第4話「絶対に許せない」2
第4話「絶対に許せない」2
「クックック、バーカ。そんなにアッサリ言うこと聞くわけがないでしょう。お前とは、ココが違うんですよ」
プリンはほくそ笑みながら、自分の頭をトントンと指先で叩いた。
ほかのベジーティアたちが救援に来る様子はない。特製の洗脳ガスをたっぷり吸い込んだのだから、当然だった。三人がうまく動けないうちに、たっぷりとガスを追加して吸わせてやろう。そうすれば、たとえベジーティアといえど、思いのままに操ることができるはずだった。
唯一の誤算は、キャロティアだった。なぜか、彼女だけは全くガスの影響を受けていなかった。彼女はこれまでにも、何度か不思議なパワーアップをしている。何か、彼女だけに隠された秘密があるのではないか。アジトに連れて帰って、体を検査してやろう――。
プリンはうつ伏せに倒れたキャロティア――変身解除したいまは、赤坂ほのか――にゆっくりと歩み寄り、制服の襟首をつかむと上体を引き起こした。激痛に顔をゆがませたまま意識を失っているキャロティアの顔を、真正面から覗き込む。
「やっぱり、似てる……」
そうつぶやいた瞬間、キャロティアの目がかっと見開かれた。
「待ってたぜ、クソガキ……」
襟首をつかんでいた手がキャロティアにつかみ返される。ギリギリと音を立てて指が食い込み、プリンは思わず悲鳴を上げていた。
私が腹を刺されて、倒れたときのことだ。
私は確かに意識を失っていた。しかしその間、不思議な夢を見ていた。
それは、妹のリサと遊んでいる夢。赤坂ほのかの記憶だった。
二歳年下のリサはお人形遊びが好きで、いつもお気に入りのうさぎのぬいぐるみを持ち歩いていた。
「お姉ちゃん、おうちごっこ(要は、おままごとだ)しよう」
そう言って、ほのかを遊びに付き合わせるのだ。おうちごっこの主役であるお母さん役をするのは、いつもリサだった。ほのかの役はリサのお姉さんだったり、隣の家のお母さん役だったり、学校の先生役だったりした。
普段は負けず嫌いで、何かにつけてほのかと張り合おうとする。たとえば、朝、起きるのが何分か早かったとか、ご飯を食べる量が少し多かったとか。そのくせ寂しがり屋で、ほのかが小学校の宿題をやっていると、一人で遊ぼうとせずに子供部屋の隅にうずくまって、ずっと宿題が終わるのを待っているような子だった。
ときどきケンカもするけど、仲のいい姉妹。そこに広がっていたのは、絵に描いたような幸せな家庭のイメージだった。
しかし、夢は突然、暗転する。
交通事故で、母親とリサが命を落としたのだ。
楽しいドライブが、一瞬で惨劇へと変貌する。耳に突き刺さる急ブレーキの音。ガラスが砕け、金属や強化プラスチックの部品が壊れるグシャッという音。回転する世界。隣に座っていたリサの体が、シートベルトからすっぽ抜けて飛んでいく。両親の悲鳴。四方八方から押し寄せてくる激痛。そして――一瞬だけ聞こえた、動物か何かの雄叫び。
そこで意識が途切れ、次に浮かんできた場面は告別式だった。
花に囲まれて並ぶ、まだ若い母親と、リサの小さな遺影。
ほのかを抱きしめて号泣する祖父母や親戚たち。
そして、新しく始まった祖父母の家での生活。
悲しみと寂しさに押しつぶされそうになっていた日に、見た夢。そこには、母とリサが手をつないでほほ笑んで立っていた。
「ほのか、寂しい思いをさせてごめんね。姿は見えなくなっちゃったけど、お母さんはいつも、ほのかの近くにいるからね」
「お姉ちゃん、この子あげる。あたしの代わりに大事にしてあげて」
母はペンダント型のお守りを、リサはうさぎのぬいぐるみを手渡した。
「お母さん! リサ!」
ほのかを抱きしめる、母とリサの腕の温もり。
泣きながら目を覚ましたほのかは、就寝前にはなかったはずのペンダントとうさぎのぬいぐるみが、枕もとに置いてあるのを見つけたのだった。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ」
耳元でリサの声――ミサの声にそっくりだった――が聞こえた瞬間、腹の傷口が光に包まれた。刺さったままだったナイフが消失し、痛みも治まる。
「ママもあたしも、お姉ちゃんをずっと守ってる。心配しないで」
「――ありがとう、『リサ』ちゃん」
私はうつ伏せに倒れ、意識を失っているふりを続けたまま、リサにお礼を言った。
「クックック、バーカ。そんなにアッサリ言うこと聞くわけがないでしょう。お前とは、ココが違うんですよ」
笑いながらプリンが近づいてくる。制服の襟首をつかまれ、私の上半身が引き起こされた。
「やっぱり、似てる……」
その瞬間を、私は狙い澄ましていた。目を開き、プリンの腕を捕まえる。
「待ってたぜ、クソガキ……」
力任せに腕をつかみ、ギリギリと指を食い込ませる。痛みと驚きでプリンが悲鳴を上げるが、私は構わず腕に力を入れ続け、制服の襟首からプリンの腕を引き離した。
「周りの子供たちを巻き込みたくないからな。『飛ぶ』のは得意だろう?」
私は、ニヤリと笑って言う。
「な、何をするつもりだ!」
「こうするんだよっ!」
プリンの腕をつかんだまま、野球のボールでも投げるようにブン投げる。民家の屋根を超えて、プリンの体が空へ吸い込まれていく。呆然として動けずにいる子供たちを一瞥し、私は跳躍した。民家の屋根を踏み、飛び上がったところで、
「衝撃炸裂!」
自分の後方、何もない空間に向かって魔法発動。背中に伝わる衝撃波で一気に加速し、プリンの後を追う。超スピードを維持したまま空中でプリンに追いつくと、私は左手でプリンの襟首を捕まえ、みぞおちを狙って右拳を何度も叩き込んだ。プリンは殴られるたび、「ぐむっ!」とくぐもった声をもらす。
「そぉらっ!」
ちょうど眼下に無人の空き地が見えたので、そこを狙ってとどめのかかと落としをブチ込み、叩き落とす。地面に叩きつけられたプリンの横に、私はフワリと着地した。
「……この前のコレスは生理的に気持ち悪くて嫌だったけど、お前のやったことは、いろんな意味で絶対に許せない。ここで決着つけてあげるわ」
私はキャロットソードを振り上げようとして、ようやく手に何も持っていないことを思い出した。それどころか、私はもっと重要なことを思い出した。自分が変身を解除して、ただの女子中学生の姿に戻ったままだということを。
生身の女子中学生のまま空を飛び、魔法を使い、敵幹部を叩きのめしてしまった。
「あっちゃー、やっちまった……。マズいな。これって、ポンニュの言ってた『魔法少女にふさわしくない言動』に該当するんだろうか?」
今さら、冷や汗がにじんできた。変身しなおそうにも、ニンジンのアクセサリー、即ちキャロットソードはさっき投げ捨てている。もはや、フォローしようがない。
「困ったな……」
ポリポリと右頬を人さし指の先でかきながら、対応を考える。早くしないと、プリン・タイが起き上がってしまう。
「よし、とりあえず何かで縛り上げて連れて帰るか。敵の事情をいろいろ聞き出して――」
そんなことを考え、ロープかヒモのようなものでも探そうと周囲を見回した瞬間だった。
「オレ自身はプリンがどうなろうと知ったこっちゃないんだけど、連れて行かれるってのは、いろいろマズいんだよネー」
チャラいしゃべり方と、妙に気取ったポーズ。
(お前はいちいちポーズを決めないと、しゃべれないのか?)
思わずツッコミを入れてしまう。敵幹部の一人、ハイブラッド・グルコースが、すぐ近くの電柱の上に立っていた。
「ったく、プリン、いつまでも寝てんじゃねーよ。ガキ抱っこして帰るなんざ、オレの趣味じゃねーんだよ」
ブツブツとぼやきながら電柱から飛び降り、気絶したままのプリンに歩み寄る。
「行かせると思う?」
キャロットソードがないため、私は素手のまま、ファイティングポーズを取った。隙を見せれば、容赦なく叩きのめすつもりだ。
「うっせぇ。女子が意地張んな」
「……」
私が返す言葉に詰まっているうちに、ハイブラッドはプリンの襟首をつかむと、易々と体を持ち上げた。
「言っとくけどさ、オレ――」
一瞬の間。その双眸が獰猛に輝く。
「――強いぜ」
「……っ!」
全身から放たれた殺気に、私は言葉を失った。
(態度はフザけたヤツだけど……こいつ、間違いなく強い! 幹部やってるのは伊達じゃない!)
「キャロティア。ベジーティアの中で、お前だけはちょっと別格だ。だから、こんなガキ回収のついでじゃなくて、きちんとした場で勝負したい。いいな」
ニィ……と笑った口元から、鋭い牙がのぞく。
「あ、そうそう。『ハイブラッド・グルコース』って長いだろ? 今度からハイブでいいぜ」
そう言い残すと、ハイブは手を振りながら姿を消した。
完全に気配がなくなったのを確かめてから、私は大きくため息をついた。額から、脇の下から、背中から、どっと冷や汗が噴き出す。
「怖かった……」
そうつぶやき、ペタリと地面に座り込んだ。膝からも腰からも力が抜けて、立っていられなかった。
「キャロティア、ようやく見つけたニュ!」
ポンニュが、その小さい体には不釣り合いなほど大きく見えるキャロットソードを抱え、フラフラと飛んできた。
「キャロットソード捨てて、変身解除したまま飛ぶベジーティアなんて前代未聞ニュ! 無茶苦茶ニュ!」
「そんなこと言ったって、仕方ないだろ、っと、じゃない、仕方ないじゃないの! 人質取られちゃってたんだから!」
ポンニュの小言に、オネエ言葉で言い返す。ほどなく、複数の足音が聞こえ、三人の仲間が駆け寄ってきた。
「キャロちゃん!」
「キャロティア!」
「無事だったのね!」
「変身してなかったのに魔法使えたんだって!?」
「っていうか、あのガスを吸ったのにどうして無事だったの!?」
「プリンはどこへ行ったんですか!?」
三人から立て続けに質問を浴びせられ、
「す、ストーップ! ストップ、みんな! ちょっと待って! 私もまだワケ分かんないのに、あれこれ言われても困っちゃうから!」
そう言いながら、ポンニュに脳内で助けを求める。
(っていうか、ポンニュ! オレの役目は戦闘シーンだけのはずだろ! 敵は消えたんだから早く帰らせろ!)
(ゴメンなさい、ヒロシさん、まだマジックゲートが開かないニュ。もうちょっとだけ待っててほしいニュ。それより、これ、早く受け取ってほしいニュ……)
言われて、まだポンニュがキャロットソードを抱えたままだったことに気づき、
(ああ、悪い悪い)
何の気なしに受け取った瞬間、目の前で光が弾けた。
「おわっ、なんだコレ!」
驚きのあまり、思わず素のしゃべり方で叫んでしまう。キャロットソードがオレンジ色――ニンジン色と言うべきだろうか――の強烈な光を放ち、視界が失われたのだ。数秒後、光が収まったとき、
「……キャロちゃん、服が……」
パンプティアに言われて、自分の衣装が中学校の制服から、キャロティアの衣装に変わっていることに気づいた。しかし、あちこちにフリルやリボンをあしらったワンピースのような衣装ではない。赤を基調にしているのは変わらないが、フリルやリボンは翼をモチーフにした装飾に変わり、衣装自体も全体的にスリムな流線形のデザインになっている。
「ベジーティア2nd、飛翔形態ニュ……。この衣装に変身したら、スピードが上がって、空も飛べるようになるニュ……。だけど、こんなに早く変身できるようになるはずないニュ……」
呆然とつぶやくポンニュ。もう、収拾がつかない。
こんなとき、昔ながらのアニメ的展開であれば、主人公はこうしていた。
私は空を仰いで大きく息を吸い込み、
「んもーっ、どうなってんのよぉぉぉぉぉっ!」
腹の底から叫んだ。
……多分、これで次のシーンに切り替わり、「ワケの分からない状況」は「次回以降の伏線」として処理されるはずだ。
しっちゃかめっちゃかの状況のまま、私はポンニュがようやく開いたマジックゲートを抜けて現実世界へ戻ってきた。
無人の小会議室。ドア越しに、若いスタッフたちがどこの店に飲みに行くか、楽しそうに話しているのが聞こえる。
(やれやれ……。とりあえず、無事に帰ってきたな)
(ヒロシさん、今回もご協力ありがとうニュ)
(……オレが言うのもおかしな話だけど、あの状況で帰ってきてよかったのか?)
あの状況。すなわち、
・キャロティアだけが、子供に効果を発揮するはずのガスに無反応。
・キャロティアだけが、変身解除したまま魔法を使い、超パワーで敵幹部を圧倒。
・キャロティアだけが、わずか三回の戦闘で「ベジージェム」と「飛翔形態」のコスチュームを獲得。
それらすべての説明を一切合財ブン投げたまま、私は「こちらの世界」に帰ってきたのだ。
(ほかの三人には、ボクから話しておくニュ。ベジージェムとコスチュームについては、ヒロシさんにまた今度説明するニュ。今日はこれ以上、ヒロシさんにできることはないニュ。しばらくゆっくり休んでくださいニュ)
(ああ、そうさせてもらう)
私は深く考えることもなく、ポンニュの言葉にうなずいた。
帰ったら、まず風呂。それから冷たいビール。そのことで頭がいっぱいになっていた。
ポンニュの「説明」を後回しにしてしまったことを、後日、ひどく悔やむことになるなど、知る由もなかった。




