施しの罪
収穫の時期を迎えてヴァルハラ領に存在する五つの農村の地主から嘆願書が届いた。
「なになに?今年も麦は不作です。貧しい民を救うために、なにとぞ年貢を軽くして下さいって?仕方ないわね。私たちが我慢することで、みんながお腹いっぱい食べられるようになるなら……あたっ」
久々にサクセスのチョップをくらい、エリザベスは悲鳴を上げる。
「アホか。こんな戯言を信じるな。こんなの、季節の挨拶みたいなものだ」
「……でも、実際に領の麦の収穫量は減っているじゃない」
頭をさすりながら、エリザベスは口を尖らせる。
「麦の収穫量が減っているのは不作だからじゃない」
「どういうこと?」
農業の現場で何が起こっているかわかっていないエリザベスに、サクセスはため息をついた。
「仕方がない。現実を見せてやる」
サクセスはエリサベスをつれて、炊き出しをやっている町の教会にやってくるのだった。
「ねえ、どうしてこんな格好をしないといけないの?」
エリサベスが不満そうな顔をしている。彼女はいつものシスター服ではなくて、貧しそうな農民の格好に着替えさせられていた。
「聖女だってすぐわかる格好していたら、炊き出しに集っているやつらの本音を聞けないだろ。いいからこい」
サクセスは嫌がる彼女を連れて列に並ぶ。長い間並んで、ようやく順番が回ってきた。
「ほら、感謝しなさい。聖女様のおかげであなたのようなろくでなしが今日の食事にありついているのですよ。跪いて礼をしなさい」
ボランティアで参加しているシスター=エリザベスにあこがれる町の娘が、偉そうに恩着せがましく小さなパンと一杯のスープを渡してくる。
「そんな言い方しなくても……」
ぞんざいに扱われてムッとなるエリザベスの頭をサクセスが押さえつけて、下げさせた。
「ありがとうございます。聖女様のおかげでいつもパンが食べられます」
「……ありがとうございます」
エリザベスはサクセスに従って、しぶしぶ頭を下げる。
「わかればいいのよ。さっさと行きなさい!」
そのシスターは手を振って、二人を追い出した。
サクセスとエリザベスは教会を出ると、もらった小さなパンとスープを食べてみた。
「なにこれ?パンは固いしスープは薄いわ」
「当たり前だろ。炊き出しとはいわば無料奉仕だ。そんなに美味しいモノがでるわけないだろうが」
「それに量も少ない」
エリザベスの腹が鳴る。まだ朝ごはんも食べてないのに、無理やり連れ出されていたからだった。
「こんなのじゃみんなも足りないでしょう。手伝ってくれているシスターに、もっと量を増やすように言いましょうか?」
パンとスープを食べたら、できるだけ体を動かさないようにと広場に集まって寝ている難民たちを見て、そんなことを言い出した。
「お前が命令したって、ないパンは配れないんだぞ。一人の配給量を増やしたら、飯が食えない奴らがでるだけだ」
「うう……そうかぁ」
正論を言われて、エリザベスはしゅんとなる。
「もっと前向きに考えろ。皆がこんな小さなパンしか食べられないのはなぜだ?」
「それは……麦の収穫量が落ちて、年貢が下がっているから。ひっ、ごめんなさい」
サクセスが手を振り上げたので、またチョップされるかと思って頭を抱える。しかし、サクセスはエリザベスの頭をよしよしとなでた。
「正解だ。次にその原因は?」
「麦の不作が続いているから……あたっ!」
油断した隙にチョップされ、エリザベスは涙目になる。
「阿呆。麦の不作の一因は、この施しにあるんだ」
「なんでよー!シスターたちは貧しい人たちを救うのに、頑張っているのに!」
エリザベスが不満そうに口をとがらせる。
「あの女たちは、お前を煽てて施しをさせ、チヤホヤされたいだけさ。だけどそんなのはどうでもいい。施しをすることで、難民たちに働く気を無くさせているんだ」
サクセスは広場に寝転がっている難民たちを指差す。彼らは楽しそうに談笑していた。
「ここは本当に天国だ。もうあのブラック農場には戻りたくねえ」
「まったくだ。貧しくても飯が食えて遊んでいられるしな」
彼らは今の気楽な境遇に満足しているようだった。まったく困っている様子がないので、エリザベスはショックを受ける。
「残っている難民は、この領のほかの村から逃げ出した元小作人たちだ。お前が施しをするから、奴らが農場で働かなくなった。人手不足になれば、麦の収穫量も落ちるさ」
「そんな!彼らが住む場所を無くして困っているから、足りない年貢の中から苦労して施しの分を捻出したのに」
自分の行いが原因だったといわれて、エリザベスはどうしたらいいかわからなくなった。
「その一番最初の「彼らがすむ場所を無くした」のは何故か考えてみろ。まあ、これはお前だけのせいじゃない。平和な時代が続いた続いたせいで起こった問題が、今この時代になって表面化したんだ」
「平和のせいで起こった問題?」
エリザベスはわけがわからないといった顔をする。
「いいか?お前の先祖の聖女と、俺の先祖の商人がこの辺境の地に追放……じゃなくて領地をもらってヴァルハラ領を作った。その当初は、住民になってくれた民たちに公平に土地を分配したはずだ」
「うん」
領の歴史を確認されて、素直に頷く。
「本来は農民間での土地の売買は禁止されているよな。みんなが平等に生活できるようにと。しかし、その後長く平和な時代が続いたせいで、収穫が多く続いた者と収穫が少なくなった者に分かれた。その結果、どうなったと思う?」
「ええと……収穫が多かった人が、少なかった人に分けて……」
サクセスは、エリザベスの甘い理想論を否定する。
「違う。収穫が多かった者たちは、少なかった者たちに貸し付けたんだ。彼らが耕している『土地』を担保にしてな。それで返せなくなったら、容赦なく取り上げた。土地を取られた者たちは、仕方なく年貢に加えて土地の使用料まで払わなければならなくなった。これが地主と小作農の始まりだ」
あまり貨幣経済が浸透していない地域では、財産の蓄積は「土地の所有」に向かう。それがますます領内の経済格差を拡大させ、地主たちは村で権力をもつようになった。
「地主たちは自分の土地で働く小作人から容赦なく搾取する。苦しい生活に疲れた小作人が、町にいけば領主から施しを受けられると聞いたら、どうする?」
「あっ!」
ようやく理解できて、エリザベスは小さく声を上げる。
「小作人が逃げ出して農場での働き手が減る。そうなると麦の生産量が減る。それを取り返そうと、地主たちは搾取を強め、そうなると小作人が逃げる………悪循環だ。この輪を断ち切らないと」
サクセスの声には、長年続いた社会構造そのものを変えなければいけないという決意が浮かんでいた。
「対価を求めない施しは、相手を堕落させるということだな。奴らは働けない小さな子供じゃない。俺たちがすべきことは、施しを与えて領民を甘やかすことじゃない。奴らが自分でちゃんと働いて飯を食えるような環境を整えることなんだ」
「……でも、どうすれば?」
エリザベスの声には不安が現れていた。
「社会構造とは、現在の体制のこと、つまり『既得権益』だ。それを崩すには『理不尽』の手段を使うしかない。それはお前の役目じゃない。ここから先は口を出すな。結果だけを見ていろ」
サクセスは見たこともないような厳しい顔をしている。エリザベスはその迫力に押されて頷くのだった。
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