第六十一話 雨はあがる
「…もう、本当にきつい。」
「はあ。」
「今までやってきた事は何だったんだ。」
「まあまあ。」
「騎士団団長なんて肩書きも騎士の誇りも何の役にも立たない。」
「そ~ですね~。」
「…お前、なんかいい加減になってないか?」
「そりゃ、延々子供の事を聞かされればそうなりますよ!」
「人の娘だからって失礼だろ!」
「『年頃の娘が最近冷たい』って父親の泣き言を毎日三時間以上も聞かされる身になってみろ!騎士団の連中、『あんな地獄もう嫌だ!』って俺に泣きついてるんだぞ!?」
「何だと…全員明日はみっちり鍛えてやる。」
「それをやめろって言ってんだよ、この親バカ!」
「自分の娘を可愛がって何が悪い!?」
「限度を考えろ!俺と歳近いんだろ!」
「…娘の歳を何故…お前、うちの娘はやらんぞ!」
「剣を抜くな!騎士の誇りどこいった!?」
*******
「『封印』」
俺の声でさっきまで四姫の情報が書かれていた本の文字がすぐさま書き換わっていく。
瞬きする間に本は再び、どこにでもあるガイドブックに戻っていた。
「……」
執事長から報酬の事を聞いた時はかなり驚いた。
口頭や暗号の書かれた紙を渡されると思っていたが、用意されていたのは俺の魔力に反応して中身を変える本、魔具『幻影魔本』だった。
そんな魔具がある事を俺は全く知らなかったのだが、どうやらこれは会長が自ら企画し、開発したもので、世には一切出回っていないそうだ。
元々は会長が『非常事態に陥ったものの一切の連絡を監視された場合に使う緊急連絡手段』として内密に造っていたものであり、唯一の完成品の一冊を俺が譲り受ける形となった。
この本の優れた点は大きく四つ。
『指定した人物にのみ隠された情報が閲覧出来る事』
『隠された情報はあらゆる解析魔法にも反応しない事』
『偽造魔法や指定した人物に強制的に使わせようとしても閲覧出来ない事』
『バース商会支部周辺に行けば情報を更新出来る事』
と、あまりにも画期的な性能だった。
問題はあまりにも複雑な造りの為、偶然出来たこの一冊以外完成品はないとのことだ。
つまり、情報が漏れる心配はほとんどないと言っていい。
万が一、盗まれたとしても俺以外にはただの本だ。
執事長の話では、今後は機能を縮小した使い切りのものを造る予定だが、それもまだまだ先の話らしい。
「……」
頭にたたき込んだ情報を改めて整理する。
現在、四姫は個別に活動しており、それぞれが依頼を受けているとのことだ。
依頼内容の詳細は不明だが、スピア・ローズとライデンの二人は半年以上戻って来られない長期の依頼を受けている最中で連絡などもつかない状態だそうだ。
アズサ・ソメヤとの戦いの時には二人はすでに依頼を受けていた為、当然ながらあの戦いの情報は届いていない。
仮に依頼がなかったとしても、あのプライドの塊がそう簡単に誰かに助けを求めるとも思えないが。
もし、アズサ・ソメヤがなりふり構わず協力を三人に仰いでいたら今頃俺は満足に眠る事すら出来なかっただろう。
予想通り、アズサ・ソメヤは自身が敗北した事と『記憶改竄』をされた事に関して誰にも話さなかった…いや、話せなかったと言うべきか。
『賢者』の称号はあくまでも知識があってこそのもの。
知識を改竄され、魔法も使えなくなったとなれば、どうなるかは明らかだ。
そのアズサ・ソメヤだが、『長期研究の為、非常時以外は如何なる招集にも応じない』と王都に通達があったそうだ。
アズサ・ソメヤは自尊心の塊のような人間だが、元々研究に没頭するタイプであり、これまでも何度か招集をすっぽかした経緯もあった為、王都でも特に気にはされていないようだ。
そして…もう一人。
ルーラ・アシル。
奴の情報に関しては北、氷雪地帯に情報が集中していた。
雪山でのモンスター討伐依頼、氷雪地帯の希少素材の採集依頼などを大量に受けていたと目撃情報があった。
氷雪地帯など気温が極端に低い場所などでは住人はともかく、流れ者の冒険者が訪れる事は少ない。
例えモンスターがそこまで強くなくとも、寒さはただでさえ体力を消耗し、氷点下状態では平時よりも身体の動きがどうしても悪くなる。
最大の敵は、人が立ち向かう事すら出来ない環境なのだ。
その為、冒険者頼みの依頼がどうしても溜まり続ける。
本来なら依頼が大量に溜まった場合、冒険者ギルドから高ランクの冒険者が派遣されるのだが、何故か四姫のルーラ・アシルに白羽の矢が立ったらしい。
奴の魔法と場所の相性がいいと言うのは分かるのだが…
四姫の一人が滞留している依頼の消化を行っている…
「………」
少し気にはなるものの、ルーラ・アシルがいるなら足を運ぶ価値はある。問題は戦闘になった際だが、今回はアズサ・ソメヤの時よりも苦戦するのは確実だ。
アズサ・ソメヤはワイズやゼムとの連戦、それに二人のおかげで冷静さも失っていたから勝てた。
だが、次の相手は違う。
『氷の女王』ルーラ・アシル。
常に感情を表に出さず、冷静に状況を判断する【氷魔法】の使い手。
アズサ・ソメヤのような高いプライドもなく、怒りで我を忘れるなんて事もない。
静かに、冷酷なまでに残酷な判断を何の罪悪感も持たずに実行する。
アズサ・ソメヤとは別の意味で厄介な相手だ。
一時の感情で周囲を壊滅させようとしたアズサ・ソメヤに対し、ルーラ・アシルは考えた上で周囲を塵すら残さず消滅させる。
ルーラ・アシルのいる場所も問題だ。
【魔法】は周囲の環境によって効力が変化する場合がある。
気温がそこまで低い訳でもないシャール国での戦いでも、ルーラ・アシルは瞬く間に【氷魔法】を展開していた。
氷雪地帯ならルーラ・アシルの【氷魔法】はあの時とは比べものにならないだろう。
敵が最も実力を発揮出来る地での戦闘。
何より一番問題なのは…
「…ん?」
そこで俺はようやく気づいた。
長い間考え事をしていた今の今まで気づかなかったが、いつの間にか日の光が周囲に注がれていた。
空は雲が大きく流れ、久しぶりに青空が見えた。
同時に…
誰かが近くに来る気配を感じた。
「………」
…振り返るまでもない。
一週間と言う短い時間ではあったものの、常に一緒にいた。
初めは意見のぶつかりで対立する事になってしまい、護衛であるはずなのに勝負をする事になった。
和解し、執事長の計らいで二人で武器屋へ向かいながら、街の事を話した。
最後に会った時は敵の策略にはまり、辛い思いをさせてしまった。
ゆっくりとした足音や緊張している様子が伝わるが、誰かは木を背にした俺の少し手前でその足を止めた。
…まったく。
もう会うつもりもなかったのに。
誰の差し金かは考えるまでもなかった。
「…リロさん。」
震える声が耳に届いた。
その声だけで彼女にどれだけの事をしてしまったのか、改めて思い知った。
「………」
このまま、何も言わず、何も見ずに、走り去ればきっと彼女は追いつけないだろう。
全快ではないがそれぐらいは問題ない。
そう頭では分かっている。
その一方で、
「………っ。」
彼女に何も言わず、去る…そんな簡単な選択すら出来ない自分がいた。
「ここ、ゴドさんに聞いたんです。」
彼女は足を止めたまま、そう話し始めた。
「十年以上前から、街の人も知らない秘密の場所だって。」
「………」
彼女は二人で街を歩いていた時と同じように、何もなかったように言葉を紡ぐ。
「リロさん、私は知りたいです。あの夜の事を。あの後、本当は何があったかを。それに…」
彼女は少しためらったもののはっきりと言葉を口にする。
「…私が狙われた理由を。」




