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◆これから

まさかの、お気に入り200件突破ありがとうございます。

またまた失礼します。これにて、本当に完結です。


「亜姫子さん 」

 そう呼ばれて、ビクッと振り返る。そこには氷点下的な笑顔の優都さん。それに答えようとして失敗した私は酷く歪んだ顔になっていることだろう。


「今日が何の日か、わかりますか? 」

「もちろんです。ばっちりです。忘れるわけなんてありません 」

 今日は前々から言われていた日だ。絶対に空けておくように、と何度もしつこく言われていた日だ。

 でも、なぜか私は上着を着て、バックを持って、玄関に立っている。完璧に、これからでかけます!!って格好だ。


「ちょっと、行ってくるだけです。どうしても、バイト先で人手が足りなくて… 」

「俺よりも大切なことですか? 俺を一人ぼっちにしてまでしなければならないことですか? 」

 口をへの字にして、酷く大人げないことを言う優都さん。それを見て、あぁ、可愛いなと思う私は大概にこの人に惚れているのだなと実感する。

 なんせ、私の片思い年数は半端ないからね。ある意味ストーカー並みの執着だったよ。

 本当、お付き合いすることができて良かった。できなかったら、私は今頃どうやって生きていたんだろう…。考えるとちょっと怖いな。

 なんて、私が恐ろしい「もしも」のことを考えている間も、優都さんはうっすらと微笑みながら玄関の温度を下げている。

 笑いながらも威圧感ビシビシなんて器用なこと、優都さんじゃなきゃできないよ。ふふふ、そんなに行って欲しくないか。可愛いなぁ。


 必死で私を引き留めようとする可愛らしい優都さんを置いて行かなければならないのは辛い。

 だけど、今までとてもお世話になっているバイト先だから行かなければならない。

 こればかりは、譲れないのだ。


「9時までには帰ってきます。終わったら、まっすぐ帰ってきますから… 」

「…わかりました。俺は大人ですから…待っています 」

 しぶしぶという様子で送り出してくれた優都さんに感謝した。帰りには、何か買って帰ろう。あ、でも、早く家に着くのが一番か。


 そんな風にして、意気揚々とバイト先に向かった私は大変に迂闊だった。

 たとえば、その日は朝から台風の接近が予報されていたことや、携帯電話の充電が残り少なかったことをすっかり失念していた。

 なぜならば、私は非常にその日、浮かれていたのだ。


 だって、付き合って1ヶ月の記念日だったんだもん!!




「あー…、これは不可抗力だよ、ね… 」

 現時刻は、9時15分。電車・バスなど公共交通機関は見事に全滅だ。暴風雨には恐ろしいほど無力な奴らめ!!根性だせー!!

 なんて、毒づいても仕方ない。最寄駅までは来られたけど、これ以上の進行は難しいだろう。うーん、どうしようかなぁ。


 携帯電話が使えれば、いくらでも、それこそどんな手を使っても帰ることはできるだろうけど、電源が切れてしまっては、もうどうしようもない。

 今時、公衆電話というものを見つけるのは至難の業であり、雨風が吹きすさぶ中、あてのないものを探して歩き回る勇気はなかった。

 それでも、雨風がもう少し弱くなったら歩いてでも帰れるな!!なんて、思ってしまう。なぜならば、今の私は超絶惚気期間なのだ。

 だから、少しくらいの暴風の中で一人ぼっちでも全然平気だ。濡れ鼠状態でも笑っていられるぞ!!

 駅の出口で、雨宿りしながらロータリーを眺めていれば、この1ヶ月のことが走馬灯のように思い出された。


 寮生活は今まで通りに続けさせてもらうことになったこと。

 1日最低1回は定時連絡という名の電話を私がするようになったこと。

 休講とかで時間が空いたら、必ず最初に優都さんに連絡をすると約束したこと。そうすると、必ず優都さんがスケジュールを空けて会いに来てくれるからだ。


 約束といえば、小さな約束を私たちは沢山している。

 それこそ、とるに足らない日常のためのささやかな約束。

 特に学校が休みの週末については、優都さんの希望を大いに受け入れたのだっけ。


 週末は必ず、家に帰ってくること。

 週末は必ず、一緒に夕食を食べること。

 週末は必ず、一緒に…寝ること。


 色んなことが本当に思い出されて、私の顔はきっと今真っ赤になっていることだろう。

 うぅ、恥ずかしい。恥ずかしすぎて、なんか今すぐ走って帰れそうな感じ。


 この1ヶ月で、私は優都さんの様々な顔を見てきた。そして、私も様々な自分を見せてきた。

 会えなかった時間を埋めるかのように、私たちは互いがいるという日常をおくってきた。

 ささやかな約束を繰り返して、2人で手探りをしながら当たり前の日常を作り上げる。

 この日常がずっとずっと続くことで離れることなんて考えもしないように、2人じゃなきゃ生きていけないように。


 いつだったか、こんな状況を「亜姫子さんにとって、呪いのようですね」と優都さんは表現したんだっけ。酷く悲しそうに笑いながら。

 そんな優都さんに私はしっかりと否定を示した。この日常が私にとって呪いであるならば、優都さんにとってもこの日常は呪いでしかなくなる。

 でも、私は、この優しくて眩しい日々が「呪い」だなんて思えない。思いたくない。これは、私が欲しくてたまらなかったものだ、これは、



「亜姫子さん!! 」

 ロータリーに止まった一台の車から誰かが降りてきた。遠くからでも、誰だかわかる。だって、ずっとその人のことを考えているんだから。

 「迎えに来てくれたんですか… 」

 「当たり前です。バイト先の最寄駅は此処くらいですからね。携帯がつながらなくて、心配しました… 」

 そう言って、うつむく優都さんが、泣いているように見えて私は思わず抱き着いてしまった。大丈夫だよ、私はここにいるから。絶対に、もう、いなくならない。

 そうして覗き込んだ優都さんの瞳は、やはり不安とか恐怖でゆれていた。あぁ、そんな表情をさせてしまって、ごめんなさい。ねぇ、やっぱり優都さんにとってのこの日常は「呪い」なのかな。

 …だったら、やっぱり、私は、ここにいていいの?


 そう考えていたら、優都さんが手を回して抱きしめてくれた。その感覚がたまらなく嬉しくて、私の思考はそこで止まってしまう。

「不安だったのは、亜姫子さんの方ですよね。さぁ、帰りましょう 」

 するり、と手を繋ないで、私たちは歩き出す。当たり前のように、進みだす。


 ねぇ、優都さん。

 私にとって、貴方がいるこの日常は、たまらなく嬉しくて幸せなものなんです。

 一度、諦めて逃げてしまった私だけど、もう二度といなくなったりなんかできません。

 私は、やっぱり、ここにいたい。


 助手席に座って、ふぅ、と溜息を一つついた。そして「優都さん」と控えめに声をかける。

 車を出そうとしていた優都さんは「なんですか?」とこちらを向いた。ねぇ、こんな当たり前のことが私にとっての「希望」なんです。


「前はね、私がいなくても、優都さんが幸せならいいって思っていたの 」

 突然、しゃべりだした私。しかも、今まであまり触れずにいた昔の話。その内容に、優都さんが動揺するのがわかった。





 再会してすぐの頃。買い物先でお互いの姿が見えなくなったことがあった。


 集合場所だって決めていたし、何よりも携帯電話という便利な道具もある。はぐれてしまっても、どうにかなるものだ。

 仕方ないなぁと、私は集合場所に急いだ。携帯電話で連絡を取り合うよりも、そちらの方が確実だと思ったからだ。

 しかし、いくら待っても優都さんは来ない。買い物に集中しているのかしら、とようやく携帯電話を開いた私は驚愕する。着信10件・未読メール5通。

 はぐれてから15分ほどしかたっていなかったはずだ。しかし、私が本当の衝撃を受けたのはメールだった。


「どこにいますか?」

「返事を下さい 」

「置いて行かないでください 」

「もう、いなくならないで 」

「お願いです。帰って来てください 」

 急いで電話をかければ、優都さんの泣きそうな声が耳に届き、私は懸命に「ごめんね」を繰り返した。


 ごめんなさい。その傷をつけてしまったのは間違いなく私だ。

 貴方の幸せを、と願ったことは、何一つ貴方のためになんてならなかった。私は間違えたのだ。

 そのことを、私は痛いくらいに実感させられた。そして、思ってしまったのだ。

 私は、ここにいてよいのだろうか、と。

 優都さんを傷つけて、怖がらせることしかできない私は、この人の傍にいて良いのだろうか。


 その思いは、私の心の中にずっと巣食っていた。でも、言うことなんてできなかった。

 こんなことを言ったならば、それこそ優都さんは本当に泣いてしまうだろう。

 それくらいに優都さんが私に執着してくれていることは分かっている。


 離れたくない気持ちと、離れた方が良いのではないかという気持ち。

 その狭間で、私はずっと考えてきた。でも、今日、覚悟を決めてしまおう。


 1ヶ月という時間のなかで、私にとっての優都さんは離れることのできない人になった。

 私の希望や幸せは、この人の傍にしかない。

 


「…でも、今は私のとなりで優都さんが幸せじゃなきゃ嫌だって思うようになってしまったの。私のいない幸せなんか知らないでほしいって、そう欲張りになってしまった 」

 祈るように優都さんの肩におでこをすりつける。そうすると、ほんわかと暖かい気持ちになって、勇気がもらえるんだ。大丈夫、私も貴方も、幸せになるんだから。


「だから、ずっと一緒にいましょうね 」

「…はい。一生の約束ですよ 」

 そう言って優都さんは幸せそうに笑って手を握ってくれたから、私もつられて笑った。


 これからも、ずっと、こうやって私たちは当たり前の日常を繰り返していくのだ。

 涙を流しながらも、歩みはずっと帰り道を歩いていく。

 その傍らには、必ず大切な人がいて、手を繋いでいて欲しい。


「一生の約束ですから、そうですね、そろそろ既成事実つくりましょうか 」

「ななな、なにさらっと怖いこと言っているんですか 」

 うぅ、手を握る圧力が半端ない。これは、相当に本気の合図だ。困る、非常に困る!!

「亜姫子さんも、覚悟を決めてくださったようですし、そろそろ孕んでもらお 」

「そんな直接的な表現やめてくださいー!!! 」


 私の悲鳴に、優都さんの笑い声。

 きっと、これからもそんな日々が繰り返されていく。


 これは、私が欲しくてたまらなかったもの。これは、「希望」であり私が望み続けた「願い」。だから、いつまでも続いていくのだ。

 これから、ずっと一生一緒に、私たちは歩み続ける。

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