表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/37

武将 蒲生氏郷 第9話 岐阜での最初の日々

岐阜城での生活は、

観音寺とはまったく異なる速度で動いていた。

到着したその日から、

鶴千代は織田家の家臣によって案内され、

城内の規律と作法を教え込まれた。

岐阜城は、

信長が美濃を平定した後に大規模な改修を施した城であり、

その構造は戦のために徹底して整えられていた。

廊下の幅、門の角度、兵の配置、

どれもが“速さ”と“合理”を基準に作られていた。

鶴千代は、

その秩序の強さに圧倒されながらも、

どこか心が静まっていくのを感じていた。

観音寺で感じた“沈みゆく空気”とは対照的に、

岐阜の空気は、

まるで山風のように鋭く、澄んでいた。

翌朝、

鶴千代は左馬允と共に、

城下の巡視に同行することを許された。

これは人質としては異例の扱いであったが、

信長が少年に興味を抱いたことが

家臣たちの態度にも影響していた。

城下の道は広く、

荷を運ぶ馬の列が絶えず続いていた。

商人たちの声には張りがあり、

兵たちの足並みは揃っていた。

その動きには、

六角家の衰退期には見られなかった

“生きた流れ”があった。

「佐馬。

 ここは……動きが乱れていない」

鶴千代の言葉に、

左馬允は静かに頷いた。

「はい。

 信長様は、乱れを許されぬお方。

 兵も民も、皆がその意志に従っております」

「意志……」

「はい。

 この城下は、信長様の意志そのものです」

鶴千代は、

その言葉を胸の奥で反芻した。

観音寺では、

家の揺らぎが空気に滲み出ていた。

だが岐阜では、

一人の武将の意志が

城下の隅々にまで行き渡っていた。

その違いは、

少年にとって衝撃であり、

同時に、

新しい世界への静かな期待を生むものでもあった。

数日後、

鶴千代は信長の近習たちと共に

礼法と武芸の稽古に参加することを許された。

近習たちは最初、

近江から来た少年を試すような目で見ていたが、

鶴千代の動きと礼法の正確さを目にすると、

その態度は徐々に変わっていった。

「……あの子、只者ではないな」

「十二にして、あの落ち着きか」

「信長様が目を留められた理由が分かる」

そんな声が、

稽古場の端から聞こえてきた。

鶴千代は、

その声に反応することなく、

ただ静かに稽古に向き合っていた。

観音寺で培った礼法と、

左馬允から学んだ基礎の武芸が、

この新しい環境でも自然に馴染んでいった。

左馬允は、

その様子を少し離れた場所から見守っていた。

少年の動きには無駄がなく、

周囲の空気を読む力は、

すでに大人の武士に匹敵していた。

「……この子は、いずれ必ず大きくなる」

左馬允は、

そう確信していた。

岐阜での最初の日々は、

緊張と驚きに満ちていたが、

同時に、

鶴千代の内側にある“何か”を静かに育てていった。

美と戦。

秩序と速度。

意志と流れ。

観音寺ではまだ形を持たなかったそれらが、

岐阜の空気の中で

ゆっくりと結びつき始めていた。

こうして、

観音寺の少年は、

織田家の中心で新たな日々を歩み始めた。

その歩みは、

やがて戦国の大名としての未来へと

静かに続いていくことになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ