第一話 スパダリってなぁに?
私は子供の頃から勇者が好きだった。
まだ幼稚園に通っていた頃のことだ。
休日になると、私はテレビの前に陣取り、勇者が活躍するアニメを夢中になって見ていた。魔王を倒し、仲間を助け、傷だらけになりながらも立ち上がる。そんな勇者の姿が大好きだった。
ある日、テレビの前で勇者の真似をして木のおもちゃの剣を振り回していると、洗濯物を畳んでいた母が笑いながら言った。
「奈々はほんとにヒーローが好きねぇ」
私は即座に振り返った。
「ヒーローじゃないもん」
「え?」
「勇者だもん」
母はきょとんとした顔をしていた。
「同じじゃないの?」
「違うもん」
私は頬を膨らませる。
当時の私なりに、その二つはまったく別物だった。
ヒーローは強い人だ。
勇者は強くなくても、勇気を出し、誰かのために戦う人だ。
もちろん幼い私はそんな風に説明できなかったけれど、何となくそう思っていた。
だから母の言葉を訂正せずにはいられなかったのだ。
「奈々は勇者が好きなの」
そう言いながら、おもちゃの剣を握り直したことを今でも覚えている。
同年代の女の子たちがお姫様になりたがる年頃の時も。
友達の家でおままごとをすると、みんな競うようにお姫様役を選ぶ。きらきらしたドレス。大きなお城。素敵な王子様。それらに憧れる気持ちが分からないわけではなかった。
でも、私は違った。
お姫様よりも勇者になりたかった。
守られる側ではなく、誰かを助ける側に憧れていた。
でも、大きくなるにつれて、現実を理解するようになる。
魔王なんていない。
ドラゴンもいない。
世界を救う冒険だってない。
勇者になるという夢は、少しずつ現実の中へ埋もれていった。
それでも私は勇者が好きだった。諦めきれなかった。
ならば勇者になれないのなら、勇者を作ればいい。
そう考えるようになったのは、いつ頃からだっただろう。
本を読むたび。
ゲームを遊ぶたび。
アニメを見るたび。
私は主人公たちに目を奪われた。
どんな人生を歩めば人は勇者になるのか。
どんな苦難を与えれば物語は輝くのか。
どんな人物なら誰かの心を救えるのか。
考えれば考えるほど面白かった。
気づけば私の夢は、勇者になることから、勇者を生み出すことへと変わっていた。
だから、物語へキャラクターを送り込む会社――OTOGIの存在を知ったとき、私は運命だと思った。
勇者も。
聖女も。
魔王も。
悪役令嬢も。
世界中の物語で生きるキャラクターたちを生み出す会社。
そんな場所があるなら、行かない理由はなかった。
私はOTOGIを目指した。
勉強して、面接を受けて、必死に努力した。
そして、ついに内定を勝ち取った。
あの日、合格通知を見た私は泣いた。
これでようやく勇者に近づけると思ったからだ。
勇者になることはできない。
でも、勇者を作ることはできる。
その夢の入り口に、私はようやく立つことができたのだから。
だから疑ってもいなかった。
研修を終えれば、当然のように勇者課へ配属されるのだと。
◇
研修最終日。
OTOGIの新入社員は今日、この場で正式な配属先を告げられる。
「朝倉奈々さん」
名前を呼ばれ、私は席を立った。研修官の前に置かれた椅子へ腰を下ろす。
机の上には書類が一枚。
研修官はそれに目を落としながら口を開いた。
「配属先が決定しました」
思わず背筋が伸びる。
ついにこの時が来た。
「朝倉奈々さん」
一拍置いて、研修官は言った。
「スパダリ課配属です」
私は瞬きをした。
スパダリ?そんな名前の勇者、いたっけ?
記憶を探る。
炎の勇者。
光の勇者。
伝説の勇者。
有名どころの勇者たちが頭に浮かぶが、それらしい名前は見当たらない。
私の聞き間違いだろうか。頭の中で考えがまとまらない。
気づけば私は何も言えず、研修官の顔を見つめたまま固まっていた。
数秒。沈黙が流れる。研修官は少し困った顔をした。聞こえていないと思ったらしい。先ほどよりやや大きな声で言い直した。
「朝倉奈々さん。スパダリ課配属です。しっかりがんばってね。」
今度はその言葉が妙にはっきり耳に届いた。
勇者課じゃなかった。その事実が遅れて胸に落ちてくる。
何年も憧れていた場所。
絶対に行くものだと思っていた場所。
そこに……私はいない。
代わりに告げられたのは、初めて聞く言葉だった。
そこから先の記憶はない。気付けば私は研修官に肩を揺さぶられていた。ぐわんぐわんと揺れる視界の中、ようやく意識が戻ってくる。
「すぱ……だり……ってなに?」




