武将 蒲生氏郷 第84話 佐久間盛政の突出
賤ヶ岳周辺で両軍がにらみ合う中、
最初に大きく動いたのは柴田軍の前線だった。
大岩山に布陣していた佐久間盛政が、
南へ向けて進出を開始したのである。
盛政の陣は大岩山の高所にあり、
賤ヶ岳南麓の秀吉軍前線を見下ろす位置にあった。
ここから南へ下れば、
中川清秀の陣が最も近い。
盛政はその距離の短さを利用し、
一気に中川隊へ攻撃を仕掛けた。
中川清秀の陣は、
賤ヶ岳の南側を押さえる重要な前線だったが、
盛政の突撃は激しく、
中川隊は短時間で押し込まれた。
山麓の斜面は狭く、
隊列が乱れやすい。
盛政の勢いに押され、
中川隊は後退を余儀なくされた。
中川清秀は奮戦したが、
兵の損耗が大きく、
陣形を保つことが難しくなった。
やがて中川隊は崩れ、
秀吉軍の前線は一時的に後退した。
賤ヶ岳南麓の防衛線が破られ、
秀吉軍の布陣に大きな穴が開いた。
盛政はここで止まらなかった。
中川隊を押し崩した勢いのまま、
さらに南へ追撃を続けた。
大岩山から伸びた柴田軍の前線は、
中川隊の陣跡を越えて
秀吉軍の内部へ食い込む形となった。
しかし、
この追撃は前線を大きく伸ばす結果となった。
盛政の部隊は大岩山から離れ、
本陣のある木之本との距離が広がっていく。
補給も連絡も届きにくくなり、
突出した形が徐々に明確になっていった。
盛政の攻勢は、
秀吉軍にとって大きな脅威であると同時に、
柴田軍にとっては
“前線が伸びすぎる”という危険を孕んでいた。
この突出が、
のちの戦局に大きな影響を与えることになる。




