武将 蒲生氏郷 第74話 京都からの急報(1582年6月2日/岐阜城下)
氏郷の生活は、いつもの岐阜の朝に戻っていた。
城下の町は、初夏の湿り気を含んだ空気の中で、
商人が店を開き、
農人が荷を運び、
武士たちが往来を行き交う。
どこにでもある、平穏な一日の始まりだった。
だが、その静けさは長く続かなかった。
城下の南の道から、
馬の蹄が土を叩く音が響いた。
最初は遠く、
やがて急に近くなる。
ただの早駆けではない。
何かを振り払うような、荒い音だった。
町人たちが顔を上げる。
「何事だ……?」
馬が土煙を上げて城に駆け込み、
その背の使者が叫んだ。
「本能寺──!
本能寺が、燃えております!」
声は震え、息は乱れ、
言葉は途切れ途切れだった。
武士たちが駆け寄る。
「何を言う、落ち着け!」
「誰が攻めたのだ!」
「信長様はどうなされた!」
だが使者は、
恐怖に押しつぶされたように
まともに答えられなかった。
氏郷はその場に駆けつけ、
馬上の使者を見上げた。
「本能寺が……燃えたと申すか」
使者はうなずいたが、
その目は焦点を失っていた。
混乱が広がる中、
さらに二騎、三騎と使者が駆け込んできた。
「本能寺炎上!」
「信長様の行方は不明!」
「京は大騒ぎにて──!」
同じ言葉が重なり、
城内の空気が一気に変わった。
左馬允がすぐに動いた。
「そなたら、こちらへ来い。
順に話せ。
聞き違いがあってはならぬ」
彼は使者を一人ずつ捕まえ、
短く、鋭く問いを重ねていく。
「火の手はどこから上がった」
「敵の旗は見えたか」
「信長様の所在は」
「京の町衆はどう動いた」
使者たちの言葉は乱れていたが、
左馬允は必要な情報だけを拾い上げ、
無駄を切り捨てていった。
やがて彼は氏郷の前に戻り、
低い声で報告した。
「殿。
本能寺炎上は、どうやら確かにございます。
信長様の安否は、いまだ不明」
氏郷は息を呑んだ。
胸の奥に、
冷たいものが落ちていく。
だが、立ち止まっている暇はなかった。
「左馬允。
城内の状況を確かめる。
重臣たちがどう動くか、見極めねばならぬ」
「承知」
二人は足早に廊下を進んだ。
岐阜城の空気は、
すでに平常ではなかった。




