シナイへ
2013年
7月17日
14:41
ガザ
「フョードル!」
車体上のマシンガンが鋭く叫び、田園の隙間から現れる、汚れたAKを構えたゲリラを薙ぎ倒す。
「なんなのよ!?」
要人が金切り声を車中に響かせて、何の意味もないのに顔を覆い隠そうと、じたばたもがいている。
俗に言うパニックだろう。
「静かに!」
舌打ちして、片手をハンドルから離し、嫌味な要人の首を掴んでダッシュボードの下に押し付ける。
「ちょっ、やめて…」
「死にたいなら離します」
一般人が評するところの冷徹というの態度で、それだけ言い切り黙らせる。
腹の底に響くような、迫力があると言われた低い声で、女史は鬼の前の泣き虫のように黙り込んだ。
「チーム1チーム1、戦闘状態に入る。 針路はガザのまま」
「了解した、針路ガザのまま。 そろそろチーム5、チーム6が加勢に入るはずだ。 オーバー」
マシンガンの空薬莢が、ハッチから滝のように流れ込み、全速力で走る反動で車内の後部に掻き集められ、ガラガラと音を立てる。
もう黙っているだろうと判断し、小刻みに痙攣している女史を離して、ハンドルを握る。
左手にヤブネの街が見え、そこから道に乗り入れくる車の運転手は、こちらを一瞥して少なからず動揺する。
隣車線をテクニカルがぴったり張り付き、マシンガンの射撃をしてくるが、フョードルとゴリラが応戦する。
そのうち運転席が赤く染まり、推力を失って後ろに消えた。
「良いぞフョードル」
「……」
ハッチ上のフョードルは、いつもの通りの沈黙を、固く保ったまま辺りの警戒にシフトして銃座を回す。
さすがに、フルスロットルで走り続けているので、テクニカルという足がなければ追いつけないらしく、敵の姿は無くなった。
「クリア」
一言だけ口ずさんで、小さくなって震えている要人の肩を叩き無事を伝えたが、ますます体を上下に振動させ始めたので、肩を持ってシートまで引き上げる。
「もう安全です」
「そ、そう…」
ラリーかディアナがいたら、吹き出しながらなにがしかの冷やかしを口にし、変な嫌悪感を買うのであろうが、そんな暇はない。
「チーム1、敵を撃退したようだ。 通常の速度に戻る」
「いや、ここは速度を保て。 敵を引き離して同時に時間を早められる」
「了解、速度を保つ。 針路はガザ。 オーバー」
ヤブネの街が流れて行き、中東には珍しい豊かな田園が再び現れ、女史がやっと気を取り直したのか、窓の外に顔を向けた。
「フョードル、少し休んだらどうだ?」
時速80kmの風を受けているフョードルに、ちょっとゆっくりしろと声を掛け、膝を叩いてやる。
「問題ない。 少し涼しいくらいだ」
珍しく不慣れなジョークを口にし、瞬きもせず首を回して車外を見張る。
「さっきの敵は?」
暫く黙っていた要人が、田園を眺めながら、さっきと同じく突然口を開いて、答えづらい質問を浴びせてきた。
「撃退したようです。 しばらくは追ってこないでしょう」
「そういうことじゃありません。 なぜ攻撃してきたのでしょう?」
めんどくさいことを言うな…
「大方、人質に取ろうという輩でしょう。 アメリカの大学の中東に関する学者なら、それ相応の身構えが必要になります」
ドナルド・バイヨール教授は、イスラエル寄りの発言、論文、書籍が多く、それもゲリラ達に目をつけられた理由だろう。
「でも私は…」
「関係ありますよ」
どうせ、私は関係ないとでも言おうとしたのだろうが、そんなことを相手が構うわけがない。
どうやって、三人のパッケージが入るか知り得たかは知らないが、少なくとも、そのうち一人はいながらにして自分達を貶めるとすれば、そいつを処刑するなり、捕えようとするなりするだろう。
「あなたみたいな人は、ここに来るべきじゃなかった」
「だけど、私は難民の状況を世界に…」
「それこそ、彼らには関係ない」
なぜなら彼らは、そんなこと知らないからだ。
前方のグレープフルーツの畑から、二台のハンヴィーが現れて、路肩に止まり窓が開く。
「チーム5、チーム6だ」
無線から、ジョナサンの声が流れ、止まらなくていいという内容が伝えられる。
窓から顔を出したサムが、悪戯っぽい笑みを浮かべて手を振っているも、気にせず通り過ぎ、無線に耳を傾ける。
「第一車両と第二車両の間にチーム5が入る。 第二と第三の間にチーム6だ」
チーム5がサムとロビン、6がクリスとリュウだったはずだ。
「斥候をしてたんじゃないのか?」
「ああ、失敗だったかな?」
サムがのんびりと無責任な声で呟き、無線に微かな音で伝わる。
「徹底してもらわねば困るぞ」
「ああ、気をつけるよジョナサン」
しばらく走って、ハンヴィーはジャンクションに差し掛かり、右手にアシュドットの市街が現れると、ビアズリー女史はそちらに顔を向ける。
田園風景に見飽きていたらしく、登っているジャンクションの橋梁と交互に遠景を眺めていた。
「ヘイジョナサン! チーム8とチーム10!」
「こちらチーム1、どうした」
軍用水筒に口を付けて水を飲んでいると、聞き慣れたような会話が聞こえてくる。
「宇宙一荘厳にして敬意に値し、揺るぎ無き鋼鉄の意思を持った学者様方のお通りになられ給う、クソッタレな視察予定ルートを制圧したよ」
飲んでいた水を少し噴き出したと同時に、利口そうにアシュドットの街を見ていた女史も、前のめりになって体を震わせた。
「ちょ、ちょっとディアナさん!? なに言ってるんですか!?」
「なにって… 状況報告」
「…………ディアナ、頼むから出来のいい新人と代わってくれないか?」
ジョナサンが明らかに呆れ、困惑した声でディアナに話しかける。
「えー……」
「代わって下さい! ほら! カールさんがM14持ってますよ!」
「カール! あんた!…」
お騒がせ女の声が遠ざかり、出来のいい新人、ヤナミが咳払いを一つして無線を手にした。
「えっと、こちらチーム8、チーム10、チーム9、視察予定ルートを制圧し、先ほど瀕死のテロリストを数名捕らえました。 どうしますか?」
「こちらチーム1、イスラエル政府との協定では、捕虜は手当ての上当局に連れて行く事になっている。 ディアナに手当てさせて、ゲートの管理に当たったいるイスラエル警備兵に引き渡すように」
「了解、手当てを…」
「だが、捕虜は要らない」
咄嗟に無線に手を伸ばし、電源を落とした。
「え…… どういう事です?」
「捕虜は要らない、捕まえた捕虜数名は、戦闘により死亡した」
「それって!」
「ディアナと代わってくれ」
隣席の名誉教授が、驚いた表情でこちらを見つめ、路面から伝わる振動でずり下がる眼鏡を、神経質そうに掛け直す。
「ジョナサン、ジャクソンと新人には辛いんじゃないか?」
「慣れてもらうしかないな、我が社はそういう手段が多い」
本社のイカれた連中が、ブラックウォーター社に憧れているせいかは知らないが、この間の旅客機の時と言い、そういった仕事がやたらと多い。
イスラエル側もそういった事は知っているはずで、協定は釘を刺す程度の物なのであろう。
「はいディアナ」
「何をすべきかわかるな?」
「イエッサ、最低野郎」
「ああ……」
我ながら、微妙な表情をしていると気付きながら、それを治そうとは思っていない。
「サムもリュウも、レイモンドもジョンも賢明な奴らだ。 無線を切ってくれてるだろう」
気の砕けた顔のまま、無線の状態を確認するとやはり全て、接続はオフになっていた。
車列はアシュドットを過ぎ、また、長い田園風景の中にその身を投じた。




