令嬢たちのお茶会メヌエット(3)
各々支度をしてレオノーラに導かれて庭へ出ると、ヴァルシア家が飼う番犬が彼女に侍る。
番犬は大型の3頭で、どれも猟犬種に近い。
レオノーラは躾の行き届いた番犬たちを従えて笑う。
「近年、各地で魔獣の活動が活発化しておりますでしょう?ですから、お父様にお願いをして番犬を迎え入れましたの。当家の敷地とはいえ、何があるかわかりませんものね。この子たちに散策の護衛をしてもらいますわ。皆様、ご安心くださいませ」
犬は順位をつける生き物だ。レオノーラには従う意思を示しているが、そこは本質は猟犬。他の令嬢たちには一定の距離を保っている。彼女に危害を加えようとすれば構わず襲いかかってくるだろう。
「さすがヴァルシア家の番犬。賢そうなお顔をしているだけではなく、とても凛々しいですわね。そう思いませんこと?セリア様」
ここでもやはりマグリットが持ち上げながら、わざわざセリアに同意を求めた。
「ええ、そうですわね。可愛らしいワンちゃんたちですわ」
微笑みながらセリアは犬たちに視線を送る。その一瞥に番犬たちは緊張感に震え、ふいと目を逸らした。
番犬の様子にセリアは感心する。
咄嗟に攻撃することなく、私との敵対を避けた。あなたたちは賢いわね。
「あら。セリア様は犬に好かれないお人柄のようですわね」
番犬たちの態度をセリアへの嫌悪とみなしたレオノーラは鼻で笑い、エミリア以外の令嬢もわずかに嘲笑を浮かべた。
「ええ。そのようですわ」
素直に答えると、レオノーラは気分良さそうに続ける。
「外見は取り繕うことができても、動物は本質を見抜いてしまうのですわね。……あら、私としたことがお口が過ぎましたわ。ごめんなさい?」
小馬鹿にした物言いだが、セリアは微笑みで返した。
動物は本質を見抜く……そう、彼女の言葉は正しい。
強者であるセリアの前に立つ獣に用意される選択肢は2つ。服従か、屈服かだ。
選択を避けたければレオノーラの番犬らのように、目を逸らしてしまうのがいい(実質的には逃亡だが)。
「ではお散歩に参りましょう。この季節はお花がたくさん咲いていて、見どころが多くてよ」
レオノーラは得意げに番犬と取り巻きの令嬢たちを引き連れて、裏山へと続く門へと歩き出した。
セリアはエミリアと顔を見合わせると、彼女たちの後に続くのだ。
裏山の歩道は散歩道として最適化されていた。
あちらこちらに木陰があり爽やかだ。レオノーラの足取りに迷いはなく、彼女にとっては慣れた道であることが見て取れる。
屋敷から離れたところまで来ると、レオノーラは思いついたように令嬢たちを振り返る。
その視線は、ここまで積極的に会話に加わることがなかったエミリアへと向かう。
「エミリア嬢、少しよろしいかしら?」
「え、は、はい。レオノーラ様」
レオノーラの不興を買わぬようにおとなしくしていた彼女は、名指しされて肩をビクッと震わせた。
「あなたの髪を飾っているリボン、とても美しい刺繍ですわね。私、ずっと気になっていましたの」
「リボン……でございますか?」
「ええ。とても素晴らしい品ですわね。あなたのお家が扱っているお品かしら?是非、手に取って見せていただきたいわ」
レオノーラの言葉にエミリアは髪のリボンに手を当てて躊躇う。
「こ、このリボンは私のお母様が刺繍をしてくださった大切なものでございます。売り物というわけでは……」
「あらそうなの?でもレオノーラ様にお見せするくらい良いではないの。ねぇ、エミリア嬢」
とヴィオレッタが入り込む。
「まさか……レオノーラ様に取り上げられると心配してらっしゃるの?」
とフローラ。
「レオノーラ様の品位を疑っていらっしゃるのかしら。ご無礼でしてよ」
とオリヴィア。
「…………」
爛々と瞳を光らせた猫に囲まれ逃げ場を失ったネズミのように、エミリアは縮こまりながら髪のリボンを解き、レオノーラに差し出す。
「……どうぞ、ご覧ください」
「ありがとう、エミリア嬢」
レオノーラはにっこり笑ってリボンをつまみ、刺繍を眺める。
「あなたのお母様はとても刺繍がお上手ですわね。このバラとスミレの意匠、とても美しいですわ」
「あ、ありがとうございます」
レオノーラの褒め言葉にエミリアの緊張が一瞬緩んだ時だった、彼女たちの間に旋風が走った。レオノーラの指にあったエミリアのリボンは瞬く間に風に舞い上がり、どこかへと攫われていく。
「あ!……私のリボンが……!」
エミリアの顔色が変わる。
「……あら。ごめんなさい、エミリア嬢。わざとではないのよ」
レオノーラは眉を軽く寄せただけで、その声音に罪悪感などなく、むしろ取り巻きたちとクスクスと笑い合うのだ。
エミリアは青ざめながら慌ててリボンを追いかけ始める。
そこまでの成り行きを黙って見守っていたセリアは、レオノーラと取り巻き令嬢たちを無言で見やる。
「…………」
彼女の冷ややかな視線に取り巻きたちは笑いをおさめたが、レオノーラだけは余裕の表情だ。
「わざとではないと申し上げましてよ?」
「ええ、そうでございましょうね」
セリアはまともには取り合わず、受け流して続ける。
「エミリア嬢をおひとりにはできませんわ。私もリボンを探してまいります。皆様はどうなさいまして?」
セリアの問いかけに彼女らは顔を見合わせる。
「ここでお待ちしますわ。探し物なんて使用人の仕事でしてよ。エミリア嬢は平民出ですもの。おひとりでも大丈夫でしょう?」
レオノーラにつんと顔をそらされて、セリアは愚問かと見切りをつけた。
「それでは、そのようになさいませ」
それだけ言うと、セリアは構わず背中を向けた。
エミリアに素早く追いつくと、セリアは腕を掴む。
「エミリア嬢、お待ちになって」
「セ、セリア様……!でも、リボンが……」
「闇雲に走っては転んで怪我をしてしまいますわ。ドレスも汚れてしまいましてよ。あなたはここでお待ちになって」
「い、いえ、でも……!」
まごまごしている間に、リボンを見失ってしまう。エミリアは遠くに飛ばされるリボンとセリアを交互に見やりながら狼狽していた。
「リボンのことは私に任せてくださいませ」
「セリア様に……?」
「ええ」
私なら、どこへ飛んでも目で追える。
「必ず取り戻してみせますわ」
セリアは安心させるように笑うと、エミリアをその場に押し留めて駆け出した。
エミリアの視界外に出ると、一気に速力をあげた。
風に流され、ふわふわと浮遊するリボンを視界におさめながら、近場の木と枝を足がかりに素早く飛び上がる。
刺繍されたリボンは的確にセリアの手の中へと。そうしてすっきり着地を決める。
リボンを丁寧にたたみ、セリアは不安定な足場を避けながら、軽やかな令嬢の足取りで持ち主の元へと戻った。
「リボン、見つけましてよ!」
セリアの手からリボンを渡され、エミリアは安堵の表情を見せ、そしてすぐに頭を下げた。
「あ、ありがとうございます、セリア様!このリボンはお母様がお誕生日に下さったものなのです。無くしてしまったらどうしようかと思っておりました……!」
エミリアは涙を浮かべてリボンをぎゅっと抱きしめた。
「大切なリボンがお手元に戻って、私も安心いたしましたわ」
微笑むセリアに、エミリアはここではたと事態に気づく。
「あ、わ、私ったら……!伯爵令嬢のセリア様に探し物を手伝わせてしまって……あまつさえ私はただ待っているだけだったなんて……大変ご無礼を……!も、申し訳ございません……!」
立場の違いを思い出したエミリアはさらに深く頭を下げるのだ。
「気になさらないで。私こういうことは得意ですのよ。……さあ、戻りましょうか」
「は、はいっ」
エミリアを促して外れていた散歩道に戻ると、当然のようにレオノーラたちはいなかった。
ここで待つと言いながら、あっさり置き去りにしたのだ。
「……皆様が、いない……?!」
エミリアは周囲を見渡し、震える。
……まあ、こうなると想像はついておりましてよ。
セリアは小さく息をついた。
「……エミリア嬢はいつもレオノーラ様からこのような振る舞いを?」
たまたまセリアへの嫌がらせにエミリアが利用されたのか、それともこれが日常茶飯事なのか。彼女自身の言葉で確かめておく必要があった。
エミリアは目を泳がせる。
「……。レオノーラ様は、その……きっと悪気はないと思います……」
リボンのことも、置き去りも故意かもしれない。だが、確証はない。
レオノーラに問いただすことは自滅行為になる。だから悪意があろうとなかろうと、飲み込むしかないのだ。そうやって、彼女との時間をやり過ごしてきた。
言葉を選ぶエミリアに、セリアはふふと笑った。
「?何か?」
「迂闊なことは口にせず、エミリア嬢は思慮深いのですわね」
「……そ、そんなことは……。臆病で、保身的なだけです……」
客観的に自分を捉えているエミリアをセリアは好意的に見つめた。
「リボンの件は故意ではなかったとしても、置き去りはいただけませんわね。お茶会に招待した側として、この戯れは度が過ぎていますわ。令嬢の矜持を欠く、美しくない行いですわね」
レオノーラの稚拙さに呆れる。
最初からこれは計画されていたに違いない。だから、わざわざ郊外の屋敷をお茶会の舞台に選んだ。
そしてセリアへの嫌がらせにエミリアが使われた。リボンは口実。
置き去りにするべくして、置き去りにしたのだ。
どんな扱いをしてもエミリアがレオノーラに刃向かうことがないと知った上で。
彼女らが散策を終えて戻ったのちに、ふたりがいないことを問われても「振り返ったらいつの間にか消えていた」と大人たちに言い訳することで責任逃れする流れ。むしろ、セリアとエミリアはわざと姿を消して、レオノーラを困らせ、陥れようとしたなどと宣うかもしれない。
まさか、これがこの度最大の仕込みだったのかしら?この置き去りが?
「……」
セリアは内心でがっかりした。
企の底が浅すぎる。
もっとスリリングな仕込みがあるものだと期待していたのに。深窓育ちの令嬢が思いつく意地悪なんて所詮この程度ということかしら……?
それこそ、凶悪な魔獣の何体かを私に差し向けるくらいの気概を見せてくださるものだとばかり……(もちろん、手元に聖剣がなくともエミリア嬢はきっちりお守りしましてよ)。
意識を四方に巡らしてみても、魔獣の気配はしない。せいぜい野生動物の息吹だけだ。
落胆を隠しながら、青ざめるエミリアを覗き込む。
「エミリア嬢、顔色が悪くてよ。ご気分がすぐれませんの?」
「セリア様は、こ、怖くはないのですか?!こ、こんなところに置き去りにされて……」
震えるエミリアの反応に、セリアは瞬きを繰り返す。
「……え、ええ……まあ……そう、ですわね?」
いけない。これが正常な令嬢の反応でしたわね?
ごくごく普通のか弱い令嬢であれば、怯えて当然の状況下だということを失念していた。
この裏山はさほど大きくはない。地形は掌握できている。方向感覚が狂うこともなく、目を瞑っていても屋敷に走って戻ることができるだろう。
「その……私はこういった環境に慣れているのですわ。エストレラ家の屋敷の周囲には森が多いですし……」
セリアは森に囲まれたカントリーハウスで生まれ育ったのだから、嘘は言っていない。
お茶会での辱めを含め、この状況にもまったく動じていないセリアに、エミリアは改めて頼もしさを感じる。
「セリア様は、本当にお強いのですね。私とは大違い」
自嘲気味に呟く。
「私は、いつもレオノーラ様や取り巻きのご令嬢たちの顔色をうかがうばかり。かといって、レオノーラ様に上手も言えなくて……これはきっと、私に対するレオノーラ様からの戒めですわ」
「いいえ、エミリア嬢は巻き添えですわよ。私への意地悪の。……ごめんなさいね」
エミリアは小首を傾げる。
「セリア様の所為ではありません。でも……セリア様は、レオノーラ様と何か因縁がおありなのですか?」
レオノーラは明らかにセリアを嫌っている。彼女の存在を無視できないほどに。
「あるといえば、ありますわね。お父様同士が政敵というだけではない因縁が」
セリアは小さく笑い、今度はこちらからエミリアに問いかける。
「エミリア嬢は、なぜレオノーラ様の取り巻きに?常識的なあなたが、彼女たちに合わせるのは一苦労でしょうに」
「……そ、それは……」
エミリアは手にしたリボンに目を落としながら、答える。
「父は、私を貴族にしたいのです。貿易商の娘ではなく……貴族の令夫人に」
国家に貢献することで、準男爵の位を買うことはできた。けれど一代貴族にすぎない。
「父はヴァルシア家のご当主様に引き立てていただき、富を得ました。ヴァルシア家は聖職貴族の名門……その家門のご子息と私が婚姻すれば貴族の仲間入りを果たせます。ヴァルシア家との更なる繋がりはもちろん、一人娘の私が将来に不安を覚えることなく暮らせるようにと……」
富を得たものが次に欲するのは、血と家柄だ。
「エミリア嬢のお父様はヴァルシア家のご当主を信頼して、あなたをレオノーラ様の話し相手として差し出しているということですわね。条件のよい結婚に恵まれるためにも……」
「……はい」
しかし、エミリアは気づいてしまった。貴族社会の選民意識の根深さに。
「レオノーラ様方の私を見る目はとても冷たい。……私はどこまでいっても貿易商の成金娘でしかないということを思い知らされます。貴族にはなれないと感じてしまうのです。父の商いの一助となるためには、身の置き所がなくても、このままレオノーラ様のそばで我慢するしかない……。でも、皆様の冷たい眼差しが苦しくて……」
言い淀むエミリアには、年齢には見合わない苦悩の色が見える。
「あなた自身は貴族の令夫人となりたいのですか?」
「……レオノーラ様たちと接しているうちに、わからなくなりました。両親が望む道が、幸福なのだと疑っていなかったはずなのに……」
エミリアは悲しく瞳を揺らし、俯く。
「……も、申し訳ありません……つまらないことを申し上げました……」
「いいえ、お話してくださって感謝いたしますわ」
「……セリア様」
「貴族社会の水で、あなたという花を萎れさせてしまうのは惜しいですわね」
エミリアがレオノーラたちと対等であるのならば何も口出ししないつもりでいたが、踏みつけられる者を看過できないのがセリアの性分。
「ご両親のご意向に背くようで申し訳ないのですけれど……今から、私はお節介を焼きます」
「?お節介?ですか?」
ええ、とセリアは頷く。
「エミリア嬢、そもそも取り巻きと友人は異なりましてよ。レオノーラ様が取り巻きを選んでいるように、あなたにも交友を選ぶ権利がございます」
「……え?」
エミリアはそっと顔を上げた。
「あなたがレオノーラ様や取り巻きの皆様に謙ることも、卑屈になることもありませんのよ。……特にあなたはね」
「ど、どういう意味でございますか?」
セリアは軽く腕を組み、続ける。
「あなたのお父様がヴァルシア家のご当主様の引き立てで富を得たことには事実。けれど、もはやあなたのご実家……ヴァルデン家は一介の貿易商ではなく、巨商。我が国の貴族……レオノーラ様の取り巻きのご令嬢たちのご実家など、ヴァルデン家が生殺与奪の権を握っていると言っても過言ではないのですから」
「……?!……え?!そ、それは、一体どういう……?」
エミリアは戸惑う表情を浮かべる。
このお茶会を迎えるにあたって、セリアはユリウスにレオノーラの取り巻き令嬢たちについて調べさせていた。
彼女ら個人の情報はどれも平凡で興味を引くものはなかったが、家門全体で見るとひとつの共通点があった。
それがエミリアの実家、ヴァルデン家との繋がり。
「実は、皆様のお家はヴァルデン家に多額の借金がございましてよ」
「……えっ?!み、皆様のお家が……父に?!」
「ええ」
貴族令嬢は結婚して女主人となるまで、金銭の話題からは遠ざけられる。実家の台所事情など知る由もない。
ヴァルデン家は貿易だけではなく、金貸し業で貴族社会に食い込み、巨商に上り詰めた。
清らかな令嬢として育てられたエミリアが、裏家業を知らされていないのは道理である。
「ヴィオレッタ嬢のご実家は、荘園拡大の失敗と不作による負債。マグリット嬢はご両親が見栄っ張りの浪費家で家計は常に火の車、フローラ嬢のご実家はヴァルシア家に取り入るための身の丈に合わぬ寄進、オリヴィア嬢はお父様が賭けカードで負けがこみ借金が膨らみ続けていましてよ。……彼女たちのお家は、ヴァルデン家からの借入でなんとか体面を保っているような状態ですわ」
「……そ、そんな……皆様、とても豊かな暮らしをなさっているのに……」
「貴族は虚飾の上で踊る生き物。彼女たちはご実家の内情を知らないだけですわ」
「……虚飾の生き物……」
価値観が崩れる感覚にエミリアは愕然とした。
「お分かりになりましたでしょう?彼女たちの暮らしは、あなたのご実家の財によって成り立っているのです。あなたのお父様が今すぐこれらの借入を返済しろと迫ったら、彼女たちはどうなるのかしら?」
「……生活に、窮する……」
「そう。身代は大きく傾き、場合によっては没落寸前に追い込まれる。つまり、精神的優位はあなたにある。今や、ヴァルデン家はヴァルシア家の庇護を必要としないほどに、貴族社会では影響力のある存在なのです」
セリアは改めてエミリアと向かい合う。
エミリアの手からリボンを掬い上げ、彼女の髪に結び直しながら告げる。
「あなたは貴族に対して、貿易商の娘であることに後ろめたさを感じなくていいのです。騎士は名誉を、貴族は血を、教会は権威を、王族は歴史を……そして、商人は財を尊ぶ。商家にとって財は力よ。あなたはすでにその武器を持っている。踊り方を間違えないで」
セリアは微笑んで結んだリボンから手を離した。
「……財は、力……。財は武器……」
結ばれたリボンを揺らし、エミリアは目を見張る。
とりまく世界が色を変える。
目から鱗が落ちた気分だった。だれもそんなことを教えてくれなかった。父ですらも。
萎れかけていた心にセリアの強い言葉が光となって差し込む。
セリアの泰然さがとても眩しく感じた。
彼女の言葉には温かみと力がある。
同時に、セリアの高い意識に自分の呑気さを恥じる。
エストレラ家はヴァルシア家とは政敵という対立構造の中にあるのだ。何の知識もなく、彼女がこのお茶会に参加するはずもなかったのだ。
「ありがとうございます……セリア様。私、セリア様に勇気をいただけそうです。あなたにお会いできてよかった」
「ふふ、お節介成功ですわね。でも、ここでのお話しは内緒でしてよ?」
「はい。お任せください」
エミリアに笑顔がこぼれる。俯いているより、ずっといい。
「お父様にこれまでのことをお話しして、レオノーラ様や取り巻きの皆様とは距離を置こうと思います。……角がたつようでしたら、外国に留学するのもいいですわね」
「それはいいですわね!いっそ、将来はエミリア嬢が女貿易商となって、エストレラ家と取引をしていただきたいくらいですわ」
「……素敵。そういう未来も、ありえるのですわね」
ハッとしたようにエミリアはセリアを見返した。
結婚ばかりに目を向けていたが、自身の可能性を追求してみてもいいのだ。
そこにはもう、おどおどと他者の顔色をうかがう令嬢はいなかった。ほのかな希望と期待に頬を染める少女が立っていた。
「……さて、エミリア嬢の新しい門出をお祝いしなくては」
セリアは携えていた小さなバッグから、執事に持たされた犬笛を取り出す。
ユリウスがなぜこんなものを差し出してきたのかと訝しんでいたが、レオノーラの番犬たちを目にしたときに閃くものがあった。
仕事のできる執事を持って、私はシアワセモノですこと。
「セリア様、その笛は……?」
「レオノーラ様への意趣返しですわ」
不思議そうにするエミリアを横目に、セリアは犬笛を吹いた。
……その場でしばらく待つと、血相を変えて番犬たちが3頭、競うように駆けてくる。レオノーラの番犬たちだ。
「レオノーラ様の、番犬たち……?!」
「彼らを護衛にして、お屋敷に戻りましょうか」
犬笛によって呼ばれた番犬たちを睥睨すると、すぐにころんと転がり、腹を見せてセリアに服従を示した。
「……ま、まあ……なんて素直な反応……」
セリアに媚びる大型犬のあられもない姿にエミリアは戸惑ったが、意趣返しの意味を悟る。
本当の意味で、逆らってはならない者を犬たちの方がよく知っている。
レオノーラがセリアとなんらかの因縁関係にあるとしても、彼女には敵わないだろう。
レオノーラは小さな箱庭の高慢なお嬢様だが、セリアは世界を見据える高潔な女王様。……器が違う。
「セリア様こそが、本物の貴族令嬢ですわ」
エミリアは小さく呟き、嘆息した。
「さあ、参りましょう」
セリアはにっこり笑い、エミリアの手を引いて歩き出す。
ヴァルシア家の屋敷に戻るまでの道中、少女らしくお菓子やドレスの話で盛り上がり、これをきっかけにしてふたりは友好を結ぶ。
一方、レオノーラは。
セリアとエミリアを置き去りにして怯えさせ、笑い物にするはずが、自身の番犬たちを従えて楽しげに戻ってきたことに憤慨し、すっかり臍を曲げてしまったため、お茶会は早々にお開きになった。
お待たせいたしました。
間がかなりあいてしまいましたが、続きを更新いたしました!
あと少しだけ続きます(本当にあと少しだけだけ。バランスのいいところで区切れなかったもので。汗)。
次回このエピソード終了です。




