第三十九話 重すぎる謝礼
「え、あの、お世話…?」
少女は目の前のリロの言葉と状況にまだ思考が追いついていなかった。
「え、え、あの…リロ…さん?」
「何でしょうか?」
動揺する彼女に対し、リロは即座に言葉を返す。
「…えっと、その一体何がどうなってこうなったのかを教えていただきたいんですが…」
彼女の言葉にリロは少し考える様子を見せた。
何かよくない質問だったのかと彼女が焦り始めると、リロは困ったように笑った。
「失礼しました。実は色々複雑になっていてですね。要点だけをまとめた説明でもよろしいですか?」
リロの言葉に彼女がうなずくと、彼は咳払いをして話しを始めた。
「ここは『バース商会』が所有している…失礼、所有していた屋敷でございます。あなた様が命がけで助けた方々は『バース商会』の人間です。その中には重要な役職の方も含まれていました。」
「………」
「助けられた全員があなた様にお礼を言いたかったのですが、彼らは重要な件で移動していた事もあって、あなた様をここへ運んだ後、すぐにイガリを出られました。」
「…………」
「ですがご安心を。あなた様が目覚めた時、私が代理として謝礼を渡す事になっております。」
「………………………」
「あなた様には謝礼として、心ばかりの路銀とこの屋敷の権利、全てのバース商会での永久特別対応をさせてーーー。」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
彼女はリロの話を遮り、大きく深呼吸した。
「『バース商会』って、あのバース商会ですか!?」
バース商会。
一代で築き上げられながらも、国や人種、種族に囚われず、あらゆる客を相手にするバース商会は地域によっては貴族以上の権力を行使出来るとまで言われている一大勢力である。
「それに…屋敷の…所有権?」
青ざめる彼女にリロは執事服の内側から一枚の書類を取り出し、彼女に見せた。
「ええ、名義上はまだ『バース商会』ですが、すでにこの屋敷はあなた様のものでございます。もちろん、税金や管理、維持費は今後もバース商会が出します。」
「えぇ…」
明らかに引いてしまっている彼女にリロも苦笑するしかなかった。
リロが彼女に書類を渡すと彼女はすぐに目を通し、何かを決意したかのように荷物と武器を取った。
「出かけられるのですか?」
リロの言葉に彼女はうなずく。
「私にはやらなければならない事があるんです。お気持ちはありがたいですけど、ここにいる訳にはいきません。」
彼女がそう言って部屋を出ようとすると、リロが黙って立ちふさがった。
「…どいていただけますか?」
「申し訳ありませんが、それは出来ません。」
彼女の少し苛ついた声にもリロは穏やかな表情を崩さない。
その余裕の態度につい、彼女は声を荒げる。
「お願いですから、どいーーーっ!?」
とっさに彼女は後ろに飛び、武器の片手剣を鞘から抜いていた。
一歩も動かないリロに対する怒りでもなければ、動かす為の威嚇でもない。
彼女の持つ直感が告げていたのだ。
『この間合いは危険』と。
「…何のつもりですか?」
先ほどとは違い、彼女は目の前の人間を『敵』として警戒する。実際には彼は何もしていないのだが、あと数秒あの場にいたら何かをされていたという確信があった。
一方のリロはそんな彼女の様子に感心したようにつぶやく。
「驚きました。反応速度は異常と呼ぶほどの速さ。ですが、何をされるかまでは分かっていないという感じですね。」
リロは彼女に名乗った時と同じようにほほえんだ。
「っ!」
その行為に彼女の剣を握る手に嫌な汗が流れる。
自分がこれまでに積み上げ、手に入れた『直感』を難なく見破った事だけではない。
今、彼女は強い殺気を放っている。
仮にその殺気に気づかない鈍感であったとしても、剣を構えている姿を見れば友好的な関係ではなくなった事は誰にでも分かるはずだ。
しかし、リロは気にする事なく笑みを浮かべたまま、逃げる様子も武器を構えるそぶりすらしない。
端から見れば、追い詰められているのはリロのはずだが、実際は逆だった。
二人は視線を逸らす事なく対峙していたが、突然リロが両手を挙げた。
「?」
いぶかしむ彼女にリロは何事もなかったように話し出す。
「大変失礼をしました。屋敷を出られるならご自由にされてください。ただし…」
直後、リロの顔から笑みが消えた。
たったそれだけで彼女は思わず後ずさる。
リロは両手を降ろし、彼女に静かにその言葉を告げる。
「あなた様が私を倒せたらですが。」




