界の改変』なんだニュ。その改変を受け入れるために、強引でもなんでも、理由を作っていかなきゃいけないニュ。ほのか抜きの展開も、三人のレベルアップのためには必要なんだニュ」
「しかし……、だからといって、一つ間違えたら死ぬような場所に、子供を送っていいわけないだろう。たとえよその子供でも、危険な目に合うと分かってて、自分だけノホホンとしてるわけにいかんだろう!」
「ヒロシさんは過保護ニュ。信じて待つことが必要な時だってあるニュ」
「それで、子供たちを見殺しにしろって言うのか?」
「そんなことは言ってないニュ。だけど、何もかも自分一人で引き受けようとするのは、ヒロシさん自身のためにもならないニュ。仲間とたすけ合うことが、一番大切なんだニュ」
「それはそうかもしれないが……。でもやっぱり、次にメタミートが出たときは、必ずオレも呼び出せ。いいな」
「分かったニュ。心配かけてゴメンニュ」
そう言うと、ポンニュの姿が消えた。
私は残った料理にラップをかけ直して冷蔵庫にしまい、代わりにもう一本、発泡酒を取り出した。いつも「平日の夜は一本だけ」と決めているのだが、今夜は飲まないと眠れそうになかった。
なお、翌朝、妻に「昨日の夜、誰かと電話でもしてたの? 何か、話し声がしてたけど……。ミサが起きちゃうから、ちょっと気をつけてね」と問いただされたうえ、二本目の発泡酒の空き缶が見つかり、「平日はお酒、一本だけっていう約束でしょ」と説教を受けたことを、ここに付記しておく。




