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第四十三話 詫びの酒

「本当によろしかったのですか?」


 ゴドの店を出た帰り道、リロはルナに改めてそう聞いた。

 二人は日が沈みかけ始めたメインストリートを歩いている。

 夕暮れ時のメインストリートは相変わらず人が多いものの、店によってはすでに閉店の準備をしていた。

 

「ええ。やっぱり私はこの剣を手放す事は出来ません。」


 ルナはその喧噪の中でもはっきりと答え、腰に差した愛用の剣に手を触れた。


 どう使おうともあと一度で確実に砕ける。


 そんな宣告をされてなお、ルナはその剣を持ち続けると決めた。


 結局、ルナはゴドが選んだ剣を手に取らず、また剣を預ける事もしなかった。予備の武器として持つ事も勧められたが、ルナは頑として受け付けなかった。


 ゴドは特に機嫌を損ねたりはしなかったが、少し落ち込んでいたようだった。


「ゴドさんには悪い事をしたと思います。でも、例えあと一回しか使えなくても…」


 ゴドが信用出来ない訳ではなかった。

 むしろ、的確な助言と正直に全てを話す姿勢には尊敬の念すら抱いていた。

 だが、それでも彼女は意見を変える事はない。


「……そうですか。」


 ルナの言葉にリロはただそう言うしかなかった。


******


 翌日、早朝。

 メインストリートにまだ人が賑わう前の数少ない時間帯の一つ。


 日も昇りきっていない中でも商売を始めている店も多く、ゴドが経営する八百屋もその一つだった。


 若い女性店員が一人で野菜の状態を確認し、並べる野菜の色合いを考えながら手を動かしていると、こちらを見る人の気配を感じ、顔を上げた。


「いらっしゃいませ…あれ、確か昨日の…」


 店員はその人物を見て、作業を止めた。

 昨日、ゴドが自ら裏通りの店に案内した二人組の一人、人もまばらなメインストリートに執事服姿のリロが一人で店を訪れていた。

 昨日までのラフな格好とは違うリロの姿に店員が目を奪われるも、すぐにリロが口を開いた。


「朝早くから申し訳ありません。ゴドさんはいらっしゃいますか?」


 店員はリロの持つ手提げ鞄を見て、何かを察したようだった。

 周囲を念入りに見た後、リロに耳打ちする。


「実はお二人がお帰りになった後、裏通りの店にずっとこもっているんですよ。意外と繊細ですからね、師匠は。」


「…大変ご迷惑おかけしております。」


 頭を下げるリロに店員は慌てた様子で首を振る。


「いえいえ!どうか気になさらないでください!師匠の事ですからすぐに復活しますし!」



 店員に礼を言い、リロが裏通りの店に向かうとタイミング良くゴドが店の入り口から出て来る姿が見えた。


 少し疲れた表情をしているゴドはこちらに気づく事なく、空を見上げていた。


「おはようございます。」


 リロは躊躇する事なく、ゴドに挨拶をする。


「…おお、昨日の兄ちゃんか。」


 ゴドはリロに気づくとその格好、手に持っているモノを見て、すぐに店のドアを開けた。


「入りな。中の方がお互いに良さそうだ。」


「…失礼します。」


 一瞬ためらったものの店に足を踏み入れたリロは、後から入ってきたゴドへ持っていた手提げ鞄を渡した。


「…個人的なお詫びとして受け取ってください。」


「詫び、ねえ…って、これは!?」


 ゴドが受け取った手提げ鞄の中を見ると、そこには一本の瓶が入っていた。無色透明のその瓶は酒瓶と同じ大きさで、中に入っている液体も透明度の非情に高い液体だった。


「…詫び代にしちゃ、ずいぶんとすごいモノだな。」


 それはイガリの街でも手に入れる事の難しい酒だった。

 誰が作っているかも不明、いつ市場に出回るかも分からない、バース商会でも数本しか仕入れられない幻の酒だった。


 その幻の酒を渡された事に驚きつつも、ゴドはリロの顔を見て、大きく息をついた。


「…兄ちゃん、これは詫び代として確かにもらっておく。それとな、結論を言うぜ…」


 ゴドは会計をするカウンターに酒瓶を置くと、一言だけ告げた。


「…あの剣に【呪い】はねえ。」


「…そうですか。」


 ゴドの言葉にリロは表情を緩めず、より険しい顔になった。


 リロが一人でゴドに会いに来た理由は二つあった。


 詫びとして酒を持って行く事もそうだが、これはあくまでも表向きの理由だ。


 もう一つはルナの持っていた剣に【呪い】がないかの確認だった。


 恨みや怨念など強い負の感情が溜まる場に放置された武器はそれらを取り込み続ける事で【呪い】と言う力を手に入れる。


 剣であれば刀身の届かないはるか先を斬り、弓は地の果てまでも獲物を追い続け、盾は受けた攻撃を数倍にして跳ね返す。


 武器の物理的な性質や本来の限界を超えた力を使用者は何の訓練もなしで使う事が出来る。

 その一方で持ち主に与えた力以上の代償を払わせるというデメリットがある。


 特に多いのは精神支配だ。


 呪いの武器を使い続けている内に精神を支配され、自我を失った番人として武器に使われていたなどはよくある話だ。


 昨日のルナの会話を聞き、リロはルナの剣が呪われているのではないかと考えていたのだが…


 ゴドもため息をつくしかなかった。


「…あれは本当にただの安物の剣だった。刀身も鞘も柄も全てを見たが、何もなかった。」


 ゴドは【呪い】のかかった武器も数え切れないほど見てきた。【呪い】のかかった武器を見抜く技術も持ち合わせているが、それを使ってもルナの剣には何の異常も見られなかった。


「お嬢ちゃんには剣を溶かして、新しい武器として造り直す事も出来ると言ったんだが…」


 武器が壊れ、修復不可能となった場合、その武器を利用し、新たな武器を造る事が出来る。強い思い入れがあったり、貴重な素材を使っていたりなど、人によって様々な理由があるが、当然ゴドもその事をルナに提案していた。


 しかし、ルナはそれも拒否した。


「使用者の精神を侵食し、操る【呪い】なら辻褄が合うが…そうじゃないとすれば本当に命より大事なモノか、あるいはーーー。」


 うなるゴドを遮るようにリロも思いを口にする。


「…ただの『思い過ごし』であると信じたいですね。」

 

 

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