魔女と軟弱男と箱入り娘 (3)
女風呂とか女子更衣室はこんな感じです。
翌日、魔女はジャンに命令し、大きな鍋に大量にお湯を沸かした。
お湯が沸くと、早々にジャン青年を部屋から追い出した。
「今日は、この部屋は男子禁制だよ。入ったら殺すからね」
と宣言をして、扉を閉めて、やたら頑丈な閂をかけた。
「ほら、あんたは服を脱ぎな!」
「え、え、何するんですか?」
「いいから脱ぐんだよ!」
驚く娘の服を、魔女は手慣れた手つきではぎ取った。ベッドの上で裸にされ呆然としている娘をローブの下から目ざとく観察する。
意外と肉付きは良く栄養状態は良いようだが、その肌は垢で黒ずんでいる。赤い炎症は見られないので、こんなに不衛生にしているにも関わらず、皮膚病には罹っていないようだ。
「最後に風呂に入ったのはいつだい?」
魔女の質問に、所在無げに膝を抱えながら、娘は考え込んだ。
「えっと、うーん……。三ヶ月くらい前、かなぁ?」
「沐浴とか、体をぬぐう事はしているんだろうね?服は?下着はちゃんと毎日清潔なものを使用しているんだろうね?」
娘は困ったように首を横に振る。
「いっちゃあ悪いがね、あんた、体臭が酷いよ!というか、この街の人間みんなどうなっているんだい。垢にまみれてるのに平気な顔して。いいかい。病気ってのは不衛生からくるんだよ!毎日とは言わない。せめて週一で風呂に入り、体は毎日濡れた布で拭くくらいしな!」
しばらくこの家に居候することにした魔女だが、そのためにしなければならない事、それは、娘の体臭を消す事だった。
魔女は知っている。この国の人間のほとんどが「病気は水から感染する」という迷信を信じているため、なかなか風呂に入らず、手や顔を洗うのもろくにしていない事を。
元いた村では「不衛生こそが病気を招くのだ」と二十年かけて啓蒙し続けて、ようやく村人が三日に一度は風呂に入るようになった。
その努力の末の、人々の体臭に辟易しなくても済む環境を、あの惚れ薬を飲んだバカのせいで手放す事になってしまい、こんな旅を余儀なくされて……
「あ、あの……」
娘の声で魔女はふと我に返り、ローブの下から滲み出していた殺気のオーラをしまった。
「まあ、そういう事で、今日はあんたに清潔になってもらうよ!」
そう、高らかに宣言したのだった。
沸かした鍋から湯を盥にいれ、布を浸す。
あつあつのまま軽く絞り、それを娘の顔に押し付けた。そのまま、布がぬるくなるまで顔を温め、そして軽くぬぐう。ふやけた皮脂がぬぐいとられ、二十歳前後の娘特有のきめ細かな白い肌が現れた。肌の白さが黒いまつ毛に彩られた大きな瞳は深い碧色を強調し、温められて血行の良くなった頬と唇は赤く染まり、なんとも艶やかに見える。
同じように、肩、腕、と時間をかけて、娘を磨き上げていく。
ぬぐった後の布は薄汚れ、別に水を貼った盥で洗うと、黒く濁り、魔女は軽く達成感を得た。
「……おばあさんは、どうしてこの街に来たの?」
娘はうつぶせに寝転び、背中をぬぐわれながら、魔女に訪ねた。温かい布でぬぐわれるのが相当気持ち良いようで、その声はとろんとしている。
「いろいろ、理由があってね」
魔女は面倒くさそうに答えた。
「……おばあさんは、薬屋さんなんでしょ?薬の本とか持ってる?」
「全部、前の家に置いて来てしまったよ」
「そう。残念」
「お前さん、薬の本なんか読みたいのかい?」
魔女は意外そうに尋ねた。
「ええ。私、文字を読むのが好きなの。ほら、部屋の隅にね、お父さんに買ってもらった本があるのよ。たった2冊だけど、宝物なの」
魔女は部屋の隅に視線を移した。小さな棚の上に、レースの刺繍を施した布に包まれてその本はあった。
「一つは、法律の本。もう一つは、神話なの」
「随分と高尚な趣味だね」
「それしか安く売ってなかったみたい。お金持ちのおうちのお引っ越しの時に安く譲っていただいたんですって」
娘はうつぶせのまま、むき出しの肩を器用にすくませた。
「小さい時に死んじゃったお母さんから、字をならったの。知っていて損はないからって。でも、本って高いし、食べ物とかの方が優先だから……なかなか……買ってもらえなくて……」
娘はあまりの気持ち良さに、寝息を立て始めていた。
「ちょっと。寝るんじゃないよ。まだ前が終わっていないんだからね!誰があんたの体をひっくり返すと思ってるんだい!」
むき出しの尻をぺちぺちと叩いてみたが、娘は起きなかった。
仕方がなく、魔女は娘の裸体をひっくり返し仰向けにさせると、黙々と体を拭く作業に入った。
お時間を割いて最後まで読んで下さり、ありがとうございました。