影で支える男
スネークバード平原のあちこちでかがり火が炊かれ、蛇鳥が焼かれている。あたりには美味しそうな匂いが漂っていた。
「うめえ!」
「肉なんて久しぶりだ!ヴァルハラ家万歳!聖女万歳!」
兵士たちはエリザベスに感謝しつつ、蛇鳥の丸焼きにかじりついている。彼らの尊敬の視線は、エリザベスとエレルが滞在しているテントに注がれていた。
そして、テントの中では護衛騎士エレルがプリプリと怒っている。
「まったく!サクセスはどうしてあんな事を言ったのでしょう。私は彼の育て方を間違えたのでしょうか!」
エレルも小さい頃からヴァルハラ家に仕えていて、その縁でサクセスのこともよく知っている。彼女にとってみれば、エリザベスもサクセスも妹や弟のようなものだった。
それが『前世の記憶に目覚めた』と意味不明なことを言い出してからおかしくなった。変にスレて金にがめつくなり、昔の純真な少年らしさが無くなってしまったのである。
「大丈夫よ。あれは悪ぶっているときの顔だから。きっと、わざとあんな事をいったんだと思うわ」
「そうでしょうか……正直私は不安なのです。サクセスはあまりにも異常な知識を持っています。もしかして、このヴァルハラ領を金と武力でのっとろうとしているのではないでしょうか」
前世の記憶などというホラ話を信じる気はないが、実際彼はまだ14歳の少年なのに大人顔負けの能力を持っている。このままでは、エリザベスを排除してヴァルハラ領を奪うのではないかと疑ってしまった。
しかし、エリザベスは平気な顔をしている。
「あはは。そんなの意味ないわよ。その気があったらとっくに乗っ取っていると思うし。というか、私と彼が結婚すれば自然とそうなるんじゃない?」
ちょっと顔を赤らめてそんなことをいうので、エレルは慌ててしまった。
「お嬢様。あなたは男爵家の爵位を持つ正当な貴族です。爵位もちの貴族の当主は、平民との結婚が許されておりません」
「簡単よ。サクセスに手柄を立てさせて、女王陛下から爵位をもらえばいいだけだもの」
余裕たっぷりの彼女を見て、エレルは頭が痛くなる。本当に二人が結婚して、サクセスがこの領を支配することになったらどうなるかを想像すると、恐怖を感じた。
(これは……私がしっかりと監視しておかねばなりませんね。サクセスの魔の手からお嬢様を守るために)
ニコニコと笑うエリザベスを見ながら、エレルは彼女を守り抜くと決心するのだった。
兵士たちがパーティをしている一方、蛇鳥の素材が納められたテントでは、一人の少年が事務仕事をしていた。
「よし、蛇鳥の卵は一定数確保できたな。これを孵して養殖しよう。肉は保存食にして王都で売るのと、ここの平原に移住する奴らの食料にするのとどっちがいいだろうか。『鑑定のメガネ』発動」
鑑定すると、輸送コストがかかったとしても王都で販売して、その金で食料を輸入したほうが得になるとわかった。
「なら娯楽用として消費する分以外はすべて売りはらってしまって、安い穀物を買って冬に備えよう」
兵士たちに言われるまでもなく、平原を魔物から開放しても収穫を得るためには年月がかかることぐらい理解している。その間の食料などは、今回行った狩の素材で賄うつもりだったが、そういう実務を行うのはすべてサクセスである。
「さらに、ここに村を作るのに木材がいるから、木を切るための斧も必要になるし、冬が来るからエルドリン村に行って石炭の手配もしないと……ああ、金がいくらあっても足りない」
領地開発とは金がかかるものである。たとえ魔物の素材をすべて売り払ったとしても、ゴールドマン商会に利益などほとんど出ていなかった。
サクセスが数字と格闘していると、テントが開いてひげもじゃの大男が入ってきた。
「お坊ちゃん。あんたはパーティに参加しないんですかい?」
「そんな暇があったら仕事するさ」
「仕事ねえ……どれどれ」
ガラハットがその辺に積んである書類を見ると、ここに移住するものたちが冬を越すために必要な食料・テント・燃料・衣服・日用品が計算されていて、それらの購入依頼先が書かれている。事前に計画しておかなかったら、絶対にできない手配だった。
それらを見たガラハットは、ふっと笑う。
「なんだ。最初から俺たちの面倒を見るつもりだったんじゃないですか」
「当然だ。せっかく難民たちを開拓でこき使えるんだからな。餓死や凍死なんてさせたら目も当てられない……って、なんだその顔は。何かいいたいことがあるのか?」
サクセスは不機嫌な顔になる。ガラハットがニヤニヤと笑っているからである。
「いや、あんたはあのお嬢ちゃんに惚れているのかと思ってね?」
そういわれたサクセスの手元がピタリと止まる。
「……なんのことだ」
「とぼけなさんな。わざとがめつい商人の振りをしたんだろ。あのお嬢ちゃんが諌めるのがわかっていて」
「……」
サクセスは返事をしないが、顔を伏せたままだった。
「惚れている、というのは少し違うな。俺はあいつの保護者みたいなものだ」
「保護者ねえ。若いくせに爺くさいやつだな」
ガラハットは笑ってから、話を続ける。
「これで兵士たちの感謝と忠誠は、この話を持ってきたあんたじゃなくてあのお嬢ちゃんに注がれる。この恩を返すため、やつらはヴァルハラ領に根付こうとするだろう」
「ふん。それはいいことだ。税収が上がればそれだけヴァルハラ家に貸している金の回収も早くなる」
欲深い商人の顔をして言い放ったが、ガラハットは生暖かい目を向けてきた。
「素直じゃねえな。だが、そんな奴もきらいじゃねえぜ。大切な女のためにあえて嫌われ役を演じ、皆が騒ぐパーティにも参加せず一人必要な仕事を黙々と果たすか。若いのに見上げた男だ」
北の国の騎士としてさまざまな経験をつんだガラハットは、軍という組織の中でいろいろな人間を見て来ている。口先や外見だけで目だって出世する者が多い中、本当に組織を支えているのは地味ながら誠実に職務を果たしている者なのである。
「あんたとあのお嬢ちゃんは、俺が知っている貴族や金持ちたちとどこか違うようだ。いいぜ。これからも協力してやろう」
ガラハットは、これからもヴァルハラ領に協力すると誓うのだった。
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