王都にて
春になり、魔法学園に入学する日が近づいてくる。
エリサベスと御用商人サクセス、護衛騎士エレル、使用人アヤコ、そしてペットのチャコは、無事に王都に到着した。
「なんでこんなに早く来たの?」
予定では入学日は一ヶ月ほど先である。
「住む家を探すためだ」
サクセスは宿で旅装を解きながら答える。
「住む家?学園には寮があるのではありませんか?」
「寮に入るのは、平民かせいぜい騎士階級までだ。少なくとも領地もちの貴族は、それぞれの家が持っている王都屋敷から通うことになっている」
「なぜなの?」
アヤコが首をかしげる。
「いろいろ理由はある。我侭に育てられた貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんを寮で集団生活させると、トラブルが起きたり、王都に家を構えることで見栄を張ったり、大貴族が傘下の貴族の子弟を囲い込むため、自分の屋敷の近くに家を用意したり」
「うわぁ。面倒くさい」
自分も領地持ちの貴族なのに、エリサベスはいやそうに顔をしかめる。
「確かに面倒だが、ここは俺たちも家を用意する必要がある。いくら男爵とはいえ、爵位もちの貴族を寮に入れたら仲間はずれにされるからな」
「あら、私のことを心配してくれるの?」
エリサベスがうれしそうな顔になる。
「主人が舐められたら、今後の領地経営に支障をきたすからだ」
サクセスはそういって、貴族専門の不動産屋に入っていった。
「えっと……屋敷ではなくて、普通の一戸建てですか?」
「ああ。一階に店舗スペースと事務所、あと個室がひとつ。二階にそれぞれの個室として四部屋があり、裏に倉庫がある物件が望ましい。表通りに面してなくてもいいが、兵士の詰め所が近くにある所にしてくれ」
サクセスが希望を告げると、真面目そうな職員は首をかしげた。
「貴族の方が多く住まれている地区には、そういう物件はございませんが」
「教会と学校に通えれば、商人街でもいい」
そういわれて、職員は納得する。
「かしこまりました。兼商貴族の方向けの物件でございますね。少々お待ちください」
そういって、奥に入っていった。
「ねえ、兼商貴族って何?」
「簡単に言えば、貴族として領地経営するだけじゃなくて、商人として直接商売もする家のことだ。そういう家は、商店を王都屋敷としていたりする」
その説明に、エリサベスは納得する。
「そっか。うちみたいな家は他にもいるんだね」
「まあ、その内実は御用商人に家を乗っ取られていて、名前だけ残っているような貴族も多いんだけどな。お前も気をつけろよ」
「それをあなたが言いますか!」
サクセスの言い方に、エレルは呆れてしまう。
「サクセスはヴァルハラ家なんていらないの。私と結婚して、貝底国の王様になるんだから」
「アヤコちゃん。ちょっと黙っていようね」
エリサベスは怖い顔をしてアヤコをにらむのだった。
そんな事を言い合っていると、犬耳の少年がやってきてメイドに聞いた。
「パパはいないかい?」
「オーナーは仕事で外出中です」
「そうか。小遣いもらいに来たのに……」
少年は残念そうに肩を落とすと、エリサベスに視線を向けた。
「あれ?もしかして君って、ヴァルハラ家の聖女さん?」
軽薄そうな顔に着飾った服を着たその少年はそう聞いてきた。
「は、はい。ヴァルハラ家当主、エリサベスと申します」
「へえー。噂では聞いていたけど、本当に美人なんだね。あ、僕はこの不動産商会のオーナー、ロックウェル伯爵の四男でピーターっていうんだ。よろしく」
ピーターと名乗った犬耳の少年は、馴れ馴れしくエリサベスの手を握ってきた。
その時、奥から物件の資料を持ってきた職員が出てきて、渋い顔をする。
「ピーターお坊ちゃま。お客様に失礼ですよ」
「いいじゃん。堅苦しいのは君もいやでしょ?」
ニヤニヤしながらエリサベスに聞いてくる。
「あ、あの……」
「家のことなら僕に任せておいてよ」
そういいながら、職員から物件の資料を取り上げた。
「どれどれ……ぷっ。こんな小さな物件は聖女様に似合わないよ。君は人を見る目がないね」
職員に対して軽蔑した視線を向ける。
「いえ、その、お客様のご要望に沿った物件なのですが」
「あはは、聖女がこんなしょぼい物件で満足するわけないじゃないか。よし。なら僕が紹介してあげよう」
ピーターはエリサベスの手をとって、外に連れ出すのだった。
ゴトゴトと音を立てて、白馬が引く豪勢な馬車が進んでいく。
「僕の父は、この国一番の大地主の貴族でね。王都にも多くの土地屋敷をもっていて、大勢の貴族に貸しているんだよ」
ピーターは延々と自分の父の自慢をしていた。
「は、はあ……そうですか」
父親自慢を繰り返す彼に、エリザベスは内心呆れてしまうが、我慢して相手をする。
「ついたよ。ここなんてどうだい?月の家賃がたったの金貨200枚だよ」
馬車が止まったのは、広くて豪勢な屋敷だった。いかにも歴史ありそうで、重厚な雰囲気をかもし出している。
「き、金貨200枚?高すぎます。それに大きすぎて困ります。私たちは四人しか住まないのですよ」
ちなみに一般庶民の月収は金貨20枚だったりする。
「そうか。なら次に行ってみよう」
続いて馬車は、表通りに面した新築の屋敷に止まる。
「どうだい。新しいし便利な場所にある物件だろう。オペラ劇場や流行のファッションが並ぶ服屋も近くにあって、便利だよ。家賃はたったの金貨150枚」
「演劇や流行の服屋に用はありません。服は制服とシスター服で充分です」
エリサベスは興味なさそうに首を振る。
「そ、そうか。ならとっておきの物件があるよ。これはお得だよ。家賃金貨100枚の掘り出し物だからね」
そういって案内されたのは、派手に飾られた神殿の近くにある屋敷だった。
神殿には、にやけた顔のおっさんたちが出入りしている。
「教会が近いのですか?それなら便利ですね。救いをもとめる傷ついた人たちに、治療してあげられば……」
「お嬢様。少しお待ちください」
それまで黙っていたサクセスが口を挟む。ピーターは不快そうに彼を見つめた。
「なんだい君は」
「御用商人のサクセス・ゴールドマンと申します。エリサベスお嬢様、あれは確かに神殿ですが、パンチンコ神を信仰する一派でございます。信者への治療はしておりません」
それを聞いて、エリサベスは首をかしげた。
「え?ならあの人たちは何をしているの?」
「パンチンコ神とは、欲望の神。つまり、あそこは神殿が経営するギャンブル場です。それだけじゃなくて、中では風俗サービスも」
それを聞いたエリサベスは、真っ赤になって首を振った。
「ぎ、ギャンブル場?風俗?結構です」
「まったく、聖女様は堅いなぁ。そんな所も魅力的なんだけどね」
ピーターはヘラヘラと笑う。そんな彼に付き合っていたら、とうとう日が暮れてしまった。
「気に入ってもらえなくて残念だったな。でも、また明日来てよ。もっといいのを紹介するから」
ピーターはそういうと、帰っていってしまった。
残された一行の顔を見て、不動産屋の職員がすまなそうな顔をする。
「すいません。お坊ちゃまは悪い人じゃないんですが、派手好きで女好きで金銭感覚が麻痺していて世間知らずなんです」
「それだけそろっていたら、充分悪い人なの」
アヤコがもらした一言に、ますます恐縮する職員だった。
気を取り直して、改めて職員に聞く。
「まあいいです。それで、さっき用意していた物件は?」
「申し訳ありません。ついさっき借り手が見つかってしまいました」
職員はすまなそうに頭を下げる。
「なっ!」
「実は、もう一軒だけ条件にぴったりの家があるのですが……現在取り込み中でございまして」
そういって差し出された資料は、まさに条件ぴったりの物件が記載されていた。
「一応、ご覧になりますか?中は見ることができませんが」
「中を見れない?工事中なのか?まあいい。とにかく行ってみよう」
サクセスたちを乗せた馬車は、商人街のほうに進んでいった。




