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第七十三話 白の世界で乙女は叫ぶ


 そこは暖かな暖炉の灯った部屋だった。


 職人が人生をかけて造った家具が並び、希代の画家が己の持つ全てを注ぎ込み書き上げた絵画が飾られており、部屋のモノ一つ一つが庶民では触れる事も見る事も出来ない芸術品で満たされていた。


 その部屋の主である彼女は椅子に座り、グラスに注がれたワインを口に運んでいた。


「では報告に間違いはないと?」


 彼女は部屋にいるもう一人の女性である部下にそう確認をした。


「は、はい…『目』の報告によると始末は出来たと。」


 緊張した様子で応える部下を見てか彼女は表情を緩める。


「いいわ。後は手筈通りに。貴方ももうお休みなさい。」


「……あ、ありがとうございます。では、失礼します!」


 部屋を出て行った部下を見送ると、彼女は部屋の窓から外を見た。



 わずかな日の光は見えるものの止む事のない吹雪、どこまでも続く銀世界。


 どんな人間であろうと油断すれば命を簡単に失う冷たい大地。


 まともな人間なら好んで立ち寄ろうとは思わない辺境の地。



 戦乙女(ヴァルキリー)部隊隊長のオーラ・サネミアはそんな景色を肴に秘蔵のワインを呑んでいた。


 部下から聞いた報告には何の問題もなく、また彼女が別部隊で送っていた『目』との報告にも差異はなかった。


 問題が一つ片付いた事で彼女は一息つく。


「ああ、いいお酒。」


 その味と香りを楽しみながら、彼女はこれから起きる出来事を心待ちにする。



「あら。」


 程なくして窓の外、数メートル先に先ほどまで部屋にいた部下が雪原を歩いていた。


 彼女は戦乙女(ヴァルキリー)部隊ではないが、ここへ来る間にオーラが雇った傭兵だった。

 若いものの礼儀正しく、言葉遣いにも優雅さを感じられ、また戦闘においても明らかにそこらの傭兵とは違った逸材であった。


 特に華奢な身体をうまく操り、攻撃の緩急を付けた戦い方は荒削りではあるものの、将来性を感じるものだった。


 彼女は足を止めるとオーラを静かに見つめていた。


 雪が顔を打ち、寒さが彼女の身体から熱を奪っていくが、彼女は微動だにしない。


「………本当に。」


 恐らく、彼女はやがて戦乙女(ヴァルキリー)部隊に欠かせない人間となるだろう。


 多くの戦果を挙げ、いずれは自分が今いる隊長の席に着くかもしれない。


 そんな予感があった。



 だからこそ、オーラは一言呟く。


「…ああ、本当に勿体ない(・・・・・・・)。」


 そして、オーラは彼女へ軽く手を振った。


 それを視認した彼女はこれ以上ないほどの笑顔を浮かべ、持っていた短剣を抜くと天にかざした。


 彼女が愛用している武器であり、多くの敵を葬ったその切っ先は鋭く輝いている。



戦乙女(ヴァルキリー)部隊に栄光あれ!」




 断熱材を挟み、防音効果もある部屋にまで響き渡るほどの声を出した彼女は恍惚の表情のまま、




 自らの胸にその短剣を突き刺した。


「……」


 苦しむ間もなく力を失い倒れた彼女の鮮血が白い雪を赤く染め上げるも、降り続ける雪がすぐにその痕跡も隠していく。


 オーラはゆっくりとグラスを机に置くと、


「素晴らしいですわ!」


 窓を開け、今し方自決した部下の元へ走り出した。


 数メートルとは言え、すでに彼女の身体は雪で覆われ、その行方は分からなくなっているが、オーラはそんな事は気にせず、拍手を送る。


「本当に素晴らしい!貴方ほどの人物なら時代を築く英雄にも成り得たでしょうに!我々の主の為にその命を捧げるお姿、心から尊敬しますわ!」


 侮蔑ではなく純粋な賞賛の言葉をオーラは投げ続けるが、彼女を探すどころか助けようとする考えすらない。

 

 むしろそんな事は彼女を侮辱すると言わんばかりに声を高らかにする。


「惜しむべきは貴方の出会い方のみ!もし、貴方がもっと早く私と出会っていれば、『報告役』だけとして終わる事はなかったでしょうに!」


 その後も延々と言葉を続けたオーラだが、最後にある事に気づいた。



「…それで、貴方は何というお名前(・・・・・・・)だったのかしら(・・・・・・・)?」



 その問いを知る者はすでに存在せず、その問いに答えを返す者もいない。



「…まあ、どうでもいいですわね。」


 興味を失ったのかオーラは自らの部屋に向かうため、歩き出す。


 雪は益々激しさを増し、ほんの数分前の出来事など無かったかのように世界を戻していく。


「ワインの続きを楽しみましょう。」


 再び部屋に戻ったオーラの頭の中にはさっきまで褒め称えていた部下の顔すらも消え去っていた。


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