第四十話 執事の力
「…では、始めましょうか?」
「ええ。さっさと始めましょう。」
屋敷の敷地内にある開けた土地で笑顔のリロに対し、彼女は怯える事も震える事もなく愛用の片手剣を鞘から抜いた。
屋敷から出て行こうとする彼女にリロが提案したのは対決だった。
もちろん、事前にルールを取り決めている。
武器、魔法の使用はあり、大怪我をさせるのは禁止、彼女が勝てば屋敷を出て行き、リロが勝てば屋敷に残る。
敗北の条件は「負けを認める」か、審判が「戦闘不能」と判断した場合。
審判は屋敷の執事長が務める事になった。
執事長はこの戦いはすぐ終わると考えていた。
客人である少女は手加減をするつもりはないようで、片手剣を念入りに素振りし、魔法で炎も剣に纏わせている。必ず勝つという気迫が端から見ても伝わってきた。
対するリロは運動前に行う準備運動を軽く行っただけだった。【身体強化】を使うと事前に少女と執事長に説明しており、武器などは何も用意していない。
「………」
執事長はどちらが勝つか長年の経験で判断したが表情には出さず、戦闘開始の合図を告げる。
「始め!」
*******
執事長の予想は当たった。
「そこまで!」
戦いは三分も経たずに終了し、執事長は高々と勝者の名前を宣言する。
「リロ・ルーシャの勝利!」
圧倒的な強さをリロは見せていた。
舞のように鋭い剣戟を繰り出す彼女に対し、最初こそ避けるだけだったリロだが、一分もしない内にその剣戟を全て捌くようになり、動揺した彼女の隙を突いて剣を奪い取っていた。
執事長はこれ以上の戦闘は無意味と判断し、戦いを終了させたのだ。
「…どうして?」
かろうじてそう聞き返す彼女にリロは少し考えた後に奪った剣を彼女の手に戻した。
「あなた様の剣戟は確かに鋭かった。ですが、違和感がありました。」
「………」
リロの言葉に彼女は口をつぐんでいた。
そんな彼女にリロは思った事をそのまま伝える。
「あの剣戟は本来、戦闘用ではないものをあなた様が独自に変えたもの…そう感じました。」
「………」
「ですから剣戟の流れを観察し、その穴を突いた。それだけです。」
「…初見でそこまで見抜く人はいませんよ、普通。」
彼女の攻撃は確かにあるモノをベースに作っている為、ベースになったモノの独特のクセが存在する。とは言っても対人戦で剣戟を完璧に見切った者はいなかった。
リロは簡単に言っているが、その簡単を出来るようにする為にはどれだけの時間が必要なのか。
自分とは明らかにレベルが違う。
そう感じた彼女は地面に腰を下ろし、大の字にひっくり返った。
「あ~、悔しい。まさか、リロさんがこんなに強いなんて。」
口ではそう言いつつも、彼女はどこかすっきりした顔をしていた。
「あなた様の体調が完全に回復していたら、まだ分かりませんでしたが。少なくとも今のあなた様なら負ける事はないでしょう。」
リロがそう説明すると、彼女はため息をついた。
「やっぱり、しばらくここで休ませてもらいます。今のままじゃまともにモンスターとも戦えないだろうし。」
完膚なきまでに敗北したからか当初、彼女に見えていた焦りは消えていた。憑きものがとれたかのような彼女はそこで思い出したようにリロに口を開いた。
「あの…ずっと気になっていたんですけど、『あなた様』って止めてもらっていいですか?」
「では、何とお呼びすれば?」
「何とって、私は…………あ。」
彼女はそこで自分が今の今まで名前を名乗っていなかった事に気づいたようだった。
リロ達が今までその事に何も触れなかったのは自分が『雇い主の恩人』という立場だった為、聞きたくても聞けなかったのだろう。
彼女は慌てて立ち上がり、お辞儀をした。
「…ルナと言います。遅くなりましたけど、どうかよろしくお願いします。」
「ええ、よろしくお願いします。ルナ様。」
丁寧に頭を下げたリロにルナはある事を聞いてみる事にした。
「あの、リロさん。もし、よろしければなんですが…また手合わせをお願いしてもいいですか?」
「構いませんが…」
リロはそこで言葉を一度切り、
「条件があります。」
今までにないほど真剣な顔でルナにそう言った。
「条件…ですか?」
何を言われるのかと身構えるルナだが、そんな様子を見てかリロが表情を崩した。
「条件と言っても難しいものではありません。『手合わせは体調が戻ってから』、『療養も兼ねて今日から一週間は屋敷でおとなしくする事』、それと『夜は絶対に出歩かない事』です。」
「?分かりました…でも、三つ目は何の意味があるんですか?」
ルナが聞くのも無理はない。
最初の二つなら理解出来るが、三つ目に関しては親が子供に言い聞かせるようなもので明らかに毛色が違った。
「…個人的な考えですが、ルナ様は夜にこっそり抜けだし鍛錬をする可能性があると思ったからです。」
「…そう、ですか。」
どこか納得出来ないがルナはその条件を受け入れる事にした。
その日、ルナは屋敷の豪勢な食事に舌鼓を打ち、暖かい湯につかり、ゆっくりと体を休めた。
眠りにつく頃にはリロの出した条件に感じていた違和感もいつの間にか消え去っていた。




