第七十四話 望んだ未来
「ふう…」
屋敷の自室で私は大きく息をついた。
すでに遅い時間と言うのもあり、部屋には誰もいない。
「………」
あの後、牢獄から上がったリロ様と話をした後、私達は一度屋敷に戻る事にした。
リロ様も気を遣ってくれたようで、細かい話は翌日と言う形となった。
ありがたかった。
今日一日で全員…特に私には大きな疲れも出ていた。
あのままではまともな判断を下す事も難しかっただろう。
商売と言う戦いならばそんな隙を見せればすぐさま突かれ、痛手を負う事になっていた。
交渉ごとも同じだ。
それを全て分かった上でリロ様はわざわざ私に時間をくれた。
その気遣いを無駄にしない為にも私は久しぶりに一人の時間を過ごしていた。
だが、いつまで経っても頭の靄は晴れなかった。
「………」
何年も何十年も奇跡とも呼べるわずかな可能性を信じて、がむしゃらに走り続けた。
この道が正しいのか、間違っていないのか、常に迷いながら、悔やみながら…
つまずいて、転んで、立ち上がって、泥にまみれ、馬鹿にされ、命を狙われもした。
それでもその先にある未来へ辿り着く為に生き続け、求めた未来へようやく辿り着けた。
しかし…
「…………」
両手のシワがここまで来るのに掛かった年月を嫌が応にも突きつけていた。
望んだ未来に辿り着く事は出来た。
とてもとても長い時間を代償にして。
『貴様が望む未来は、闇の中にあるかすかな糸をたぐり寄せ、砂粒のように小さな奇跡の果てにのみ存在する。だが、そこまでだ。『望む未来』を追い求めても、『その先』に貴様は進む事は出来ないだろう。』
かつて言われたその言葉の意味を今日、ようやく理解した。
愛した人ともう一度会う事は出来ても一緒に生きていけない。
私と彼女の時間はもう違ってしまっているのだから。
彼女が歩む未来に私はいないのだ。
『それでも貴様は選ぶのか?』
ふと、その言葉を思い出した。
今の彼女には、私と過ごした記憶も想い出も何もかもがなくなっている。彼女はもう私の知る彼女ではないのだ。
それが最初から分かっていたら私は…
「…それでも、私は選ぶ。」
そうだ。
私の知る彼女でなくなっていたとしても、彼女にもう一度会う為なら私はまたこの道を走り続けるだろう。
きっと今の彼女からすれば私は過去を忘れられない執着深い老人に見えるだろう。
それでいい。
確かに未練はある。
出来るならずっと彼女と一緒にいたい。
一緒に生きていたい。
それが叶わない事は悲しい。
だが、私の望みは『彼女にもう一度会う事』だ。
彼女と会った。
話をした。
「…そうか。」
それだけで私は満たされてしまったのだ。
これ以上を望む事はそもそもが望みすぎなのだ。
やっと頭がすっきりした。
そう思った時だった。
『貴様は相変わらずだな。』
「!」
私以外、誰もいないはずの部屋に私ではない声が響いた。
この部屋の周囲は屋敷の中でも最も警備の厳しい区画となっている。
私の許可した人間でなければ、一歩でもこの区画に入り込んだ瞬間に、【結界魔法】で拘束されるようになっている。
そこに忍び込める人間など存在しないのだ。
…人間ならば。
「…あなたが来るとは何の用ですかな。」
私はいつの間にか正面に立っていた彼に声をかける。
「久しぶりですね、暗殺神。」
かつて、私に選択をさせた神と。




