78_玩具の宿命、ですです
世にも少女な顔を意識して、俺は辺りに花を咲かせ、ステップを踏んだ。それはクラシックのように、綺羅びやかに舞い踊る。
マリードールは俺の咄嗟の行動に驚き、何も言えなくなる。そしてその表情には、僅かに焦りの色が見えた。
……ふっ、そうだろうそうだろう。マリードールとは、つまるところ人形の魔物だ。人形だと分かっているなら、彼女が恐怖を覚える事など一つしかない。
「マリー!! マリー!! 大変よ。お庭に見たことのない、男の人が居るわ」
俺は裏声でどうにか少女らしい、可愛らしい声を作り(俺的及第点)、マリードールの手を取った。マリードールは、俺の目を見て切なげな表情を浮かべる。
瞳にも星を咲かせ、おれはぱあ、と笑顔になった。
「行かなきゃ!! とっても素敵な男の人よ!!」
マリードールは俺の手を握り、迷いを振り切って手を握った。俺はラララ、と歌いながらマリードールをトモゾーの射程範囲外に連れて行く。
トモゾーががくん、と脱力した。
「――私達は、どんな時も二人でした――」
さり気なくテロップを流し、俺はマリードールと踊る。マリードールは微笑み、俺に付いて来る。
そう、俺達はいつも二人だった。
……という、ストーリーである。
「まあ!! どうしましょう、とんでもなくイケメンだわ!! IKEMENよ!!」
「……そうね、アルト。とっても素敵だわ」
「明日は、憧れのぽうしぇ(車名)でお出掛けになってしまったわ!!」
まるで超一般的少女漫画(俺的及第点)のストーリーを描き、マリードールと遊ぶ俺。
そう、これは遊んでいるのだ。
マリードールを人形に見立てて、俺はマリードールと遊んでいる。
人形であるが故の弱点。……それは!!
「ラララぽうしぇ!! ラララぽうしぇ!! ララララッ」
――――どんなおにゃの子もいつかはババアになる!! 作戦だあァッ!!
「――十二歳の春。私はいつしか、棚の上で一人ぼっちになっていたの。お気に入りだったはずのお花の人形も、おままごとセットも、いつしか私の前から消えていった。そして、私は一人」
「や、やめてええぇぇっ――!!」
マリードールは叫ぶ。
どうにか効いているみたいだな。俺は制服(女子高生用)を着ると、虚ろげな眼差しで学習机(がある想定)に手を付いた。
そうして、首を振る。
「駄目だわ。女子力クッキングも女子力現国も、女子力作法も赤点」
ちなみに、女子校想定(脳内妄想)である。
「ねえマリー、私はこれからどうしたらいいの……?」
マリードールは棚の上(マリーの幻覚が作り出したオブジェクト)から見下ろし、乙女チック美少女である俺を見る。俺はマリードールと目を合わせると、寂しげに微笑んだ。
「答えるわけ、ないか……」
「ねえ!! アルト!! 私はいるよ!! 私はここにいるよ!!」
俺はマリードールの言葉を無視し、部屋(最早説明は不要)を出る。
「――どんな時も、私達は一緒でした。朝起きた瞬間から、夜寝るまで、ずっと一緒――……。でも、そんな日にも、別れが訪れてしまったのです」
俺は再び部屋()に入り、笑顔でマリードールを見ると、言った。
「ねえ!! 聞いて、マリー!! 私、実は男の子に告白されちゃったの!! 私が、よ!! 信じられる!?」
マリードールは俺の言葉に、表情を暗くさせた。
「信じられないわ!! 超エキサイティングよ!! しかも彼、あるるるぁ(巻き舌)まぁーにのスーツを着て、プリウス(高級車の名前が出て来なかったため、割と現実的)に乗っているの!! すごくない!? 私、ハートがずっきゅんずっきゅんだわ!!」
そして、棚の上のマリードールを抱きかかえると、俺は何かに気付いた振りをして、マリードールを見詰めた。
「……彼とのデートに、あなたは連れて行けないわよね」
俺はマリードールを捨て、扉を開く。マリードールは叫んだ。
「アルト!! ねえ、また一緒に遊んでよ!! お願い!! もう一度だけでいいから――」
俺は言う。
「――――さよなら、マリー」
「アルトオォォォッ!!」
いつしか、玩具は人間に忘れられる。
それはいついかなる時も、逃れられない宿命だ。
玩具にとっての、人生。
俺もまた――忘れられない出来事を、思い出してしまったな。
あの日、戦隊ヒーローのフィギュアが欲しくて買った魚肉ソーセージの味を、俺達はまだ知らない。
「……な、何が起こったんだ……?」
至極真っ当な呟きを、ケントさんが漏らした。
全ての装備を解いた俺の前に転がっているのは、戦意喪失してピクピクと俺の前で震えているマリードール。そして、コントロールを失って倒れたトモゾーと魔物使い、どこかに逃げて行ったスッゴイデッカイ・ネズミの群れ。
俺は右腕を高らかに掲げ、笑みを浮かべた。
「――あれは、アルト・クニミチの『呪い』」
モンクが頬に汗して、俺を見る。
俺の腕にも、かなり磨きが掛かってきたな。
いや、今回は対象が分かり易くて助かったと思うべきか。
「……くすん……ぐすっ」
マリードールは涙を堪えて、その場で震えていた。……これを放置するのも、ちょっと可哀想だな。
俺はマリードールに手を差し伸べた。
「マリードール、いつかは主人とも別れる時が来る。その時は、お前が死ぬ時じゃない。お前は別の主人の所に行って、また生涯を支えるんだ。それは、大事な仕事なんだぞ」
「別の主人……?」
俺は、ケントさんを指差した。
「それは――彼だ」
瞬間、唐突に使命されたケントさんの、
「――――えええええええっ!?」
驚きの雄叫びが木霊した。




