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深井戸の星。  作者: 風子
22/22

第22話 ヘルベルトのひとめぼれ。(番外編)

ヘルベルトはフール国の海沿いの街、ノーディーにある小さな宿屋で束の間の休暇を取っていた。もう九月の末。いくら温暖な気候だと言っても、海で遊ぶ客はいない。宿も行商人がたまに来るぐらいで静かなもんだ。いわゆる…穴場、って奴だ。


宿の海の見えるテラスでコーヒーを飲んでいると、赤いワンピースにカーディガンを羽織った女が大きな網でできた袋をぶら下げて貝殻を拾って歩いている。その女の歩いてきたであろう道筋に、点々と大きな網に入った貝殻が置いてある。

…どんだけ田舎者だよ?

海のない地方から出てきた旅行客は、よくそうやって貝殻を山のように拾って帰る。お土産にするんだろう。


編み上げブーツの先が濡れるのも気にしないで、波が引くたびに貝殻を拾っている。ワンピースのスカートはどうもパンツに挟んで上げているようだ。風が吹くたびに、その女の赤い髪がふわりと舞い上がる。邪魔そうだな。


それにしても…変な女…。


食堂でゆっくり目の朝ご飯を食べて、もう一度テラスに出てみると、女はさっきより進んだ先で、まだ貝殻を拾っていた。もう11時になる。


ぶらぶらと砂浜を歩きながら、ヘルベルトは袋に入れられて点々と置かれている貝殻の道しるべのような跡を歩いてみる。きれいさっぱり貝殻は落ちていない。

時折、ザップン、と大波が来ると、貝殻が運ばれてくる。それを一つ手に取って前を行く変な女に声をかけてみた。暇だったし。


『お嬢さん、貝殻落ちていましたよ』


風に乱れた髪を耳に掛けながら、女が振り返った。どんな田舎者かと思ってたら、なかなかいい女じゃん。幼いけど。年はそうだな…18位か?妹とそう変わらない年かな。

驚いた顔のその女が、俺のことを訝しそうに見る。ブリア語を知らない子かな。


「あなた。フール語話せないの?フールに来たなら、フール語話しなさいよ。なによそのキザっぽいブリア語は?」


それだけ言うと、また貝殻を拾いだした。

面白そうな女だな。


「ねえねえ、俺とお茶にしない?」

「ナンパ?こんな田舎町で?暇なのおじさん?」

「お…おじさん?俺まだ30なんだけど?」

「そうだね、おじさん。私が8歳の時、もう20歳だったわけでしょ?犯罪よ」

「いや。今どき18歳と30歳なんて、許容範囲内だろう?」

「何の話よ?忙しいんだけど?」

「貝殻拾いが、か?」


曲げていた腰を、すくっと伸ばして、女が振り返った。仁王立ちだ。


「私は真面目に貝殻を拾ってるわけよ?わかる?邪魔しないで」

「へえ、俺は真面目にお嬢さんを口説いてるんだけど?」

「……」

「……」

「…じゃあ手伝いなさいよ。12時まで拾ったら、お昼ご飯を御馳走になってあげるわよ。お触りは無しヨ」

「くくっ。その前にさ、髪を結んでやるよ。さっきから邪魔そうだ。砂だらけの手じゃ結べないだろ?」

「あ、ありがとう」


俺はその女の少し癖のある赤毛を後ろで大きな三つ編みに結んでやった。自分のしていたタイをほどいてリボン結びにする。


俺はスラックスの裾とシャツををまくり上げて、その変な女と並んで貝殻を拾いだした。


「田舎のお土産にでもするのか?」

「違うわよ。化粧品に使えそうな貝殻を特定するのよ」

「……」

「それがわかったら漁業組合と交渉して、貝殻を購入するのよ」

「貝殻を?」

「そう!」


昼飯を食べながら楽しそうに話す変な女を眺める。話の内容までへんてこりんだ。

俺はコーヒーを飲みながら、その女の注文した魚介パスタみたいなやつをちょいとつまんだ。なかなか美味しい。

「ほら、変に鉱物だの化合物だの入っているのって、なんだか信用できないのよね。肌に乗せる物って、やっぱり天然素材がいいと思わない?化粧用の刷毛ももっといいものを作るわ。ごわごわしない、肌に優しい奴をね」

「ふーん」

もぐもぐとおいしそうにパスタを食べているその変な女が言うことに耳を傾ける。


…こいつ変だけど…面白いじゃないか。


「ねえねえ、連絡先教えてよ」

「……無理」


俺はね、こう言っちゃなんだけどモテるよ。俺の口説きに乗ってこなかったのは、ヴァレリー伯爵家の当主とこの女ぐらいだ。


女は昼飯を食べ終わると、名前も教えずにさっさと帰って行った。


連絡先は…すぐに手に入った。


夕方になって、でかでかとアレクサンドラ商会の名前の入った豪華な馬車が、あの女の集めた貝殻を積み込んでいたから。


「なるほどね…くくくっ」


俺は夕暮れの宿屋のテラスでビールを飲みながら、あの女をどうやって口説くか考えていた。

「とりあえず、今期の展示会に呼んでみるかな。最終日じゃないと話す暇もないか」

ヘルベルトはそう独り言を言って、楽しそうに笑った。










すっかり秋ですね。

私の住んでいるところでは、紅葉も始まりました。ここのところお天気が良かったので、農家の稲刈りも進んでいるようです。

朝晩は涼しい、を通り越して、寒いくらいになってきました。そろそろこたつの準備です。


皆様も季節の変わり目に、風邪などひかれませんよう、お気を付けください。


いつも感想や誤字脱字修正、本当にありがとうございます。


追記:ペリドットの石言葉は、夫婦愛、希望、だそうです。素敵ですよね。

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