#一歩前進#
ミドリが去った後の執務室で、皇帝であるジェニーの前に二人が跪いている。
「でn――陛下、もしやあの者は天使なのですか?」
「そのようじゃの」
跪いているメイドの頭を撫でながら、強く頷く。
そして、もう片方へ顔を向ける。
「そろそろお主も本体の支度をせよ」
「簡単に言うけどねー☆ そう簡単にはぐらかせる契約じゃないのは知ってるだろう☆」
「ふん、できるじゃろうに」
「まあね☆」
肩を竦めて余裕綽々といった風を出している。それを見て興味を失ったようにジェニーは再びメイドと向き直る。
「約束を果たす時は近いのじゃ。必ず、必ず妾は負けぬ」
「…………ありがたき幸せ」
メイドは一度頭を垂れ、その後おもむろに顔を上げ、目を合わせる。
「赤きアザレアに誓って」
「リアトリスを添えようぞ」
メイドのモニア、ジェニーの順に胸に手を当てて、息を揃えて声に出した。二人が神妙とした面持ちをしていると、茶々を入れる者が。
「ヒュ〜☆ いつ見てても良いよね、人間が誓い合う姿は☆」
「そう思うのなら水を差さないでくれません?」
「相変わらずだねー☆ わたしにも心を開いてくれてもいいんだよ☆」
「よく言えますね、悪魔のくせに」
「ゴホンッ! 少し今後の打ち合わせを始めるのじゃ。仲良くせよとは言わぬが、いちいち喧嘩するでない」
「申し訳ありません」
「はいはーい☆」
注意をしたジェニーに、恭しく謝罪をするモニアと、それとは対称的な反応をする宰相。
「モニアは予定通りあやつらに伝達し、宝物庫から例のアレを持ち出す手続きを進めるのじゃ」
「は!」
一礼した後、いくつかの書類をまとめて退出していく。その様子を見届けてから二人は立ち上がる。
「シフ、お主は八鏡に手を出すでないぞ」
「分かってるよ☆」
「ならよい。嫉妬はもう居らぬが、まだあの国には……」
ジェニーが急に喋るのを止め、窓の外を眺める。
それを見てシフは妖しく笑う。
「随分とかわいらしい子だね☆」
「……まあよい。あの程度、脅威たりえぬからのう」
「君にとっては、ね☆」
「話を戻すぞ。妾は準備をしておく。そちらも上手くやるのじゃ」
「……………………そうかい☆」
シフは何か達観した様子で、瞼を閉じて微笑む。その表情はまるで自分の子供を慈しむ親のようだ。
日が暮れ始めた部屋で、シフは執務室から立ち去ろうとドアノブに手をかける。
「そうじゃ。お主から見て、あの天使はどうじゃった?」
曖昧な言葉選びで、何かを求めて尋ねる。
その瞳に僅かな殺意の炎を孕んで。
「今のところは完全に善良だね☆ 異界人というのもあって人間的な面が大きいからかね☆ ただ、少しだけ――」
そこで一度区切り、悦に浸るように咲う。
「――危ういね☆」
それを聞いて、ジェニーは眉間にしわを寄せて更に尋ねる。
「もう一つ、あの白いのは何者なんじゃ?」
「わたしは何処ぞの化け物とは違って何でも知ってる訳じゃないんだよ☆ 君的にはどう思ったのさ☆」
「……異質な存在、じゃな。生物的な格は上位のものでありながら、他の全ては精々戦場で育った子供程度しかないからのう」
「うんうん☆ なるほどね、わたしも同意見だよ☆ まあ記憶が無いのなら普通の人間だし、警戒する必要は無いよ☆」
「ならよい」
そのまま無言で退室を促す。シフは特に気にせずに部屋を出ていく。
ジェニーはドアが閉まったのを確認し、一人呟く。
「ようやく、一歩前進……じゃな」
感慨深さを覚えたジェニーは、その感傷とは相反して、無造作に手のひらから炎の玉を出して、握り潰した。




