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 フィーはまず部隊を二手に分けた。

 こっちについて来てくれた東の宿舎の二人に、詰所の方まで救助を呼んでくれるように頼む。


「二人はこの道をもどって、この件を詰所に伝えてくれない?」


 正直、あんな戦力に対するには、フィーたち11人では足りなすぎる。一刻でも早く救援を呼びたかった。

 同じ宿舎で仲が良い二人なら、人員を分けるのに適任だと思う。


「ああ、任せてくれ」


 すぐに話を理解した二人は、すぐさま詰所への道を走り出す。

 それを見送ると、残ったメンバーへと顔を向けた。


「僕たちは村へ戻ろう。絶対に見つからないように注意して。周囲への索敵も忘れずに」


 その指示にまわりのメンバーが頷く。

 はやく戻りたいのは山々だが、自分たちが見つかったら終わりだ。


 もどかしい気持ちを抑えて、道を迂回しながら村を目指した。


 例の村が見えたのは、あの鎧で武装した集団がちょうど村の前に着いたころだった。


(くっ……やっぱり間に合わなかった……)


 できれば先に村に入って、コニャックたちを助け出したかった。

 でも、フィーは自分の心に落ち着くように命じた。まだコニャックたちは死んでない。


 絶望感が混じり始めた少年たちの顔を見回し、はげますように声をかけた。


「落ち着いて様子を見よう。まだ助けられないと決まったわけじゃない。僕たちが焦ったら、たとえそのチャンスがあったとしてもふいになる」


 気休めかもしれない。

 あの戦力だ。相手が殺そうと思えば、一瞬でそうなる。

 そのときは無理だと分かっていても戦って一縷の望みにかけるのか、それとも冷酷に見捨てるべきなのか。

 フィーはどちらを選ぶべき答えが分かっていながら、決心はつかなかった。


 今はとりあえず近くの茂みに身を隠し、村の様子を眺める。


 村の中央に縛られたコニャックたちがいた。どうやら兵たちと戦う前に、村人たちによって拘束されたらしい。たぶん、歓迎するふりをして不意をつかれたのだろう。


 ちょっとほっとする。下手に戦闘になるよりは、こっちの方が生存率は高いはずだった。

 状況が圧倒的に悪いことには変わりないが――。


 村人たちは手作りの太い棒のような武器を持ち、コニャックたちを見張っている。

 そこに、あの一団がやってきた。


 先頭に立つ男。その男だけが軽装の鎧を着ている。

 こけた頬に無精ひげを生やし、眼窩が窪んだ、どこか動物のハイエナを連想させる男だった。あの全身甲冑の兵たちを従えてることから、あの兵団のリーダーだと分かる。


 男が近づいてくると、あの村長が手をもみながら、機嫌を伺うように話しかける。


「ゲリュスさま、この通り見習い騎士たちは私たちで拘束しておきました。あなた様の手をわずらわせるまでもありませんでした」


 ゲリュスと呼ばれた男は、村長の媚びへつらいにろくに反応もせず、見習い騎士たちの近くにやってきて、眉をひそめ、指をさしてその数をかぞえだした。


「ひー、ふー、みー……や……。おいっ、数が足んねぇぞ。情報では見習い騎士は21人いるはずだ」

「は、はい。それでしたら、私たちが止めるのも聞かずに村をでていってしまいました」

「あぁ!? そんな状況でなんでこいつらだけ捕まえてんだ?」


 その報告にゲリュスは顔を歪める。

 胸倉を掴まれた村長が「ひぃ」と悲鳴をあげた。


「こっちはガキどもが村に入って油断したところで、一気に全員を捕まえるつもりできてんだよ。ガキどもが見回り中、いきなりどこかで行方不明になったって感じでな」

「はい……」

「なのに、このガキどもが消えて、もう一方が報告に戻れば、ガキどもが消える前の状況や場所まで分かっちまうだろうが。もう同じ作戦は使えねぇ。なのに一度捕まえちまってるから、作戦の中止もできねぇ。よりによって、一番面倒な状況にしやがって、このゴミクズが」

「す、すいません。考えが至りませんでした……」


 村長が真っ青な顔をして謝る。 

 ゲリュスは村長を地面に放り出すと、拘束されたコニャックへと顔を向ける。


 誰も騒ぎ立てるものはいなかった。彼ら自身も感じてるのだろう。やばい事態だと。


「おい、戻った奴らはどこいった?」


 ゲリュスは縛られたコニャックを見下ろし、質問する。


「……見回りを再開してあっちのルートにいった」


 コニャックの答えは嘘だった。

 フィーは見回りルートをもどっていったのだ。ちょうど、逆の道をしめす。


「嘘です! あっちの方に歩いていきました!」


 点数稼ぎなのだろう、すぐさま村長が訂正に入る。

 次の瞬間、コニャックを容赦のない蹴りが襲った。


「げほっ、ぐほっ……」


 お腹への手加減なしの一撃に、コニャックが嘔吐しながら咳き込む。

 それを見たフィーの手にぎゅっと力がこもった。


「おいおい、あんまり反抗的な態度を取るなよ? 人質ってことだから生かしておいてやってるが、あんまり反抗的だと、そのまま殺しちまうぞ? 暗黒領に帰ったらお前らは俺たちの下で奴隷として働くんだ。素直に従っといたほうが得だぜ」


 苦しみのたうつコニャックを、笑って見下ろしたあと、ゲリュスは兵たちに指示をだした。


「おい、残りのガキを捕まえにいくぞ。今なら、まだ遠くにはいってねぇだろ」


 そういってゲリュスはぞろぞろと兵を引き連れ、村から姿を消す。


 フィーは言った。


「行こう」


 まだ戸惑いの残る少年たちの顔を見て言う。


「コニャックたちを助けるなら今しかない」


 奴らは兵を残さずに村をでた。森の捜索に人手がいるのもあるのだろうが、きっと油断している。

 こちらがすでに相手の存在に気づいてるケースにまだ思い至ってないのだろう。


 ここがたぶん最初で最後のチャンスだった。

 フィーの言葉に少年たちの覚悟も決まった。


 茂みから飛び出し、見習い騎士たちはすばやく、村の中央に向かう。


「なっ、お前たちは……!?」


 村人がフィーたちを見て、あわてて棒を構えた。

 フィーは剣を抜いて、気色ばんだ表情で告げる。


「抵抗しないでください。じゃないと、あなたたちを斬らないといけない」


 殺したくはなかった。自分たちを陥れたとはいえ、相手は野盗や敵兵ではない。普通にこの地方で暮らしてた村人だ。

 きっとあの男の口車に乗せられてるだけ。


 まだフィーは人を殺す覚悟をもててなかった。騎士としては情けない話だけれど、クロウたちの優しさに甘えている状態だ。

 それでもこの状況で、もし向かってくるのなら、コニャックたちを助けるために斬らざるを得ない。


 できるできないではない。やるしかなくなるのだ。


 他の見習い騎士たちも剣を抜き、村人たちへと向けた。

 剣を握る手が汗ばんだ。


 少年たちの危うい本気を感じ取り、彼らは後ずさりしながら引いていく。

 心の中でほっとする。


 でもそれは見せないようにして、油断なく村人たちを見ながら、コニャックたちの縄を解いていく。


「大丈夫? コニャック」

「お前たち……」


 助けにきたフィーたちを見て、コニャックは呆然と呟く。

 フィーはコニャックが何か言おうとしたのを遮って言った。


「今はとにかく逃げよう」

「あっ、ああ……」


 その言葉にコニャックがうなずき、縄を解かれた少年たちも一緒に村をでるために走り出す。

 そんな彼らの視界に、村の男が1人、村の外へ走っていくのが見えた。


「あいつらに知らせに行く気だ! どうする!?」


 フィーはそれに一度くちびる噛んで、悲しそうな声で答える。


「放っておこう。仕方ないよ。拘束してもこの状況じゃ効果が薄い。だからって、さすがに後ろから斬りつける勇気はないもん……。それに逃げたのがばれるのを防ぐなら、この村にいる人たち全員を殺さないといけないかもしれない……。そんなの無理でしょ? 今のうちに逃げて身を隠すのが、たぶんベストだよ……」


 フィーたちとしては、ここで村人たちをどうにかしてしまうことが、一番安全な道だった。

 でも、報告にいった人間を1人拘束しても無意味だった。別の誰かに縄を解かれてしまうかもしれない、他の人間がまた新たに走るかもしれない。かといって、村人全員を拘束するようなリソースはフィーたちにはない。

 何時あいつらがもどってくるかわからない。村人たちにも数が劣る。そもそもこの村の人間が何人かも分かってないのだ。確実に全員を拘束するなんて不可能だった。


 たぶん止めるなら、殺すしかないのだと思う。脅しになるし、時間の消耗もすくない。


 でもそれは無理だった。フィーたちには無理だった。


(なんでこんな目に……)


 守るべきはずだった村人たちに追い込まれる状況に、少年たちは悲しい気持ちになる。


 でも、足は止めなかった。


 それはそれと割り切って、今の状況でベストを尽くすしかない。

 とにかく、今はあの男たちが戻ってくる前に、距離を稼がなければならない。



***



 慌てて走ってきた村の男に呼び戻され村にもどってきたときには、一度は捕まえたはずの見習い騎士たちの姿さえなかった。


「お~い、これはどういうことだぁ?」


 ゲリュスの口調は軽かったが、声には不穏な響きがあった。


「そ、それがゲリュスさまが出て行ったあと、見習い騎士たちがやってきたんです。私たちも抵抗したのですが剣で脅されたんです、仕方なく……」

「ちっ、どんどん面倒なことになっていきやがる」


 村長の報告にゲリュスは顔を歪める。


「逃げた方向が分かってる。追い込めば捕まえられるか? それとも待ち伏せでもするか」


 フィーたちが逃げた方向や時間を聞きながら、次の一手を考えはじめた。


「あ、あの……」


 そんなゲリュスに、村長が話しかけた。腰を低くして相手の機嫌をうかがうような仕草だ。


「あぁ? なんだ?」

「私どもはお約束していただいた報酬は……いただけるのでしょうか……」

「はぁ?」


 その顔にいじましい笑みを浮かべ、ゲリュスの機嫌を損ねることを恐れてる風ながらも、本人にとってそれは相当に大切なことらしい。この状況で、ゲリュスに訊ねていく。


「は、話によると成功しても失敗しても協力すればいただけるという話でした。もちろん、こんな状況になってしまったわけですから、全額とはいいません。で、ですが、私どもも国の見習い騎士たちを嵌めたわけですから、ここでは暮らしていけなくなります。お話によれば、別の国で豊かに暮らしていけるだけのお金をいただけるとのことでした……7割……いえ、半額程度でもいただけたらと……」


 ゲリュスが村長をじっと見る。肩まで腕を上げ、手を二度ほど上下させる謎の仕草をしたあと、そのハイエナのような顔に笑みをうかべて言った。


「安心しな。ちゃんと払ってやるよ」

「ほ、本当ですか!?」


 村長の顔に喜色が浮かぶ。


「ああ、受けとりな」


 次の瞬間、ゲリョスが剣を抜き放ち、村長の腹に突き刺す。

 腹を貫通した剣が背中から抜け出し、そこから血が漏れ出す。


 村長は何が起こったのかわからない、そんな顔で言った。


「な、何を……」


 その口から血が溢れていく。

 ゲリュスはそれを見て笑い、おまけというように剣でぐりぐりと内臓をかき回しながら、村長に言った。


「高いんだぜ~、この剣。いい報酬だろ? 受けとれよ。まあ冥土にはもってけねぇからすぐに返してもらうけどよ」

「や、やくそくが……」


 その言葉にゲリュスは、完全に相手をゴミとしか思ってない見下した笑みを浮かべ、死にかけの村長に言った。


「はぁ? 貴族の出身のこの俺がなんでお前みたいなゴミどもとの約束を守らなきゃならねぇんだ。もとから、お前らとの約束なんて守る気はねぇよ。全部終わったら、同じように山賊の仕業にみせかけて殺すつもりだったさ。経費削減ってやつだ。かしこいだろぉ?」


 その言葉を呆然と聞きながら、村長は地面に倒れ、息を引き取った。


「ひぃ!」

「そ、村長」


 いまさらながらその光景をみていた村人たちに、パニックが起こる。


「ひっ、まって、やめてっ、うぎゃああっ」

「助けて、許して、あああぁぁあああああああ!?」


 その村人たちも近くにいた兵士に斬り殺されていく。


「うわあああぁぁぁ! 逃げろぉ!」


 何人かの村人が、走って村から逃げようとする。

 しかし、いつの間にか村は兵士たちに包囲されていた。村からでられる場所すべてが、兵士たちによってふさがれている。

 逃げようとした村人たちは、その兵士たちによって殺された。


 逃げ場を失った村人たちは、村の中で震えるしかない。

 そんな村人を、兵士たちが次々に気まぐれになで斬りにしていく。


 そんな村人たちの死にゆく光景を見ながら、ゲリュスは楽しそうに笑う。


「はっはっは、殺せ殺せ~! じゃんじゃん殺せー!」


 家の中にも兵士が入っていき、何個もの悲鳴がその中から聞こえてきた。


 そして数分の間もなく、村は静かになっていった。


 あるのは大量の血だまりが、風に揺れるかすかな音だけ。


 そんな光景にゲリュスはストレス解消できてすっきりした満足げな表情する。


「さて、バカな羊どもの処分は終わったことだし、逃げた子狐どもを捕まえるぞ」


 フィーたちの逃げた森を見て、舌なめずりをしながら言った。


「さぁ、狩りの時間だ」


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[一言] 村の人達わりとアホなことを…!
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