エピローグ:泥の中の原石
深夜のダンジョン管理課。
静まり返った執務室で、佐伯はデスクに積み上げられた書類と格闘していた。
窓の外には、横浜の夜景が広がっている。
かつては観光名所だったその光も、今ではダンジョンという闇を覆い隠すための虚飾に見えた。
「……ふぅ。やっと終わったか」
佐伯はぬるくなったコーヒーを啜り、最後の一枚に目を通す。
それは、本日華々しくデビューを飾った新人パーティ『暁』の戦闘報告書だった。
『地下水道のダンジョンボス討伐……討伐時間、わずか5分。負傷者なし』
完璧な戦果だ。
リーダーの剣士はAランクの素質ありと判定され、魔法使いも希少な属性持ち。
装備も一流、連携今のところじゃ問題なし。
マスコミが「10年に一度の逸材」と騒ぐのも無理はない。
「……綺麗すぎるな」
佐伯は独りごちて、報告書をデスクに放り投げた。
彼らは強い。それは間違いない。
だが、その強さは「与えられた強さ」だ。
才能、装備、環境。すべてがお膳立てされた上での勝利。
一度も泥にまみれず、一度も死線を踏み越えていない。
こういう手合いは、想定外の事態に弱い。
一度挫折すれば、ガラス細工のように砕け散る可能性がある。
「長生きしてくれればいいがな……」
元探索者としての勘が、彼らの危うさを警告していた。
佐伯は溜息をつき、もう一つのファイル――もっと薄っぺらく、汚れの目立つファイル――を手に取った。
『臨時パーティ(リーダー:相沢 湊)』
今日、Fランクダンジョンで変異種と遭遇し、生還した3人組だ。
メンバー構成は最悪。
借金まみれのタンク、職を追われた観測手、そして「ベクトル操作」というゴミスキル持ちの軽戦士。
本来なら、変異種に出会った時点で全滅していてもおかしくない連中だ。
「だが、こいつらは生き残った」
佐伯の目が、報告書に添付された現場写真に釘付けになる。
それは、後続の回収部隊が撮影した『変異ラット』の死体写真だ。
死因はボス討伐による魔力供給の遮断。
だが、佐伯が注目したのはそこではない。
ラットの口元。
その鋭利な牙が、不自然な方向に折れ曲がっていたのだ。
さらに、地面には奇妙な擦過痕が残されていた。
「……真正面から受け止めたんじゃない。逸らしたのか?」
佐伯は脳内でシミュレーションを行う。
突進してくるトラックのような質量の怪物を、真正面から受け止めることは不可能だ。
Fランクの筋力では、触れた瞬間に腕が弾け飛ぶ。
だが、もし。
接触の瞬間、そのベクトルをほんのわずか、数度だけずらすことができたなら?
「いや、理論上は可能でも……正気じゃない」
タイミングがコンマ1秒でもズレれば即死。
恐怖で体が竦めば失敗。
それを、実戦経験の浅い新人がやってのけたというのか?
佐伯は、相沢湊のステータス画面を呼び出した。
レベルは1から3に上昇。
スキルレベルも上がっている。
だが、数値以上に目を引くのは、その特記事項欄だ。
『冷静な判断力と、異常なまでの生存本能』
研修担当官が書き殴ったメモが、全てを物語っていた。
『暁』が磨き上げられた宝石なら、彼らは泥の中に埋もれた原石だ。
形は歪で、表面は傷だらけ。
だが、その芯には、どんな宝石よりも硬く、鋭い何かが眠っている気がした。
「……面白くなりそうだ」
佐伯はニヤリと笑い、彼らのパーティ申請書に『承認』のハンコを押した。
パーティ名はまだ未記入。
これから彼らがどんな名前を名乗り、どんな伝説――あるいは悲劇を紡いでいくのか。
管理官という退屈な仕事に、少しだけ楽しみができた。
「精々あがけよ、最弱たち。この理不尽な世界で」
佐伯はファイルを閉じ、残ったコーヒーを飲み干した。
苦い液体が、心地よい余韻となって喉を通り過ぎていった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
これにて第一章は完結となります。
まだまだ物語は始まったばかりですが、
今後の展開については、いただいた反応を拝見しながら
第二章をどう進めていくか考えていきたいと思っています。
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ここまで読んでいただけたことに、心より感謝いたします。




