第1話 突然の婿入り。
「ふんふふん」
鼻歌交じりでレミ伯爵家の三男坊のシリルが馬車を降りる。
今は貴族用の学院に通っている。3年生。先週、学年最終試験が終わったばかりだ。授業の出席率は褒められたものではないが、おおよその貴族の子供はよほどのことが無いと卒業できると聞いている。
長兄は家の跡を取るし、次兄は王城の事務官で出仕している。自分は適当にいいところに婿にはいって、のんびり暮らそうと考えていた。そんな考えだから、自分を磨くのには忙しいが、勉強は二の次だった。
綺麗に手入れされた金髪が、風に揺れる。それをぴかぴかに磨かれた指先でかき上げる。
部屋に戻って外出着に着替えながら、侍従のアンドレに馬車を用意するように伝える。
「どちらまで行かれますか?」
「2番街のレストランに7時に予約を入れてるんだ。こっちのタイの方がいいかな?今日の女の子は赤毛だしね」
シリルは大きな姿見の前で、赤いタイを自分の襟元に合わせてみながら…ご機嫌だった。そう、その時までは。
シリルが赤いタイを結び終わった丁度その時、執事長がわざわざ部屋にやって来て、
「シリル坊ちゃま、旦那様がお呼びでございます」
そう告げた。
***
父親の執務室の柱の大きな時計に目をやる。まだ夕方6時。オヤジの小言を聞いても間に合うな。
今日デートするご令嬢は一つ下の学年でたいそう美しい子爵令嬢、ミレーヌだ。髪は濃いめのローズピンクのような赤毛。男子生徒なら僕が一番モテるが、女子生徒ならあの子が一番モテる。僕たち二人が並んだら美男美女、ってわけ。
跡取り娘ではないが、彼女の父親が大きく商売をしているので、結婚することになったら、そのうち商会の一つでも貰えばいい。
口説くのに時間がかかったのは、じらした方が効果的だと思っていたから。このタイミングなら卒業記念パーティーのエスコートもあるし…僕の卒業後の結婚話も持っていきやすくなるしね。
そう考えながらシリルが書類を見ている父親に声をかけた。
「お呼びでしょうか、父上」
「……」
父親は返事をするより前に、深々とため息をついて、見ていた書類から顔をあげた。
「シリル…」
「はい」
「…お前の婿入り先を決めてきた。今日中に出ろ。学院には中退届を出しておいた」
「…は?」
抗議の声をあげようとしたシリルの前に、父親が見ていた書類を放ってきた。
「お前の…留年が決定した通知だ。出席単位も足りなければ、学業は皆、赤点だ」
「…し、しかし…」
「しかしもクソもない。学院を卒業できずにもう1年などと…何をやっているんだお前は?」
「……」
「いいか。この不名誉から逃れる道は2つ。学院を事情により中退せざるを得ない状況を作るか…」
「……」
父親の視線が、僕を捕らえる。僕は身動きも出来ずに次の言葉を待った。
「…お前を貴族籍から抜くことのどちらかだ」
「……」
「家の名誉を守る。お前の兄たちの名誉もな。わかるな?」
「……」
もう一度深くため息をついて、父親が眼鏡を外した。
「ヴァレリー伯爵家に婿に行け。馬車も持参金も用意した。今、侍女に命じてお前の荷物をまとめている」
「…明日では…明日ではいけませんか?」
「シリル!!!」
立ち上がった父親を前に、僕は…項垂れる以外なかった。




