兄と弟
「デレク!」
久しぶりに逢ったデレクは、相変わらずのいい男ぶりだ。
「ジュリア、息災そうで安心した」
わたしを見て腕を広げるデレクの胸に、思い切り飛び込む。
彼と離れ離れになった十代の頃から比べて、ずっと背も伸びて、それに見違えるくらい逞しくなっている。硬い胸板に顔を押し当てて、わたしはその感触を堪能した。
ねえ、ちょっと。今、まさにわたしってば、彼の体に触れているんじゃないの。ええ、ええ、夢じゃない!
「懐かしいわ、デレク」
顔を上げて彼と目を合わせ、思わずこぼした言葉に、デレクも頬を緩めている。
「俺もだよ、ジュリア」
日焼けした顔に浮かぶ朗らかな曇りのない笑み。その中に少年の頃のあなたがちゃんと残っていた。わたしの心をいつまでも捉えて離さない、あの頃のあなたが。
本当に夢じゃないのね? 嬉しくて涙が出そうよ。
「ーージュリア」
「デレク、ああデレク。いつまでこっちにいられるの?」
「あの、ジュリア? ジュリア・グランドミル?」
「嫌だ、何よその呼び方。随分よそよそしいじゃない」
「……仕方ないだろう。僕と君は他人なのだから」
デレクの声が、子供っぽく聞こえる。おかしいわ、彼はわたしより二つは年上なのに。あれ、そう言えば……僕って今……。
「ぼ、僕ですって?」
目を見開いて周囲を見回したわたしは、すぐ横でデレクとの包容シーンを見つめてくるラウルフレッド殿下の冷めた視線におののいて、飛び上がった。
「で、殿下!」
「ジュリア、ここには君達二人だけじゃないよ。君、見事に彼しか目に入ってないね」
殿下のしらけたような顔つきに我に返り、デレクにしがみついていた手をようやく離す。
そうだった。ここは殿下の居室。しっぽりと再会を喜びあうのは、二人きりの時にすればいい。
わたしは愛想笑いでごまかすことにした。
「も、申し訳ございません。久しぶりの対面に我を忘れてしまいました」
最悪だわ、恥ずかしい。弱々しい声で言い訳を口にすれば、殿下は呆れたように横を通り過ぎて行き、いつも座る革張りの椅子に腰掛けた。
「まあ、いいけどね。君がおかしな行動をとるのは今に始まったことじゃない」 さらりと嫌みを混ぜ込みながら、殿下はデレクへと視線を向ける。
「ようこそ、我がハーディアへ。積もる話もおありだろう。今日はもう弟君の職務を解くので、どうぞどこへなりとお二人で行かれ、ゆっくりされたらよい」
「ええっ?」
殿下の一言に反応したのは、アンドリューだけではなかった。
「殿下、わたしは……?」
情けなくデレクを目で追うわたしを見た殿下は、薄紫の目を細め若干投げやりな感じで付け足した。
「ああ、そう言えば君も彼ら兄弟とは同郷の幼なじみだったね。分かった、いいだろう。君も、もう引き上げていいよ」
***
「デレク、随分早い到着だったわね。この前あなたからの手紙を読んだばかりだから、まるで夢みたいよ」
わたし達はアンドリューの暮らす、騎士の宿舎を目指していた。デレクの持つ荷を取り敢えずおろすためだ。勿論、夜は宿舎にお世話になると彼は言っていた。
「あの手紙は出立の直前に出したからな。お陰で君には、俺が意外と早く到達したように感じるんだろう」
「そう、だったの」
こんなハプニングなら大歓迎だわ。彼と会える日を待ちわびて、ドキドキとする日々もなかなか乙ではあったけど。
「ねえ、いつまでいられるの? こっちに来た目的は何?」
はっ、これは聞いちゃだめじゃない。アンドリューの奴が側にいるのに、いくら何でもデレクだって言いにくいでしょ。あー、でも聞きたい、今すぐ聞きたい。我慢出来ない我が身が恨めしい。
「それはな、ジュリア。アンドリューと君の働きぶりを、一度は見ておきたかったんだ」
デレクがわたしを振り返って微笑んだ。日焼けした肌にくっきりと浮かぶ笑い皺と、大きく開いた口から覗く白い歯。眩しいくらいに男らしい笑顔で、なんかわたしとろけちゃいそう。
「それになーー」
デレクが体を傾けて、わたしの耳元に寄りかかってくる。
うんうん、なあに? 何でも聞いちゃうわよ。
「兄上!」
無粋な声が甘い時間を切り裂いた。
「お疲れでしょう。荷物はわたしが」
声と同じく無表情な顔をしたアンドリューが、デレクとわたしの間に腕を突き出し、皮袋を取り上げようとした。
「どうした、アンドリュー。兄上などと」
アンドリューに荷物を渡しながら、デレクがからかうように笑う。
「何がです?」
「いや、お前。俺のことをそんな呼び名で呼んだことあったか?」
ムスッとした表情のアンドリューを、デレクは面白がって絡んでいく。久しぶりに会った弟の堅物振りが、気になって仕方ないんだろう。
アンドリューは素っ気なく兄をあしらった。
「わたしも成長したのです。あなたとは何年も会ってなかったのですから、呼び方だって変わります」
「そうかな? 兄様兄様と俺のあとをちょこまかとついてきた可愛い奴と、そんなに変わってないように見えるぞ」
「兄さん!」
赤い顔をしたアンドリューが、噛みつくように大声を上げた。デレクがもう我慢できないと言ったように、奴の長い髪をもみくちゃにして笑い出す。
「ほら地が出た。気取って兄上などと言っても無駄だ」
明るく笑うデレクはなんだか凄く嬉しそうだった。そりゃそうよね、久方ぶりに兄弟で話が出来るんですもの。
だけど、わたしはちっとも面白くない。なんでアンドリューは昔も今も、わたし達の仲を邪魔してくるんだろう。
「そら、ジュリアも」
デレクが大きな手のひらをわたしに向けてきた。
「な、何」
差し出された手の上に思わず指を乗せる。その手を強引に掴んだ彼は、アンドリューとわたしを無理やりのように腕の中に囲い込んだ。
「懐かしいな。まるで十代のあの頃みたいじゃないか。よく三人で遊んだよな」
「あ、あのね、デレク。わたしはもう子供じゃないのよ」
う、嬉しいけど、出来れば二人きりの時にして欲しいんだけど。
デレクの広い胸の中で、アンドリューの生意気面と目が合った。い、ちょっと近いでしょ、あっち向きなさいよ。
「分かってる、さっきはからかっただけだ。今回会って気がついた。二人とも大人になったな」
デレクは感慨深げにしみじみと口にした。わたしとアンドリューが彼の胸で、醜い争いをしていることには気がついてないみたいだ。
「ええ、そうよ。わたし達も大人になったのよ」
アンドリューはいまだに少年と間違えられてるけどね。この間も従騎士とか言われてたし……プッ。まあね、わたしに至っては行き遅れ気味というお寒い状態だから、あまり他人のことは言えないんだけど。
「ねっ、アンドリュー?」
アンドリューが何故かわたしを睨みつけて、凄い勢いで顔を背けた。言葉とは反対に童顔を馬鹿にしたの、気づかれたのかしら。やれやれ、本当に見た目と一緒で懐が小さいんだから困ったもんだわ。
「そうだな。とにかく二人に会えて本当に嬉しいんだ」
デレクの声が耳をくすぐる。わたしもよ。
「短い間だけど、沢山語り合おう」
勿論よ。将来のこともね。
***
ーーと、思っていたんだけど。
「おかしいわ」
「何がなの、ジュリア?」
目の前にはキョトンとした顔のリシェル。ついでに言えばお邪魔虫のケイン・アナベルまでいる。
場所は言わずと知れた王城の食堂だ。最近このバカップルに遭遇する確率が多い気がするんだけど、気のせいかしら。
「ええ、あのね……。昨日遠縁の親族がハーディアにやって来たの」
どうしようかと思ったけど相談してみることにした。何だかんだ言って、リシェルは頼りになる友人だ。年も近いし、ようは肝心要の部分は適当にごまかせばいいわけよ。
「聞いてるわ。あのアンドリュー・ブライアン様のご兄弟でしょ」
リシェルは疲れたような表情で応じてきた。え? どういうこと、聞いてるって?
「とてもいい男振りなんですってね。エミリアナ様が興奮して騒いでらしたわ」
「はっ? エミリアナ様が、な、何故……」
リシェルの一言で喉が詰まる。何故、エミリアナ様が、昨日の今日でご存知なのか意味が分からない。
「ラウルフレッド殿下にお聞きになったらしいわ。エミリアナ様はいい男の噂には耳敏い方でしょ? お陰で『会いに行く、会いに行く』とキャリー達と一緒になって騒がしいったら」
「ええっ! 駄目よ、駄目駄目。絶対駄目!」
ちょっと、ちょっと冗談じゃないわ。エミリアナ様が入ってきたらややこしくなっちゃうじゃない。拒否、断固拒否よ。
ーーじゃなかった、そんな子供の王女相手に張り合ってる場合じゃないわね。今はライバルよりも邪魔な奴をなんとかしなくては。
「それでその、ジュリア殿の同郷の幼なじみがどうかしたのか?」
向かいから、ケインがのんびりした声で口を挟んできた。ニヤニヤして不真面目な顔で、相変わらず不愉快な男だこと。
「ええ、実は昨日、彼がハーディアに到着して、わたしとアンドリューはラウルフレッド殿下より、早めに退城のお許しをいただいたの。それでデレクとーー、あ、デレクっていうのは彼の名前なんだけど、デレクと久しぶりに話をする機会が持てたんだけど」
「ーーけど?」
二人が身を乗り出すようにして、こちらを見つめている。
「全然話が出来なかったのよ!!」
わたしは気がついたら、やけっぱちのように叫んでいた。
そう、それは昨日のことだ。
わたしとデレク、それからおまけのアンドリューは、殿下に貰ったありがたい時間を使ってたっぷりと三人の時を過ごした。
昔の思い出話から、現在の近況まで、そりゃあ沢山の話が出来たわ。
わたしにも分かるのよ。久しぶりに会ったんだから、会えなかった時間を取り戻すかのごとく、尽きない話があるってことぐらい。
ええ、ええ、ちゃあんと理解してるわよ。何より敵は実の弟ですもの。ずっと会っていない実家の話とか、故郷の話がいくらでもあるでしょうよ。
そのくらい分かるわよ、わたしにだって。分かるけど……。
「聞いてくれる? あいつってば、デレクを独り占めして、全然わたしとは話をさせてくれなかったのよ!」
あの、アンドリューの鼻たれ坊主め、許せないーー!
わたしの金切り声に、目の前の二人は一瞬びくりと体を固まらせた。
「ジュ、ジュリア……?」
「酷いと思わない? わたしだって、わたしだって、デレクと大切な話があったのよ? なのにあいつがピタリと彼に張り付いて、こっちはとっかかりさえ振れやしない。やっとの思いで話しかけたら、すぐに横から口を出してきて、自分の話題に彼を引きずり込むの。お陰で貴重な時間を歯噛みしながら過ごすだけだったわ。本当、最悪だったのよ」
「ジュリア……」
「ねえ、リシェル。どうしたらいいと思う? 彼は何日かしたら領地へ戻ってしまうのよ。時間なんてあっという間に経ってしまうわ。このままじゃ話も出来ずにさよならよ」
気が狂ってしまいそうだった。ううん、とっくに狂っているかも、わたし。
「あなた、その人のこと……」
「計画が台無しだわ。なんとかしなくちゃ」
思わずこぼれたわたしの呟きに、気の毒そうにこちらを見ていたリシェルの顔つきが変わった。
「計画?」
はっ、まずい。プロポーズのことはまだ秘密にしておくんだった。
「あ、ううん。な、何でもない」
わたしは慌てて今の発言をごまかす。
リシェルは怪訝な顔をしてじっとこっちを見ていたけど、しばらくしたら諦めたように肩を落とした。
ごめん、リシェル。今はこのことは言えないの。でも、でも、成功の暁には必ずあなたに話すから。だから、それまで待ってて。
「ジュリア殿。悩むことはない、簡単だ」
その時、ケインがのんびりした声でのたまった。
「何がよ?」
「だから、君はその男と二人になりたいのだろう?」
「はっ?」
ちょっと何、この男。なんて身も蓋もない言い方をするの。
「ケイン! あなたってば失礼よ」
リシェルも真っ赤な顔で恋人に抗議をしている。当然よね。つくづくいやらしい男だわ、ケイン・アナベル。お堅いリシェルとは、全くもって正反対の軟派野郎ね。
ケインはわたし達の異議をものともせず、余裕たっぷりに微笑んでいた。
「違うのか?」
「ちっ……」
違わないけど……。
黙り込むわたしにケインは追い打ちをかける。
「だったら、自分から会いに行けばいい。二人きりで話があると申し込めばいいんだ」
「ええっ」
絶句するわたしとリシェルの前で、軟派騎士は嫣然と唇を綻ばせた。
「何だったら、僕が彼を呼び出してきてあげよう。ブライアン殿の兄上は宿舎におられるのだろう?」
ごくり。わたしの喉が大きな音を立てる。
「ーーほ、本当に?」
「ああ」
抗えない。
ニッと笑うケインに、輝くような後光が見えるようだった。
何て言うか、初めてリシェルを羨ましいと思った瞬間だったわ。
***
「ジュリア」
背の高い青年が駆け寄って来る。濃い茶色の髪をなびかせて、近づいて来るのはデレクだった。
「俺に話があるって? ちょうどよかった、実は俺の方でもあったんだ。それでこのあとアンドリューと三人で、時間をつくれたらいいなと思ってた。ジュリア仕事は? もう終わったのか?」
わたし達は城にある礼拝堂の近くで落ち合った。ケインがこの時間帯は人が来なくてお薦めだと、推薦してくれたからだ。
「ええ、もう仕事は終わったわ。でも……」
デレクの顔に赤い夕日が色を差す。茜色に染まる精悍な顔立ちが、戸惑ったように表情を崩した。何が言いたいんだと聞いているみたいだ。
わたしこそあなたが分からない。どうして、この人は気づいてくれないんだろう。
「いつだってアンドリューと一緒くたなのね」
「えっ?」
小さく漏らした呟きは、彼には届かなかった。デレクは訝しんで問い返してくる。目を見開いて、わたしをまじまじと見つめていた。
「だから、どうしてーー」
無理だわ。声が震えて言えそうにない。怖くて怖くて尋ねる勇気が湧いてこないのだ。
聞きたいことはいっぱいある。
例えば、あなたは何をしにハーディアへやって来たの、とか。ただ単に弟と幼なじみに会いに来ただけなの、とか。
わたしに大事な一言を、ようやく告げに来てくれたわけではなかったの、ーーとか。
「あの男」
デレクがポツリと口にした。
「俺を呼びに来た男、確かケイン・アナベルとかいう名のーー。なかなかの男前だったが、ひょっとしてジュリアはーー、奴といい仲だったのか?」
「な、違うわよ!」
わたしは大慌てで否定した。とんでもない、誤解されたら大変だわ。
「彼はわたしの友人の婚約者なの。酷い間違いよ、冗談はやめて」
「そうか」
心なしか、デレクがホッとしたように柔らかな表情を浮かべる。
どういうこと?
もしかして、わたしとケインが付き合ってないと知って、安心したってこと?
わたしが誰かと深い仲ではないかと、探りを入れてきたってことなの?
「わたしには、恋人などいないわ」
すがりつくようにデレクへと手を伸ばした。
「だってわたしはあなたを……、あなたをずっと好きだったんだから」
指に力をこめ、彼の服をぎゅうっと掴む。もう離さないとその胸へ、額をこすりつけてしがみついた。
「ジュリア、俺は……」
デレクの心臓が凄い速さで動いている。
それってわたしと同じ気持ち、だからなの……?
「そんなところで何をしているのですか!」
その時、妙に険しい声が静寂を破って聞こえてきた。
息を乱したアンドリューが血相を変えて近づいて来る。
肌にはじっとりと汗が浮いていて、走って来たのか髪はボサボサだ。アンドリューは側までやって来ると立ち止まり、体をかがめてハアハアと洗い息を吐き出した。
やがて、呼吸を整えたらしい彼が、呆然と立ち尽くすわたし達に、侮蔑を込めた言葉を投げつけてきた。
「何をしているのですか、二人とも。こんな薄暗いところで、そんなふうに寄り添って」
「な、何よ。何でもないわよ」
わたしとデレクは急いでお互いから離れる。ばつが悪そうな様子のデレクは顔を伏せ、わたしはと言えば、知り合いに恥ずかしい姿を見られたせいか、顔が熱く火照って蒸し焼き状態だった。
もう、まただと言うのだろうか? 信じられない、またしてもアンドリューの奴にいいところを邪魔された。すっごく、すっごくいいとこだったのに。
いきなり乱入してきた歓迎されざる年下の幼なじみは、まるで父親か教師のようにわたし達を断罪してくる。
「兄さん、未婚の女性と、たとえ兄弟同然の幼なじみとは言え、こんな場所で二人でいるのは思慮が足らないと思いませんか? 僕だったからいいようなものの、誰かに見咎められていたらどうしていたんですか。ジュリアの身にもなってください。彼女はこの城に務める侍女なんですよ」
アンドリューのきつい物言いにデレクは顔色を変えた。
「お前の言う通りだ。考えなしだった……、すまない」
「謝るのは僕にじゃない、ジュリアにです」
デレクはうなだれてわたしへと顔を向けてくる。大きな体の彼が、線の細い少年のようなアンドリューに言い負かされ気落ちしていた。本当は違うのに、自分は何も悪くはないのに彼は言い訳一つしないのだ。
それに比べ、デレクにえらそうに指図をするアンドリューの尊大な態度ときたら、わたしは不愉快で堪らなかった。
「すまなかった、ジュリア」
「いいのよ、デレク。だってさっきのはわたしが……」
わたしは顔を上げてアンドリューを睨みつけてやる。
「アンドリュー、あんたの言ってることはお門違いよ。デレクは何も悪くない。今のはね、今のはわたしが勝手に抱きついただけなの。だから他人に何と思われようと、わたしは構わないのよ」
てか、こいつ、どうしてこんなとこまで嗅ぎつけてきたんだろう。誰も来ないとか言ってたのに、ケインの言うことも大概当てにはならない。
「そうですかーー」
底冷えがしそうなほどの低い声。
アンドリューはわたしを、怖いくらい冷たい目で見返していた。
「ジュリア、あなたにはほとほと呆れました」
「な、何よ、その言い方……」
真面目でカチコチにお堅い、アンドリューらしい言い種だ。だけど普段の彼とは、どこかしら雰囲気が違う。
サラサラと風に揺れる長い髪と同色の瞳から、人形につけた飾り物の目のように感情を消し去ると、アンドリューは負けじと睨み返すわたしをさっさと無視して、デレクの方へ視線を変えた。
「兄さん」
「何だ」
そしてこのあと、信じられない一言を吐いたのだ。
「お願いがあります。明日僕と、剣の手合わせをしてください」
「えっ、な、何言ってるの!?」
「ーーいいとも」
弟の挑むような強い眼差しを受け、デレクは目を細めてふんわりと微笑む。
笑顔を見せるデレクと、闘争心をあらわすアンドリュー。
何なの、この兄弟。意味が分からない。
わたしは突然目の前で始まった二人の思わぬ敵対展開に、完璧に蚊帳の外へと追いやられ、その場に一人ポツンと取り残されてしまっていた。




