0001 もうすぐ2月14日
冬真っただ中のある日のこと、バスケ部のチームメイトがわいきゃい騒いでいた。
空調が効かない2月上旬のロッカールームだ。
西日が差し込むオレンジ色の空間に吐き出された息はどれも真っ白で、見ているだけで寒くなる。
乾燥した喉から思わず「うへっ」と辟易した声が漏れそうになった。
一方で、チームメイト達は寒さなんてどこ吹く風とばかりにおしゃべりに熱中している。鼻の先も耳たぶも真っ赤なのは、寒さのせいではなくその熱の入れようが要因なのだろうか。
まあ、どっちでもいいけど。
ところで、なにをそんなに騒ぐことがある?
「あっ、美冬はどうなの?」
ようやく存在に気付いたのか、チームメイトの一人が私の名を呼ぶ。
どうなの、と聞かれても。
「なにが?」
マフラーを外し、いつもの定位置、右側奥から五番目のロッカーに向かいながら、とりあえずそう返答する他ない。寒い中そんなにも熱中して、かつ共有できる話題の存在を私は知らないから。
「なにって、あれだよあれ」
「あれじゃわかんない」
「もー、この時期だよ。一つしかないじゃん」
いいから早く教えてくれ。クイズをやってるんじゃないんだぞ。
元よりそこまで興味がないので、チームメイトを背にし練習に向けた準備を始める。
着替えの前にまず髪型。
下したロングの黒髪をポニーテールに変えるのがいつもの習慣だ。
すると考える気がないのが伝わったのか。
もう一度「もー」という不満を投げられたのち、答えをくれた。
「バレンタインだよ」
ピタッと、手首に付けたヘアゴムを取り外そうとしていた体が止まる。
バレンタイン。好きな人にチョコを渡すあの行事。
「私はね、今年こそ一宮先輩に渡すんだ!」
高らかに決意を表明したチームメイトへ、檄にも野次にも取れる言葉が口々に飛ぶ。
「そんなこと言って去年は日和ったくせに」
「今年渡せなかったら卒業しちゃうよ」
「気合い入れろ気合」
わいきゃいと、また騒がしい会話が巻き起こる。
しかし私は取り残されたように、自分自身と向き合った。
今までなら縁がなく意識すらしなかったこの行事。
だけど今年は、好きな人がいる。
そしてその人も、私のことを好きでいてくれる。
私とその人は恋人同士だ。
バレンタインのようなカップル御用達のイベント、参加したくないわけがない。
でも――。
「で、美冬は誰かに渡したりするの?」
チームメイトの問いを背中で受け止める。
それは悩みの種となって、頭の中に植わる。
私は、どうすればいいのだろう?
髪型を弄るべき手を止めたまま、けれども頭の中はグルグルと空回り。
いくら考えたって前には進まない。
走りながらもその場に留まり続ける、回し車のハムスターになった気分だ。
一つだけ確かなことがあるとすれば、私はその恋人を本気で愛している。
その人のために、最高のバレンタインにしてあげたい。
悩みの種をかいくぐり、脳内のスポットライトを大好きなその人に照らす。
雪のように白い肌。笑顔のときに垂れる目尻。やわらかい唇。
私は女の子と付き合っている。
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