第一話 昔昔じゃない話
不死と書いて、しなず、と読みます。
人生二度目の連載小説。(なるべく)隔日連載でお送りします!
「兄ちゃーん!今日もあのお話してよ!」
小さな子供たちが、何人もこちらに駆けてくる。
もう何度もした話だというのに、よくも飽きないなと思う。
……まぁ、こんな田舎の小さな村じゃ、おとぎ話とて立派な娯楽なんだろう。
「ようしわかった。静かにして、よく聞けよ。ちびっこども」
子供たちはさっと座り、はぁいと、元気に返事をする。
そして俺は、今日も同じ話をする。
「それじゃあ始めるぞ。昔昔あるところに——」
遠い昔に実在した、とある魔王と勇者の話を——
昔昔あるところに、とても乱暴な大魔王が居ました。
魔王はとても乱暴者で、とても強い力を持っていました。
ある時魔王は、人間たちの国に攻めてきて、多くの人を傷つけ、泣かせました。
魔王の悪さにほとほと困った人たち。
どうしようかと悩んでいると、ある時、一人の若者が立ち上がりました。
美しい金の髪をした若者は、一振りの剣と少しのお金を持って旅に出ました。
魔王と共に悪さをする魔物たちを倒し、魔王の仲間である魔族を何人も切りました。
旅を続けるにつれて勇者には仲間ができ、そしてとうとう、魔王のいる城へと辿り着きます。
勇者と呼ばれるようになった若者。あるゆる魔術が使える賢者。どんな攻撃にも怯まない戦士。どんな傷も癒す聖女。
四人は魔王の城へと攻め込み、ついに魔王と戦います。
魔王は強力な魔術と不死身の肉体によって勇者たちを追い詰めます。
けれど最後には、勇者が光の女神様から貰った特別な武器、神器によってその力を封じられます。
見事魔王を倒した勇者一行は、英雄として称えられましたとさ。
「——お終い」
俺は、いつも通りの速度、いつも通りの抑揚で、いつも通りの話を終える。
「ほら、ちびっこども、これで満足したか?」
俺が子供たちに訪ねると、「うん!」と、元気な返事が返ってくる。
「『勇者ヤマトの冒険譚』、お前らもずいぶんと気に入ったな」
俺がこの村に来てからはや数年。これでこの話をしたのは何度目だろうか?
百を過ぎたあたりからは数えていない。
「だって面白いんだもん!」
「この村、他に何も無いしね」
子供たちが口々に反応する。それとそこの子。気持ちはわかるが、あまり自分の村をそんな風に言うんじゃない。
そんなことは置いておいて、俺はこの話をした後の鉄板のジョークを口にする。
「そうかそうか、みんなもヤマトの話がそんなに面白いか!」
「…………」
俺がジョークを口にすると、途端に子供たちが黙り込む。
「おい、どうして急に黙るんだよ?」
このジョークを口にすると決まってこうだ。
面白くないのだろうか?
「確かにヤマト兄ちゃんとお話の勇者様は同じ名前だけど」
「勇者様と違って黒髪だし、兄ちゃん魔力なんかないから、絶対に勇者になれないじゃん」
「うぐっ」
子供たちの、純粋故の言葉の刃が胸に刺さる。
確かに、この世界で魔術を使うには魔力が必要だ。
俺の一般人程度の魔力では、最下級の魔術すら使えないだろう。
それでも、言っていいことと悪いことがあると思うのだ。
「お前らなぁ……」
「おーい、ヤマトー!」
俺が少しばかり年上の偉さというものを教えてやろうかとすると、後ろの方で俺を呼ぶ声が聞こえる。
「はいはい……てっ、なんだカインさんか」
俺を呼んだのは、人の良さそうな顔をした、痩せぎすの男性だった。
「悪いが、馬車に荷物を積み込みたくてな。少し手伝ってくれ」
痩せぎすの男性——カインさんが、俺に手を合わせて願う。
「はいはい、どうせこの村は平和だからな。暇な衛兵は雑用でもなんでもするさ」
「まぁそう言うなって」
俺は軽いジョークを言いつつ、カインさんに付いて行く。
先程は文句のようなことを言ったが、数年前に路銀が尽きた旅人である俺を迎え入れてくれただけでなく、必要も無い衛兵として雇ってくれているカインさんの頼みを、俺が断るはずもない。
……まぁ、もしかしたらカインさんもそれをわかって頼んでいるかもしれないが。
この男は人の良さそうな見た目をしていて——実際にそうなのだが、商売人でもあり、それらしい一面を見せる時もある。
「で、荷物はどこに?」
「ああ、いつもの場所に置いてあるから——」
カインさんに運ぶ荷物の説明を受ける。
その時、二人の子供たちがひっそりと話していた。
「俺たち二人で、森の方へ度胸試しに行こうぜ」
一人は村の中でもヤンチャで有名な、ワイルという子供だった。
「で、でも、森は危ないから入っちゃ駄目って、お母さんに言われてるから入っちゃ駄目だよ……」
そしてもう一人は、気の弱いナイブという子供だった。
二人とも、よくあのおとぎ話を聞きにくるから覚えている。
「お前だって勇者様に憧れてるんだろ?これくらいできなくて、勇者になれるのかよ?」
「そ、それは……」
ワイルがナイブを追い詰める。ナイブは反論できそうにない。
「ほら、行こうぜ!」
「あ、ちょっと待ってよ!」
痺れを切らしたワイルがナイブの手を掴み、強引に連れて行く。
子供の足でもかなり素早く、あっという間に見えなくなってしまった。
「——って感じなんだがお願いできるか?」
「あ、はい」
正直カインさんの説明はほとんど聞いていなかったが、見た感じいつもと変わらなさそうなので、大丈夫だろう。
「何か上の空だが、何かあったのか?」
俺の態度を見て、カインさんが訪ねる。
「……いや、なんでもないですよ」
俺は、村の入り口から目を逸らし、荷物の方を見る。
「それにしても」
特に気にする必要がないと思ったのか、カインさんが話題を変える。
「お前のあの、架空のおとぎ話。子供たちに人気だよなぁ」
カインさんが、先程俺が子供たちに聞かせていたおとぎ話に触れる。
「勇者ヤマトなんて聞いたことないけど、よくできているよな。やっぱりそういう話が好きなのか?」
カインさんとは馴染みが深いが、それでもまだ出会って数年だ。話していないこともたくさんある。
だからまだ、カインさんは俺が勇者の話が好きなことは知らない。
「そうですね。勇者の話は俺の大好きな話なんです。……昔っからね」
俺は、荷物を運びながら呟く。
「それと」
そして、忘れてはいけない大事なことを付け加える。
「あの話は、昔昔にあった、本当の話ですよ」
俺は、軽い口調でそう言った。
「ふぅ。こんなものかな」
俺は、最後の荷物を馬車に積み込み、息を整える。
「ありがとう。助かったよ、ヤマト」
カインさんが肩を叩きながら礼を述べる。
「いえいえ、これくらいならいつでもやりますよ」
俺がカインさんといつも通りのやりとりをした、その時だった。
村人の一人がこちらに駆け寄りながら叫ぶ。
「おうい!カインさん、ヤマト!ワイルとナイブがまだ帰ってきていないんだが、何か知らないか!?」
「何だって?」
俺は、駆け寄ってきた村人の言葉を聞いて尋ね返す。
荷物の積み込みを始めた時、すでにお昼を過ぎていた。
そしてすでに日は傾き、空は茜色に染まっている。
それでもまだ帰ってきていないというのなら、何かあった可能性が高い。
「確か二人は、森へ度胸試しへ行くと言っていた。本当にまだ帰ってきていないのか!?」
俺は村人に尋ねる。
俺の言葉を聞き、村人もまた驚く。
「何だって!?それはまずいぞ!最近は魔物が活発になって、森は危ないらしい。もしかしたら二人は……!」
村人が、その先の言葉に詰まる。
今この場にいる全員の頭によぎった最悪の事態。
それを口にすることを憚られたのだ。
魔物——この世界に存在する魔力という不思議な力。それにより進化した、特殊な肉体や力を持つ生き物。
普通の野生動物でも危険だというのに、もしも魔物に襲われれば、子供はひとたまりもないだろう。
「おいヤマト!?」
そこまで考えた時、すでに俺の体は動き出していた。
カインさんが突如動き出した俺を呼び止める。
「俺は二人を連れ戻してきます!カインさんは応援を!」
こんな田舎の村で応援など望めるはずもないが、一応言っておくべきだろう。
そんなことを考えながら、俺は村を出て、森へと入っていった。
鬱蒼と茂る森の中で、二人の子供が肩を寄せ合って息を殺していた。
「はぁ……、はぁ……。あの魔物、もう行ったかな……?」
二人のうちの片方、ワイルが呟く。
森に度胸試しをしに入ったはいいが、道に迷って奥へと入り込み、さらには魔物に出くわして、逃げ回っていた。
「もうやだ……。お家に帰りたい……!」
側で震えていた、ナイブが呻く。元々乗り気でなかった上に、このような目に遭えば、そう言うのも無理はなかった。
だがしかし、その言葉がワイルの逆鱗に触れてしまった。
「う、うるせぇ!ナイブだって結局反対はしなかっただろ!それに、帰りたいのは俺も一緒なんだから、ナヨナヨするんじゃねぇよ!」
「そ、そんな……!」
自分勝手なワイルの態度に、ナイブは困り果てる。
そう言うワイルの足も震えていたが、震えるだけでは何も事態は好転しないと、ワイルは考えていたが故に、ナイブに怒っていた。
「そんなんで勇者様みたいに……、どうしたんだよナイブ。俺そんなに酷いこと言ったか?」
先程よりも強く震え、腰を抜かしているナイブの姿に、ワイルは首を傾げる。
「う、うし、後ろ……!」
声や体を震わせながら、ナイブはワイルの背後を指差す。
「後ろ……?」
そう言われてワイルは後ろに振り向く。
するとそこには、頭から角を生やした狼が複数頭待ち構えていた。
「さ、さっきの魔物!」
ワイルは叫ぶ。間違えるはずも無い。先程襲われかけ、ついさっきまで息を殺して隠れていた相手。
フォレストウルフと呼ばれる魔物だった。
フォレストウルフは、魔術のような特殊な力を使えるわけではない。
ただ単純に、普通の狼よりも体が大きく、力が強く、生命力が高かった。
そしてそれらの特徴は、小さな子供二人を殺すのに、十分すぎるものだった。
「ぐるるる……」
フォレストウルフが、唸りながらワイルとナイブに近づいていく。
「く、来るな……。来るなよぉ……」
二人はゆっくりと後退るが、逃げ切れる気配は微塵も無かった。
そしてとうとう、フォレストウルフの群れのうち、先頭にいた三頭が、二人を食い殺そうと襲いかかる。
「ひっ……!」
もう駄目だ。二人がそう思った。その瞬間だった。
黒い影が、二人とフォレストウルフの間に滑り込む。
「お前たち、無事か?」
俺はフォレストウルフに噛みつかれながら、二人にそう問いかけた。
「ヤマト兄ちゃん……!」
ナイブが俺を認識したことで、安堵の表情を浮かべる。
だがしかし、次の瞬間には顔を青ざめさせる。
「体、大丈夫なの!?魔物に噛みつかれて……!」
今の俺は、左腕と、右の脇腹、そして右足に噛みつかれている。
当然、噛みつかれた場所からは、血が噴き出している。
「ああ、お前たちが心配することじゃない。大丈夫だ」
「ぐるうっ!」
狩りを邪魔されたことを認識したフォレストウルフは、ひとまず距離をとる。
そして、改めて新たな餌を認識する。
「ど、どうしよう兄ちゃん……!いくらなんでも、兄ちゃん一人じゃ無理だよ……!」
敵はフォレストウルフが約十頭。確かに、魔術の一つも使えない俺では、二人を守りながらは少し厳しいだろう。
しかしそれは、今の俺ならば、だ。
「二人とも、今から起こることはみんなには秘密だぞ」
俺はそう言って、一歩前へ出る。
「あれ?傷は……?」
その時ナイブは、俺の傷がすでに塞がっていることに気づく。
昼間子供たちに語った昔話。それ自体はただの昔話だ。
ただ一点。その昔話は、今も尚続いていることを除けば。
不死の肉体を持つ魔王は、勇者によってその力を封印された。
ならばその後はどうなった?
答えはこうだ。
魔王の不死の力は消えず、今も世界を彷徨っている。
俺は、背中に背負った剣を抜き、加えて、胸の辺りに手を重ねる。
「封印解除、五%」
俺がそう呟くと、俺の胸の辺り、もっと言えば心臓の位置から光が発せられる。
すると次の瞬間、俺の体から魔力が噴き出す。
「さて、お前ら、死ぬ覚悟はできたんだろうな?」
「ぐるぅ!?」
突如として目の前の餌から発せられたプレッシャーに、フォレストウルフたちが怯む。
「お前たちに恨みは無いが、襲ってくる以上、ここで死ね」
そう言って俺は、剣に魔力を込める。
圧縮された俺の魔力は、黒いオーラとなって剣に纏わりつく。
闇のように黒いオーラを、剣を振ると同時に飛ばす。
「【飛行刃】」
高速で飛んだ俺の魔力は、フォレストウルフの群れを一撃で薙ぎ払う。
全てのフォレストウルフは横に真っ二つになり、周囲の木々も切り倒される。
「ふぅ。こんなもんか」
敵がいなくなったことを確認し、俺は再び力を封印する。
そして俺は背後に振り返り、笑顔で二人を安心させるように言う。
「よし、帰るか!」
「ワイル!」「ナイブ!」
村へ戻ると、二人の両親が出迎える。
「森は危ないって言ったでしょ!」
「「ごめんなさい……」」
勝手に子供だけで森へ入ったことを叱られ、二人は縮こまる。
だがしかし、どうにか間に合ってよかった。
あと一歩見つけるのが遅ければ、今頃二人はフォレストウルフの腹の中だっただろう。
「よっ、ヤマト。お手柄だったな」
「カインさん」
俺が二人の無事を噛み締めていると、カインさんが近づいてくる。
「それにしてもお前、よく魔物に襲われていた二人を助けられたな。実は結構戦えるのか?」
今の俺に魔力は無い。少しばかり、死なないだけの、ただの人間だ。
それ故に、カインさんからすれば、俺が子供たちを救えたことが不思議なのだろう。
「別に、俺はこの村の衛兵ですからね。普段から鍛えているだけですよ」
俺の素性は荒唐無稽で、下手をすれば誤解を受けかねない。
カインさんたちを信じていないわけではないが、無用のトラブルは起こすべきではない。
そう考え、俺は自身が元魔王であることを隠す。
「今日の俺の行動は、少しは勇者らしかったかな?」
俺は、誰に告げるわけでもなく、そう呟く。
「今何か言ったか?」
カインさんが俺に尋ねる。
「いいえ、何も」
俺は、そう短く返した。
これは、勇者に敗北し、救われた、とある大魔王が勇者を目指す物語。
昔昔じゃない、最新の、おとぎ話だ。




