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第六十四話 牢獄



 カチャリ


 彼女は両手に持っていた銀製のフォークとナイフをテーブルに置いた。

 美しい色つけがされた皿の上には料理がまだ残っている。

 満腹などではない。

 目の前の肉料理は彼女の好物でもある。

 軽く平らげてお代わりをしようとも考えていたが…


「…何のご用でしょうか?」


 彼女はそこで視線をテーブルの皿から外し、ゆっくりと後ろを振り返った。


 そこにいたのは今、二番目に会いたくない人物だった。


「食事中なら続けてくれて構わない。」


 リロ・ルーシャはそう言って、そこから動く様子はなかった。


「ご安心を。食欲なら今、きれいに無くなりました。」


 彼女はそう皮肉を投げかけると、


 ヒュッ



 流れるような動作でナイフとフォークをリロへ投げつけた。


 風を切る音と同時に寸分の狂いもなく、リロの顔面へまっすぐに向かった凶器だが


「ああ、やっぱり駄目ですか。」


 それがリロの顔に届く事はなかった。


 当たれば確実に致命傷となった投擲は、リロに届くよりもずっと前、牢獄の鉄格子の間でその動きを止めていた。


「一瞬だけでも緩まないかと思いましたが、どうやらそうはいかないようですね。」


 彼女はふかふかの椅子から立ち上がり、何でも無かったかのようにフォークとナイフを回収するとため息をついた。


「本当に厄介な【結界魔法】です。『攻撃反射』でもしてくれればまだいいのに、『攻撃無効化』なんて…わざと怪我して牢屋番を罠にはめられないじゃないですか。」


 さらっと恐ろしい事を言った彼女だが、その牢屋番はすでにここにはいない。


「牢屋番はさっき中止にした。お前にとって『使える道具』の一つになりそうだったからな。」


 事実、ほんの少し前まで牢屋番をしていた男は彼女の話術で少しずつ彼女に対する同情が芽生え始めていた。


 面会すると言ったリロに温情を求めるほどに。


 彼女は残念そうにしながらも、そろそろある事を指摘する事にした。


「…それで、私に何の用ですか。わざわざあの人まで連れて。」


 彼女はとっくに気づいていた。

 牢屋番と入れ替わりにリロが入った後、別の人間が入ってきた事も。


「…お、お久しぶりです。」


 暗殺対象(ルナ)暗殺者(彼女)の前に現れた事も。



*****



「どういう考えしてるんですか、あなたは。」


 地下牢獄でありながら快適な温度が保たれていた空間が徐々に冷めていく。


「普通、殺されそうになった人間を殺そうとした人間の前に連れてきますか。考えてもそれをやりますか。」


 彼女の声から伝わる怒気と殺気にルナは震え上がるが、対するリロは少し驚いた。


「意外だな。殺す相手を心配するなんて。」


「…本当に性格悪いですね。」


 苦虫を潰したような顔で暗殺者は舌打ちするが、やがて何かを諦めたかのように怒気と殺気を抑えた。


「…それで用件は?」


 彼女はルナを一瞬だけ視界に入れるとすぐにリロを真正面から見据えた。


「お前を雇った人間、それに関わった人間、誰が指示をしたのか、どういう内容だったのか、何か気づいた事があったか、何か感じたか、それらを教えてほしい。」


「……」


 絶句する彼女だが、リロの目は揺るがない。

 ルナも口を開けたまま唖然としている。


「リ、リロさん…?」


 ルナは何とかそう聞いたものの、まだ動揺していた。

 リロの言った事は『知っている事全て話せ』と言っているようなものだったが、当然ながらそんな行為は出来ない。


 暗殺を生業にしている者が捕まった場合、依頼人やその背後関係などの情報はあらゆる方法で絞り出されていく。その中には口にすることすらはばかれる拷問も含まれるだろう。


 暗殺集団にいたと言う彼女なら、それらに耐えきる為の訓練もしているはずだ。


 だから、ただ頼んだだけで簡単に教えてもらえるわけがない。


 そうルナが考えていると、


「いいですよ。」


 あっさりと、暗殺者はそう答えた。


「え、え?」


 暗殺者は困惑するルナを見て、少し表情を崩した。


「情報を話しても話さなくても、こうして捕まっている時点で意味がないんですよ。」


「…え?」


 自分の住む暗殺の世界を知らないルナにとっては予想する事すら難しいだろう。


 暗殺者にとって依頼の失敗は自らの死へとつながっていく。


 捕まった暗殺者が情報を抜き取られる前に別の暗殺者を雇い、捕まった暗殺者を始末する。


 標的を始末し、依頼を完了させていたとしても関係ない。依頼人に話す恐れがあれば始末するには充分な理由となる。



 それは如何に優れた暗殺者である彼女も例外ではない。


 無駄に痛みに耐えたところで結果は変わらない。



「…それに、この人全部分かっていますし(・・・・・・・・・・)。」



 意味深に言った暗殺者はさっきまで座っていたふかふかの椅子に腰掛け、食事用のナイフを右手で器用に回し始めた。


 それは彼女のクセのようなものだった。


 何かを考える時、何かを思い出す時、一人でいる時、ついやってしまう意味のない行為。


 彼女はこれまでにも捕まった事は何度かあった。


 それは暗殺をする上で必要な事であったり、気まぐれであったり、油断だったり、理由も色々あった。


 その全てで彼女は【情報撹乱(シャッフル)】を使い、自分の痕跡を記録だけでなく関わった人間の記憶からも消し、誰にも追われる事なく生きていた。

 どれだけ厳重な牢獄に閉じ込められたとしても、【情報撹乱(シャッフル)】を使えれば余裕で抜け出す事は出来た。


「……」


 しかし、今回は違う。


 彼女の【情報撹乱(シャッフル)】はリロにより封印されている。【スキル】を封印する魔法なんて彼女は聞いた事もなかったが、今も彼女が牢獄にいる事がそれを証明していた。


 それに無理に牢獄を抜け出すメリットもなかった。


 今座っているふかふかの椅子も、テーブルもこの食器も全てが貴族の屋敷にあってもおかしくない一級品だった。天蓋付のベッドが余裕で入り、水洗式の個室トイレと温水シャワーも完備され、鉄格子がなければ牢獄とは思えないほどの広さ。着替えも清潔なものを支給され、食事に至ってはこちらのリクエストを聞き入れてもらえているほどの好待遇。


 彼女に害を為す気はないと言う意思表示でもあった。


「…………」


 それに彼女は彼女で今回の依頼で気にくわない事もあった。



「……………」


 彼女は一息つくとナイフを止め、リロへ顔を上げた。


 


「…全部話す代わりに条件があります。」



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