隊商
執務室に、今年の租税報告書が上がってくる。
「すごい……こんなにたくさん」
その量を見てエリザベスは驚く。昨年度の2倍の税収があった。
「サクセス、これはどういうことなの?」
「詳しくは報告書に書いてあるが、要は地主たちが搾取していた分を取り上げたということだな」
サクセスはメガネをくいっと持ち上げて、説明する。
「やつらは小作人をわずかな報酬で酷使していただけではなく、麦そのものの収穫量を過少に申告して脱税していた。その罰として土地を取り上げ、ヴァルハラ家のものとした。増加分はその土地から収穫した麦だ」
サクセスの措置により、地主たちはほとんどの土地を取り上げられ、単なる自作農家から再出発することになった。そしてヴァルハラ家の直轄地となった農地では、元小作人たちが働いていて、彼らが飢えないようにきちんと報酬も支給されている。
その結果、大幅な税収の増加につながっていた。
「土地を無理やり取り上げたの?それって良いの?なんだか理不尽な気がするんだけど」
「気にするな。地主たちは先祖代々搾取を続けていたんだ。たとえルールに沿ったものだったとしてもな。それが限界を迎えてたまたま今の時代に破綻を迎えたにすぎない」
日本の歴史上でも、社会体制の変換期に今まで権力を振るっていた地主から土地を取り上げて、小作人に分配して疲弊した農村を立て直すということがされていた。有名なのは豊臣秀吉の太閤検地と戦後のGHQによる農地改革である。
そうすることで複数の権力者による年貢の多重搾取を防ぎ、実際に作物を作っている小作人のモチベーションも回復できるのだ。
「こうすることで、今まで無料の施しに群がるだけの者たちに、再び労働意欲を取り戻させることができた。どうせ貧しい者たちに麦を渡すなら、働かせたほうがいいだろう?」
「そっかあ。私たちが直接雇って給料を保証することで、みんな真面目に働いてくれるようになるんだね」
エリザベスはうれしそうな顔になるが、サクセスは首を振った。
「いや、公営農場で働くことになった小作人たちは、最初は感謝して精一杯働くだろうが、数年したらまた怠けるようになるだろう」
「なんで?」
「働いても働かなくても、一定量の報酬が支給されるからだ」
サクセスは前世の知識から、共産制-安定と引き換えに競争を失った社会では、全体の活力が失われることを知っていた。
「だから頃合を見て、また自由競争にもどさねばならん。労働意欲を維持するために」
元の世界のとある独裁共産国家でも、国家に上納分以上に生産された農作物は私有財産にすると制度を改正した結果、劇的に収穫量が伸びた。人は貧しいときには安定と生活の保証を求め、その後には豊かさを求めるものなのである。
「公営農場は10年で解体し、そこで働いている小作人たちに無償で土地を分与して、売買も黙認するようにしよう。これで奴らを土地に縛り付けることができるぞ」
「え、でもそれじゃ元の木阿弥じゃ?収穫に差が出るようになったら、また地主が出現するんじゃない?」
エリザベスは鋭い指摘をする。
「それは俺たちの世代が解決することじゃない。何十年、何百年後の者たちがまた悩むことなのさ」
安定→格差の発生→搾取→限界を迎えて破綻→武力による秩序の再構築→安定→格差の発生という栄枯盛衰はひとつのサイクルなのだ。大切なのは変化を恐れず、その時代に合った体制を選択することである。
(だが、これは金持ちの御用商人である俺にもあてはまる。だから俺の時代に破綻を迎えないようにあまり搾取せず、稼いだ金は領地に還元しないとな)
サクセスはそう自分に言い聞かせるのだった。
ヴァルハラ家 領都の館
館では、ゴールドマン商会が用意した隊商に大量の麦や塩、日用品が積み込まれようとしていた。
「あれ?サクセス、どこに行くの?」
「エルドリン村だ。半年に一度の交易の時期だからな」
旅装をしたサクセスが答える。
「そっか。気をつけてね」
「何を言っているんだ?お前もくるんだ。準備しろ」
いきなりそう言われて、エリザベスはびっくりしてしまった。
「え?なんで?」
「エルドリン村は、数十年前に北の国からの亡命者が作った村だ。そこで作っている金属製品が、領内で使われている」
「うん」
エルドリン村は北の国境地帯の山岳に位置する鉱山村である。麦などの農業は見込めないが、周辺の山では鉄鉱石や石炭が取れるので、それらを利用する鍛冶師が定住していた。
「彼らはヴァルハラ家に対する帰属意識が低い。領主であるお前の顔もしらないくらいだ。たまには顔を見せて、お前がトップなんだということを周知させる必要がある」
「それは分かるけど、どうしてこのタイミングで?」
その質問に、サクセスは荷物を運んでいる兵士たちを指差した。
「今までは兵士を雇えなかったので、途中の魔物の襲撃が危なすぎてお前を領都から出せなかったんだ」
「そっか。私を心配してくれていたんだね。わかったわ」
こうしてエリサベスを中心とした隊商が組まれる。街中をパレードする彼女に、町の住人たちは手を振った。
「お嬢様が後を継ぐと聞いて不安だったが、あの馬車を見ろよ。立派なもんじゃないか」
「こんな豪勢な隊商を組めるなんて、うちの領も捨てたもんじゃねえよなぁ」
人々はヴァルハラ家が健在であることに安堵し、隊商を見送るのだった。
読んでありがとうございます。評価していただけると更新スピードが速くなります




