133 入院
病室のベッドの中にフィーは横たわっていた。
目を閉じ、いまだ意識は戻らない。ただ呼吸は弱々しくもしていた。
病室の外ではロイとクロウが立っていた。
クロウの表情は暗いが、それはロイも同じだった。目に見えて暗い表情をしている。
「すまない……、みんながようやく突き止めてくれたのに、手がかりになるはずの人間を殺してしまった……」
ロイはそう謝ったが、長年一緒にいたクロウは、暗い表情の理由が手がかりを失っただけでないことは分かっていた。ヒースが重傷を負ったことは、かなり大きな要因だろう。
「いや、ヒースが助かって良かったよ……」
クロウは友人を傷つけないようにそう答えた。
病院のまわりを囲う木の上に女が立っている。そこはフィーの病室がちょうど見える位置だった。
女の背はすらりと高く男性並みにある。その体は細く引き締まっていて、黒い衣装と合わせて黒豹を連想させる。その顔だちは綺麗だが、顔の下半分は黒い布に覆われていて見えなかった。艶やかな黒髪は長く、それが夜風に揺れていた。
その女が立つ木の上に、1人の男が静かに降り立った。
「カイン」
静かな声で女は彼の名前を呟く。その表情は冷静で、冷然としているほどだった。
対してカインの声は、珍しく感情を露にしていた。
「なぜだ、ネーナ!」
「声が大きいわ、カイン」
感情にとらわれたカインを、冷静な表情でネーナは指摘する。二人は実のところ、普通の人間なら幼馴染ともいうべき間柄だった。同じ草だった両親のもとに生まれ、一緒に修行をしたこともある。
ネーナにそう指摘されても、カインは止まらなかった。
ネーナに詰めよりその肩を掴んで彼女を問い詰める。
「見ていたはずだ!あの子がレコンに襲われるところを。なのに……なのになんでっ!」
ネーナの肩を掴んだカインの手に力がこもる。感情を乱し加減など考えられてないはずで、いくら草でも相当に痛いはずだが、ネーナは顔色ひとつ変えることはなかった。
「ええ、見てたわ」
「見てたなら―――」
「でも、任務は監視でしょ?」
その言葉にカインは信じられないように目を見開く。
それから掠れた声で小さく怒鳴った。
「じゃあ、お前はあの子が命を失っても、そのまま見ていたっていうのか!」
数日前からカインは別の任務を命じられ、監視役をネーナに変わってもらっていたのだ。彼女ならフィーを任せても安心だと思っていた。
なのに帰ってきたとき聞いたのは、フィーがレコンに襲われ殺されかけ、現在意識が戻らないという事実だった。
動揺したカインはネーナを責めてしまう。どんなときでも感情を抑えるのが草なのに、そこにはカインの人間性が露になっていた。
そんなカインにネーナは何も変わらぬ冷然とした表情で言い切った。
「ええ、そうよ。それが草でしょう」
そう呟いたネーナの瞳は冷たかった。あのとき陛下を見ていたように。
その答えにカインの表情が固まる。
ネーナの肩を強く掴んでいた手が徐々に緩んでいく。そんなカインの手をネーナはそっと握った。
「カイン、間違ってるのはあなたよ」
力を失ったカインの手は、ネーナの手をすり抜け、だらりと宙にぶらさがった。そのままの姿勢でカインは俯き佇み、ただ沈黙した。
「私は次の任務にいくわ」
「…………」
沈黙したカインを見て、ネーナはすれ違うように別の木に体を移す。なのにすぐには行かず、俯くカインの顔を背中ごしにじーーっと見つめた。
「じゃあね、カイン」
そして数秒後、夜風に長い髪を揺らし、闇の中に姿を消していった。
フィーが眠る病室の扉が開き、白衣姿の女が姿をあらわす。医術院に勤めているエリザベッタだった。
エリザベッタは病室の前にずっと立ちっぱなしだった、ロイとクロウに検査の結果を報告する。
「陛下、ヒースの検査が終わりました。幸い首の骨に捻挫や骨折などはありませんでした。呼吸も徐々にですが戻ってきていますし、体の反応もあります。きっと意識も戻るでしょう」
それを聞いてロイもクロウも、ほっとした顔をした。
しかし、エリザベッタの報告はそれで終わらなかった。
「それからもうひとつ報告しなければならいことがあるかもしれません。陛下、あの子は見習い騎士だとおっしゃられてましたよね」
「ああ、見習い騎士として第18騎士隊に入ってもらった。将来有望な少年だ」
その答えを聞いたエリザベッタは少し瞑目し、それから目を開けてロイの顔を見て言った。
「陛下、あの子は女の子です」




