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武将 蒲生氏郷 第119話南蛮寺での資料調査

(天正十四年・1586 京都)

氏郷は左馬允とともに、

南蛮寺へ向かって歩を進めた。

寺の外壁は白く、

瓦の代わりに板を重ねた屋根が日に照らされていた。

鐘楼の形は日本の寺とは異なり、

尖った影が地面に長く伸びていた。

門をくぐると、

香の匂いではなく、

油を含んだ蝋燭の匂いが漂っていた。

奥の礼拝堂では、

南蛮人の修道士が静かに祈りを捧げていた。

氏郷は案内役の修道士に声をかけ、

文書庫へ通された。

文書庫は石造りで、

外の湿気を遮るために厚い扉がついていた。

中には棚が並び、

羊皮紙の書状や、

南蛮語で書かれた冊子が積まれていた。

氏郷は棚の前に立ち、

冊子を一つずつ手に取った。

「軍制……隊列……鼓笛……」

南蛮語の文字が並び、

意味はすぐには取れなかった。

図面だけは理解できたが、

細かな注記は読めない。

左馬允が棚の奥を指した。

「翻訳係がいるはずです。

 呼びましょう」

ほどなくして、

若い修道士が文書庫に入ってきた。

黒髪に南蛮風の衣をまとい、

腰には筆記具を下げていた。

「ジョアンと申します。

 翻訳を担当しております」

氏郷は軽くうなずき、

机の上に三つの冊子を置いた。

「この三つ。

 隊列図、信号表、火器の手順。

 これを読みたい」

ジョアンは冊子を開き、

南蛮語の文字を指で追った。

「これはテルシオの隊列図です。

 歩兵を三つの塊に分け、

 交代で射撃を行う方式です」

氏郷は図面を覗き込み、

日本の足軽隊との違いを確かめた。

「この幅……

 日本の隊列より広いな」

ジョアンはうなずき、

別の冊子を開いた。

「こちらは鼓笛の信号表。

 進軍、停止、交代、射撃。

 すべて音で指示します」

左馬允が地図帳を開き、

補給線の図と照らし合わせた。

「音での指示は、

 山間では響きにくい。

 旗と併用する必要があります」

ジョアンはさらにもう一つの冊子を広げた。

「これは火器の交代射撃の手順です。

 前列が撃ち、

 後列が前へ進み、

 再び撃つ。

 これを繰り返します」

「日本の鉄砲隊でも、

 この交代は使える。

 ただし人数は調整が必要だ」

ジョアンは頷き、

写本用の紙を広げた。

「翻訳を作ります。

 隊列図、信号表、火器の手順。

 すべて日本語でまとめます」

氏郷は冊子を閉じ、

文書庫の棚を見渡した。

南蛮の軍制、

隊列、

信号、

火器の扱い。

これらは、

日本の戦場ではまだ十分に使われていない知識だった。

左馬允が静かに言った。

「この寺の資料、

 軍団運用に使えます」

氏郷はうなずき、

ジョアンに向き直った。

「翻訳ができたら、

 屋敷へ知らせてほしい。」

ジョアンは深く頭を下げた。

「承知しました。

 すぐに取りかかります」

氏郷と左馬允は寺を後にし、

屋敷へ戻る道を歩き始めた。

軍団運用の“理”を形にするための材料が、

ここで揃い始めていた。


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