看護師の仕事との別れ
不妊治療と少し話がずれるが、不妊治療を始めてから、私は働いていた急性期病院を辞めるかを悩んでいた。
夫に合わせて引っ越してから、通勤に時間がかかるようになり、さらに今までは自分の面倒さえ見ておけばよかったが2人分の家事が始まり、私は生活に負担を感じていた。効率的に家事ができる方ではなく、何も考えずにだらだらする時間が好きだったため、自分の自由な時間がなくなったことで息が詰まる毎日だった。
残業をすると疲れから夫へ愚痴をこぼすことも多々あった。夫からは段々、「疲れて機嫌が悪くなるくらいなら、仕事を辞めて家庭に入ってほしい」と言われるようになっていた。これを言うとモラハラ警察に怪しまれそうだが、夫はこの時の言い方が微妙だっただけで、家事もできる範囲でやってくれているし、基本は温厚で誠実な人である。
夜勤で睡眠リズムが崩れることも、不妊治療の足枷になっているように思えた。夜しっかり寝て朝に起きるという当たり前の生活が、ホルモンバランスの崩れやすい女性にとって大切なのではないかと年を重ねるごとに感じるようになった。
不妊治療が進んでいくと、通院の回数も増える。そもそも急に明日受診してほしいといった急な通院もあり、フルタイムの看護師を続けながら、ましてや遠方への通勤ならなおさら難しいかもしれない。
そして、口には出さなかったが、この頃から既に、不妊治療に長く時間がかかるような予感がしていた。先が見えなかったのだ。
周りと比べてしまう自分も嫌だった。看護師は女社会だ。いつか、妊娠した後輩を純粋な気持ちで祝福できなくなる日が来る気がして怖かった。
治療を続けても結果が出ないこと、治療のために休むことに、同情されたくなかった。
専業主婦になってもいいと夫から言われているなら、悩むことなく仕事を辞めればいいではないか、と思われるかもしれないが、私は看護師の仕事が好きだったのだ。順調にキャリアを積み、勤務帯のリーダーも任され、やりがいを感じていた。患者さんや家族との関わりも、楽しいことばかりではなかったが、自分の人生においてたくさんの学びを与えてくれた。
本当は、産休育休を経て復帰して、できるところまで働きたかった。
きっかけは、ある先輩看護師の言葉だった。
その先輩は、不妊治療を経て子供を産み、ブランクが長かったが急性期病院へ再就職されていた。育児で現場を離れていた間の変化は大きく、最初は大変な思いをされているのを見ていた。だが気づけばリーダーを務められるようになり、尊敬する人となっていた。
「今、1番頑張りたいことを頑張った方がいいよ。何歳になったって、自分の気持ち次第で看護師に戻れるよ」
そう言われて、はっとした。正に先輩がそれを、私に体現して見せてくれていた。私は今看護師を辞めたら、二度と急性期病院の看護師には戻れないと思っていた。でもそれはきっと自分のやる気次第だ。
そして、あの時もっと早く仕事を辞めておけばよかったと後悔するのは嫌だった。看護師として働くのが楽しくて、気づけばアラサーになっていた。母親が私を産んだ歳を越そうとしていた。様々な考え方があるのは承知の上で言うが、私は、産めるなら早く産みたいのだ。安全に出産を終え、可愛い若いママになりたかったのだ。
こうして悩んだ末、通院を初めて半年が過ぎた人工授精検討中の夏に、私は新卒から働いていた病院を辞めた。




