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第三十八話 少女と執事


 少女が目を覚ました時、ぼんやりとした目に入ったのは白い壁だった。


「…?」


 目の焦点が少しずつ合っていき、彼女は壁と思っていた物が天井だった事に気づく。


「う…ん。」


 寝起きがあまり良くない彼女は周囲を見回し、


「………」


 もう一度、周囲を確認し、


「!」


 やっと異常に気づいた。


「どこ、ここ!?」


 普段宿泊に利用している安宿の部屋四つが繋がっているのではないかと思うほどの広々とした部屋。

 汚れどころか塵一つない床。

 置かれている家具も一見質素に見えるが、よく見ると有名な職人の銘がさりげなく彫られている。

 自分が眠っていたベッドも今まで感じた事のない柔らかさと快適さだった。

 街の宿では有り得ない、まるで貴族が住む屋敷のようだった。


「…誘拐、じゃないか。」


 彼女はベッドの近くに置かれた自分の荷物と武器の片手剣を手にとった。

 全体が少し長いだけでどこにでも売っているような両刃の片手剣。

 鞘から剣を抜き一通り剣を振るったが、刀身や持ち手の柄の部分にも特に何かしらの細工がされているようには見えなかった。

 武器を手に取れる場所に置いていることは危害を加える事はないという意思の表れなのかもしれないと彼女は判断し、部屋に置かれていた大きな鏡で自分の姿を確認する。


 首元まで伸びた黒い髪も、年齢の割に幼く見られる顔も、少し低い身長も何も変化はなかった。


「………」


 同年代と比べて慎ましい胸も相変わらずだった。



 コンコンッ


「!」


 ドアをノックする音で彼女はすぐに剣を取った。

 鞘から抜くまではしないが、警戒しておくに超した事はない。


「…どうぞ。」


 彼女はそう言うと、一呼吸空けてドアが開いた。


「失礼します。」


 丁寧な物腰で入ってきたのは執事服を着ていた男性だった。彼女が起きている事や剣を手に取っている姿を見ても特に驚いた様子はなかった。


(この部屋にこの格好…本当にここは貴族の屋敷?)


 彼女はそう思案しながら、部屋に入ってきた執事を観察する。

 自分とあまり年が変わらないであろう少年と青年の間のような優しい顔をした彼に彼女は一瞬見とれてしまう。


「どうかされましたか?」


 執事は怪訝に思ったのか彼女に声をかけた。


「っ、い、いえ!んなんでも!」


 彼女がとっさに顔を背けると、鏡に映った自分の顔が赤くなっている事に気づいた。

 その事実にさらに顔を赤くする彼女に執事は穏やかな声で話しかける。


「あまりご無理はなさらないでください。三日間眠られていたのですから、まずはお体の調子を取り戻さないと。」


「………三日?」


 その言葉に彼女はようやく自分に何が起きたかを思い出した。


「そうだ、私エアウルフと…」


 同時に死が目の前まで迫ったあの恐怖も体は思い出していた。


「あ、あああ…!」


 震え出す彼女の両肩に執事が白い手袋で覆った両手をその肩に置く。


「大丈夫です。ここは安全です。」


「…はい。」


 静かで穏やかな声が彼女の心から恐怖を静めていく。


 執事は彼女の震えが治まるまで彼女から手を離さなかった。


****************


 落ち着いた彼女は執事が淹れた紅茶を口にし、ベッドに腰掛けていた。

 エアウルフとの最後の戦いの記憶は何故か断片的にしか思い出せないが、その直前に起きた事ははっきりと覚えている。

 

 偶然通りかかった道でエアウルフの群れに襲われていた数台の馬車と遭遇したのだ。

 エアウルフの数は五匹。

 倒せない数ではないが全員を守る事は出来ないと判断した彼女は自らを囮にし、エアウルフが自分を追って森の中へ入るように仕向けた。

 結果的にエアウルフは全て彼女を折ってきたのだが、そこから先の記憶はやはりおぼろげだった。


 馬車に乗っていた全員が無事だったと執事から聞いた彼女は安堵しつつ、疑問を尋ねる。


「ここはどこなんですか?それにあなたは?」


 当然ながらここは彼女の家ではない。

 また彼女の知り合いにこんなに大きな屋敷に住んでいる者はいない。


 執事服を着た彼は彼女に頭を下げ、言葉を口にする。


「ここは『イガリ』の街でございます。私はあなた様のお世話をご依頼された者。」


 彼は顔を上げ、少しだけ微笑んだ。


「リロ・ルーシャと申します。」


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