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亡国の姫ルサルカ  作者: 巫 夏希
第二章 殺人鬼"ファントム"編

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第55話 共通点

 ハンスが代金を支払ったのは、それから数分後のことだった。

 最後の一滴まで酒を飲み干した彼は、空になったグラスをカウンターに置き、ゆっくりと立ち上がる。


「さて」


 その一言だけで、空気が少し変わった。

 先程までのだらけた雰囲気が消える。

 マナも気付いたのだろう。

 椅子から立ち上がりながら言った。


「本当に何か分かったんですか?」

「分かったと言うと語弊があるな」


 ハンスはコートを羽織る。


「ただ、引っ掛かっていた部分がようやく繋がった」

「何が?」

「全部だよ」


 全部。

 そう言われてもユウトにはよく分からない。

 そもそもファントムについて分かっていること自体が少なすぎる。

 被害者は全員バラバラ。

 年齢も性別も職業も違う。

 共通点らしい共通点は見当たらない。

 だからこそ捜査が行き詰まっているのだ。


「取り敢えず歩くぞ」


 ハンスは店の扉へ向かう。


「どこへ?」

「現場だ」

「現場?」

「一件目のな」


 ユウトとマナは顔を見合わせた。

 既に何度も調べた場所だ。

 今更行ったところで何があるのか。

 しかしハンスは振り返らない。


「来るのか?」


 その言葉に二人は慌てて後を追った。

 夜の街は静かだった。

 人工照明が道路を照らしている。

 遠くで発電施設の駆動音が聞こえる。

 人通りは少ない。

 夜間外出を好む人間はあまり居ないからだ。

 シェルター都市は安全ではあるが、完全に安全ではない。

 だから人々は夜になると家へ帰る。

 それが普通だった。


「ハンスさん」

「あん?」

「本当に何が分かったんですか」

「だから言っただろ」


 ハンスは歩きながら答える。


「まだ確信じゃない」

「でも何かあるんですよね」

「ある」


 即答だった。


「少なくとも一つ」

「一つ?」

「俺達は最初から勘違いしていた」


 その言葉にユウトは眉をひそめる。


「勘違い?」

「ああ」


 ハンスは夜空を見上げた。


「ファントムは無差別殺人鬼じゃない」


 足が止まりそうになった。


「……何だって?」

「考えてみろ」


 ハンスは続ける。


「確かに被害者に共通点はない。年齢も職業も違う」

「そうだ」

「だから全員が無関係だと思い込んだ」

「違うのか?」

「違う」


 ハンスは断言した。


「共通点はある」


 マナが息を呑む。


「何ですか」

「それを確かめに行く」


 相変わらず説明する気はないらしい。

 十分ほど歩く。

 やがて三人は古いアパートの前へ辿り着いた。

 最初の被害者が発見された場所だ。

 既に立入禁止は解除されている。

 だが住人は少ない。

 縁起が悪いからだろう。


「ここだ」


 ハンスは建物を見上げた。

 そして迷いなく階段を上がる。

 二階。

 三階。

 四階。

 被害者の部屋の前。

 そこで立ち止まった。


「……ここで何を?」

「確認だ」


 ハンスはポケットから手帳を取り出す。

 古びた紙束。

 捜査資料らしい。


「被害者の名前は?」

「確か……」


 ユウトは記憶を辿る。


「ロイド・ベッカー」

「職業は?」

「設備技師」

「年齢」

「五十二」


 ハンスは頷いた。


「そうだ」


 そしてページをめくる。


「二人目」

「カーラ・ウェイン」

「職業」

「教師」

「年齢」

「二十八」

「三人目」


 質問は続く。

 ユウトとマナが答える。

 十人。

 二十人。

 被害者の情報が並ぶ。

 そして全て聞き終えると、ハンスは手帳を閉じた。


「分かったか?」

「いや」

「全然です」


 二人同時だった。

 ハンスは呆れたように鼻を鳴らす。


「そうか」

「だから何なんですか」

「全員――」


 そこで彼は言った。


「第一シェルターに行ったことがある」


 沈黙。

 一瞬、意味が理解できなかった。


「……は?」

「正確には過去十年以内だ」


 ハンスは壁にもたれ掛かる。


「旅行。出張。研修。理由は様々だ」

「そんな馬鹿な」

「偶然だと思うか?」


 思えなかった。

 だが。


「待ってください」


 マナが言う。


「それだけで犯人と結び付けるのは――」

「結び付けてねえよ」


 ハンスは首を振る。


「だが気になる」


 そして静かに続けた。


「もっと言うとだな」

「?」

「全員、第一シェルターの同じ区画に出入りしていた」


 ぞくり、とした。


「同じ区画?」

「旧管理局跡地」


 その名を聞いた瞬間。

 ユウトは見覚えを思い出した。

 捜査資料。

 何処かで見た単語だった。


「待て」


 ユウトは言う。


「それ……」

「ああ」


 ハンスが頷く。


「被害者の一人が働いていた場所でもある」


 そして。

 彼は不敵に笑った。


「ようやく尻尾が見えた」


 夜風が吹く。

 冷たい風だった。


「ファントムは人を殺しているんじゃない」


 ハンスは低い声で言う。


「秘密を消している」


 その言葉は妙に重かった。

 まるで。

 今まで追っていた事件そのものが、別の顔を見せ始めたかのように。


「明日だ」


 ハンスは階段へ向かう。


「明日、第一シェルターへ行く」

「なっ」

「本気ですか?」

「本気だ」


 振り返らないまま答える。


「面倒なことになりそうだがな」


 そして最後に。

 独り言のように呟いた。


「――まさかあの名前を、こんなところで聞くことになるとはな」

「名前?」


 ユウトが問い返した時には、ハンスはもう歩き始めていた。

 返事はない。

 ただ。

 夜の闇だけが、静かに広がっていた。



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