0004 種が花を咲かせるとき
通学路に唯一あるコンビニは駐車場が異様に広い。
そこに寄って飲み物を買い、暖房が効いた無人駅の待合室で飲みながら、一時間に一本来る一両列車を待つ。
隙間風が入り込むし、椅子も堅く。お世辞にも快適な環境とはいえないが、何気ない日常も小春と過ごすと心が満たされる。
とくに今日の待合室は二人きりだ。最高。
ほかに人がいると「一両列車でも列車と呼べるのか?」なんて他愛もない会話をするに留まるが、二人きりは踏み込める。ときに日常が日常じゃなくなったりする。
具体的な例をあげると、私達が初めてキスをしたのは、お揃いのマフラーを買いに行く計画を立てていた12月の待合室だった。
今日も二人きりだから――。
チルドカップに差したストローから唇を離し、小春の方へ向けた。
桜色のそれに近づこうとしたとき、向こうのが、動く。
「今日、調子悪かったね」
その言葉に体も心も止められた。
バスケの話だと理解するのに時間はそう要さなかったが、気づかれたことに驚く。
上手くやれていたと思っていたのに。
「わかるの?」
「当然。だってわたしみーちゃんしか見てないもん。入部してからずっと」
おお……。
地道な練習で培った騙し騙しの技術も小春には敵わない。
頭がクラクラして蕩けそうになった。
さっきお預けをくらった唇はふにゃふにゃとだらしなくなって、見られたくないからマフラーを上げて隠す。
「なにが原因なの?」
「えーと、それは……」
原因は明確。
私達のバレンタインにおいて、贈る側と貰う側をどう決めればいいのか。それが悩みの種となって植わってしまったことが不調を呼んだ。
だけどそれを当人にはぶつけにくい。
第一もし私が贈る側に回るとしたらこういうのはサプライズにしたいし……。
さてどういう風に誤魔化そうかなと思案していたとき、小春から「ふーん」と軽蔑混じりの声がして、私の思考能力を封じる。
「わたしに言えないことなんだ」
「ち、違う。そういうわけじゃないわよ……」
ぷくーっと、頬が餅のように膨らんだ。こんな風に小春はすぐ拗ねて、意外と嫉妬深かったりする。
若干の面倒くささが、手のかかる子供みたいで愛おしい。そして小春がこんな風に振舞う相手は私だけだから嬉しい。
さてどうしようかと迷ったが、誤解されたままも嫌だから、正直に告げてみた。
「バレンタインのことで……」
「ええ⁈」
わあ、そんな驚愕しなくても。
小春の目が大きく見開き、肩が跳ねる。釣られるように私も。
「その話しちゃうの⁈ ああいうのはサプライズにしたいじゃん!」
「だって話を促したのは小春じゃない……」
「ああー……。触れなきゃよかった」
はあ、と肩を落としてため息をついた小春。
さっきから感情と動作が乱高下しすぎて忙しい。
「それで、バレンタインのなにを悩んでるの?」
続けて繰り出されたストレートな質問に答えるべく、私は口を開いて――。
あれ? いざ言うとなると、なんだか頭が回らない。
ええと、私の悩みは――。
「ええと、ああいうのって、ほら。普通は2月14日のバレンタインに女の子が男の子にチョコを渡して、逆に3月14日のホワイトデーには男の子が女の子にお返しするじゃない? 普通は。あ、でも『普通は』って表現はおかしいか。私達が普通じゃないみたいだもの。いや、ありふれた普通の関係って意味ではないのよ。いつまで経っても特別な関係でいたいから、そういう意味での特別は大歓迎だけど……って、そうじゃなくて。私達、ほら、女の子同士じゃない? 別に女の子同士だからどうだってことを気にしたことはないんだけど、こういう男女で役割を区別したイベントの場合どうすればいいんだろうって……。具体的に言うと、バレンタインデーはどっちが彼氏役をすればいいのかなって。いや、彼氏役って表現もなんか真意じゃないというか、全然具体的じゃなかったというか。でも強いて挙げるなら私の方が男っぽいじゃない? 性格とか身体能力とか。あ、でも性格はもしかしたら小春の方が男っぽいかも。私と二人きりの時の小春は結構はっきりした物言いをするし、逆に私はナヨナヨしていくじなしなところがある。いや、そんなところも好きなんだけどね。小春が私をリードしてくれるって言うなら、私はどこまでも付いていきたいし……。ってまた話が逸れちゃったわね。つまり結論としては、私は女の子として女の子の小春が好きで、小春にだって女の子として女の子の私を好きでいてほしいから……。って全然結論になってないわね。その、なんというか」
「えっ、長」
募る悩みをさらけ出すのは難しい。
ゴニョゴニョと早口でまとまらない話になり、至極まっとうなツッコミが返ってきた。
情けないなあ、年上の彼女なのに。
「つまりバレンタインの贈る側と貰う側をどう決めればいいか悩んでるってこと?」
「そう。それよそれ」
「両方すればいいじゃん」
「……え?」
小春は言う。まるで悩むまでもないとばかりにあっけらかんと。
「贈る側も貰う側も両方するの。互いに持ち寄って、プレゼント交換ならぬチョコ交換」
……いい。すごくいい。
目から鱗だった。
どちらが贈る側か、どちらが貰う側か。
そんなの決める必要はない。どちらも贈ってどちらも貰えばいいのだ。
ぱあっと心が晴れて。
豪快かつ単純明快なそのアイデアは、悩みの種に花を咲かせ、楽しみへと変えさせる。
気持ちの高揚は留まることをしらない。
興奮して、先走って、次へ次へと手を伸ばしたくなる。
「じゃ、じゃあホワイトデーもそんな風に何かを交換し合いましょう!」
思わず立ち上がって言うと、小春は口元に手を当ててクスっと笑った。
「みーちゃん気が早い。まだバレンタインも先なのに」
「あっ、えっと、待ちきれなくてつい……」
「交換もいいけど、一緒に作るなんてのも楽しいかもね」
「いい! それすごくいい!」
待合室の小さな明かりの下で、気づけばわいきゃいと騒いでいる自分がいた。以前は蚊帳の外にいたバレンタインが、私にもやってくる。
「わたし達って得だね」
最愛の相手が、ふとそんなことを口にした。
「なにが?」
「女の子同士だから、性別で役割を区別されるイベントでは好き勝手できちゃうもん。バレンタインデーもホワイトデーも、わたし達は2倍楽しんじゃえるよ」
とびっきりの笑顔でピースサインを作った小春。
ただでさえ高揚していた私の心はさらに大きく打ちあがる。例えるなら特大の花火。悩みの種が、いつの間にか溢れんばかりの大きな花になった。
伝えたい。この気持ちを小春に伝えて共有したい。
けれどさっきのようにまとまらない話をしたら締まりがないから、一度深呼吸して冷静になって。色んな言葉が浮かぶ中、溢れる想いを簡潔に伝えられる一言を選び、発する。
「小春、好き」
「変なタイミング」
ありゃ、間違ったかな?
私はまたクスっと笑われて。
「わたしも。好き」
でも好意を返してくれて。
小春は言い終わったあと、桜色のそれをこちらに向けて少し前のめりになった。私もマフラーを下げて唇を露わにする。
小春のおかげで、平凡だった毎日が熱く華やかに彩った。
ときに頭を悩ませる苦みもあるけれど、君のことならそれすら愛おしい。
体ごと溶かすような甘さなら、なおさらだ。
小春、好き。大好き。
愛おしい君のおかげで味わえるすべてを、これからも噛み締めたい。
これにて完結です。ご覧頂きありがとうございました。
他にも百合作品を連載していますのでよかったらどうぞ。
おかげさまで現実世界恋愛部門の日間・週間ランキング、ランクイン中です。
タイトル→【百合】女の子3人から告白されました。ちなみに私も女です。
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