表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

135/147

第百三十五話

先ほどまでの激しい痛みが、快楽の一部へ回帰し始めた頃、ようやく俺は解放された。


「よし、ナザレの大工を休ませろ」


だるい。全身の力を奪われて行くようだ。うん?あいつら何をやってるんだ?またもや拷問器具かよ。全く、ローマ人という奇妙な連中には、いつも驚かされる。その場にあるものから工夫し、自分達の技術で実用的な物へと発展させるのだからな。


「ロンギヌス隊長、一体どうやって王冠を作るのです?」

「簡単だ、カッシウス。藁で一本輪を作り、全体をトゲハマナツメの枝で覆うんだ」


トゲハマナツメか。クルメモドキ科で花期は四月〜五月頃、エルサレム全域で生えるものだ。細く長い枝の先も、ローマ人には棘にしか見えぬのだろう。その証拠に枝の皮と小さな葉を削り取っている。


「こんなことして、一体何の意味があるんですかね?」

「ユダヤ人にとっては王冠に見え、我らローマ人にとってはフリギア帽子になればいいのさ」


フリギア帽子。

ローマ人の奴隷から解放された者が被る明かし。だが、それは俺が自由人である事を示すものではない。枝の皮を削り取った彼らは、自分達の技術を誇示すように、アーチ型にトゲハマナツメを絡め始めた。


「くっそ!また棘が!」

「どうした?カッシウス。指先でも切ったか?」

「はい。さっきから刺さってしまって」

「それじゃナザレの大工に苦痛を与える前に、お前が串刺しだ」


七十本の棘を揃えたトゲハマナツメの枝で、あの奇妙な連中達は、この俺に誂え向きの王冠を拵えているとさ。ふざけるな!教条主義的な選民思想の連中の王など、俺は真っ平だ。


「ロンギヌス隊長、できました!」

「うむ、カッシウス。ではヘロデ王がナザレの大工に与えた、紫色のローブも一緒に持って来い!」


何という事だ。鞭打ち二十回では飽き足らず、今度は手製の拷問器具に愚弄か。するとロンギヌスが俺の目を睨みながら、一気に荊の冠を被せた。


「うがああああ!」


痛い!痛い!頭全体がまるで火の山のように熱く、荊があちらこちらを鋭く刺し、激しい痛みと傷みが俺自身を更に苦しめる。


「よーし、カッシウス。こいつに紫色のローブを着させろ」


これはシルクか?何と高価な物を。わざわざ俺を愚弄するために、あのヘロデ王は俺に与えた。実の兄の嫁を娶り、その娘サロメに欲情し、洗礼者ヨハネにそのことを指摘されれば、サロメの望むよう斬首した王。


「ダヴィデの子孫でユダヤの王、万歳!」


ローマ兵士達は無邪気な子供のように、この俺の哀れな姿を茶化している。罰当たりな連中め!神は善人にも悪人にも太陽を注がれるが、貴様らのような悪人には、天国の扉は開かれないぞ!


「よーし、もういいだろう。これで十分、ユダヤ人には挑発的になるだろう」

「ロンギヌス隊長、何だってわざわざ奴らユダヤ人を挑発する必要があるんですか?」

「ピラトゥス様はユダヤ人の反乱を抑える為に、誰が自分達の主であるかを分からせたいのさ」

「なるほど。つまり、属州如きが独立なんか目指したら、ナザレの大工と同じ運命を辿るぞって事ですね?」


全く奴らには舌を巻く。ローマ人は全てにおいて、実用的なのだからな。磔刑される者でさえ、政治的なデモストレーションに利用してしまう。我らユダヤ人はその点感情的だ。罪人には投石をして憂さ晴らしをすればいい。


「おい!立て!ナザレの大工!」


くそ。散々痛めつけておいて立てだと?何を矛盾した事を言ってやがるんだ!ふざけるな!もうそんな力は……。


「残っていないのか?そうか?」


く、首を締めてどうするんだ?!くっそう!息が、息ができない!苦しい!何という握力だ。くっそう!外せ!この手を外せ。


「ほれ見ろ、ナザレの大工。まだまだ手が動くではないか。さぁ、立て!」


残酷な連中め。瀕死の状態に俺を追い込み、足掻いたその力を使えというのか?!これが人間のする事か?!貴様らは自分の身内や家族にも、同じ事ができるのか?!


「ほれ見ろ!ナザレの大工。隠し事はいかんな。まだまだ力は残ってるだろうが」

「……」


何故、家族や兄弟を愛するように、今、目の前にいる人物に、少しの慈悲を与えようとしないんだ?そんなに難しい事ではないだろう?貴様らが牛魔で無いのなら、この血の色は何色に見える?貴様らと同じ色だろうが!


「カッシウス!磔刑台になる木材を持って来い!」


ああ。あれが十字架か。何と大きいのだろうか。何と重そうなんだ。これをこの俺に担げというのか?通常ならば、磔刑場に既に用意されているものなのに!ローマ帝国への国家反逆罪が、ユダヤ人への見せしめにさせるつもるなのか。


「跪け、ナザレの大工」

「……」

「そしてこの十字架を、肩から担ぐんだ」


こんなバランスの悪い状態で、こんなにも大きな木材を担げというのか?右肩に載せられた木材を、二度、三度持ち上げても、十字架の根元部分が地面から離れる事は無い。このまま根元は引きずるしかないのか?


「よーし!門を開け!今からゴルゴタ丘の磔刑場まで、ナザレの大工を連行する!」


続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ