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亡国の姫ルサルカ  作者: 巫 夏希
第三章 第一シェルター編

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第57話 第一シェルター(1)

 その場に流れた沈黙は長かった。

 それは決して数分にも及ぶようなものではなかったのだが、少なくともユウトにはそう感じられたし、実際に呼吸をすることさえ忘れてしまいそうになるほどの重苦しさが周囲を支配していたのは間違いなく、夜の街を吹き抜ける風の音だけが妙に大きく聞こえる中で、誰もすぐには口を開こうとはしなかった。

 やがて。


「……馬鹿げてるな」


 最初に声を発したのはハンスだった。

 だが、その声音にはいつもの余裕がなかった。

 紙を握る指先にわずかな力が入っているのを、ユウトは見逃さなかった。


「ハンスさん?」

「脅しだ」


 短くそう言った後、彼は再び紙面へ視線を落とした。


「あるいは警告か」

「どっちなんです?」

「さあな」


 そう答えながらも、彼は何かを考えている様子だった。

 それもかなり深刻なことを。


「でも、変ですよね」


 マナが呟く。


「何がだ?」

「だって、『亡国の姫』なんて言葉、普通の人は使わないじゃないですか」


 確かにその通りだった。

 少なくともユウトは聞いたことがない。

 古い童話や歴史の中に出てくる言葉ならまだしも、現代を生きる人間が誰かに向かってそんな表現を使うとは思えなかった。

 ましてや、それがルサルカと結び付いているのだとすれば。


「……気になるのはそこじゃねえ」


 ハンスが言った。


「え?」

「本当に問題なのは二行目だ」


 紙に記された文字。

 ルサルカは既に死んでいる。

 その一文。


「もし単なる脅しなら、『探すな』だけで済む」


 ハンスは続ける。


「わざわざ『死んでいる』なんて付け加える必要はねえ」

「じゃあ」

「犯人は知っているのかもしれねえな」


 その言葉に、ユウトは嫌な予感を覚えた。

 知っている。

 何を。

 ルサルカのことを?

 それとも。

 ルサルカの正体を?


「……行くぞ」


 ハンスは紙を折り畳みながら言った。


「今日はもう終わりだ」

「終わりって」

「犯人が俺達に接触してきた」


 夜空を見上げる。

 星は見えない。

 シェルター都市の人工光が空を白く染めているからだ。


「だったら向こうも焦ってるってことだ」

「焦っている?」

「そうだ」


 ハンスは笑う。

 だがその笑みは冷たかった。


「俺達が真実に近付いている」


 その一言が妙に重く響いた。

 真実。

 その言葉の向こうに何があるのか。

 ファントムの正体なのか。

 第一シェルターの秘密なのか。

 それともルサルカなのか。

 ユウトにはまだ分からなかった。

 しかし。

 何かが動き始めていることだけは確かだった。



 ◇◇◇



 翌朝。

 まだ太陽が昇り切らない時間帯に、ユウトは目を覚ました。

 眠りは浅かった。

 というより、ほとんど眠れなかったと言った方が正しい。

 ベッドに横になっている間も、あの紙の文言が頭から離れなかったからだ。

 亡国の姫を探すな。

 ルサルカは既に死んでいる。

 まるで意味が分からない。

 だが、だからこそ不気味だった。

 何かを知っている人間が書いたようにも見えるし、逆に意図的にこちらを混乱させようとしているようにも見える。

 どちらにせよ、気分の良いものではない。


「……ルサルカ」


 ぽつりと名前を口にする。

 彼女自身は何も知らない。

 少なくともそう見える。

 だからこそ余計に引っ掛かる。

 もし本当に何か重大な秘密があるのだとしたら、それは本人さえ知らないものなのではないだろうか。

 そんなことを考えているうちに、ドアを叩く音が聞こえた。


「起きてる?」


 マナの声だった。


「起きてる」

「じゃあ早く準備して。ハンスさんがもう待ってるから」

「早いな」

「ハンスさんが待ち合わせ時間を守るなんて珍しいから、逆に不気味なんだけど」


 それには同意だった。



 ◇◇◇



 集合場所へ向かうと、既にハンスは居た。

 驚くべきことに酒の匂いもしない。

 代わりに、彼は珍しく真面目な顔で駅舎の方を見ていた。


「来たか」

「本当に行くんですね」

「おう」


 ハンスは頷く。


「第一シェルターにな」


 その名前を聞いた瞬間、ユウトの胸の奥に妙な緊張が走った。

 第一シェルター。

 人類最大の都市。

 政治も経済も情報も、ほとんど全てが集まる場所。

 そして。

 ルサルカの秘密に繋がっているかもしれない場所。


「ところでよ」


 ハンスが言う。


「昨日の紙だがな」

「何か分かったんですか?」

「少しだけな」


 そう言って彼は懐から紙片を取り出した。


「裏を見たか?」

「裏?」

「見てないですけど」

「だろうな」


 ハンスは苦笑した。


「俺も最初は気付かなかった」


 そして紙を裏返す。

 そこには。

 うっすらと何かの紋章が刻まれていた。

 消えかけている。

 ほとんど見えない。

 だが確かに存在していた。


「これって」

「見覚えあるか?」


 ユウトは首を振った。

 マナも同じだった。

 しかし。

 ハンスだけは知っているらしい。

 その表情は妙に険しかった。


「昔の管理局の紋章だ」


 その瞬間。

 空気が変わった。


「管理局?」

「ああ」


 ハンスは低く答える。


「正確には、旧中央管理局」


 そして。

 しばらく沈黙した後。


「……滅んだはずの組織だ」


 と続けた。

 ユウトは思わず息を呑む。

 第一シェルター。

 旧中央管理局。

 亡国の姫。

 ルサルカ。

 そしてファントム。

 バラバラだったはずの点が、少しずつ一つの線になり始めている。

 そんな予感がした。

 だが。

 その線の先に待っているものが希望なのか、それとも破滅なのかは、まだ誰にも分からなかったのである。



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